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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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探検

――王国歴1490年 シーナ リンデル


 リンデルから北に少し向かうとラミッツへの国境要塞がそびえたっている。そこでは、ラミッツに入国したいシーナの難民が押し寄せており、それを拒むラミッツ軍としばしば争いが起こっている。

 その国境は決して通れないということではないものの、このシーナに来る者の大半は北東の富豪街を目指しているため、わざわざ危険な場所を通ろうとはせずに、一度大陸中央のルストリアを通り、そこから南下してシーナに入国する。


 敢えてこの国境を通ろうとする人たちは、何らかの理由でルストリアに入国できない者か、シーナの最西部を目指すものだろう。というのも、ここリンデルの西側には魚がよく釣れる巨大な湖があるが、シーナの治安は良くないため、その小さな船着き場で犯罪が起こることもしばしばである。


 本来ならシーナの管理を任されているミクマリノ軍がそれを取り締まるべきなのだが、それよりも先に南部のスラム街の復興を行わなくてはならないため、手が付かずに困っていた。そこに武器商会がやってきて、この船着き場に関税をかけて、その中から武器商会に割合で入るようにしてくれれば、ここを管理すると申し出た。


 ミクマリノからすれば願ってもない話であったが、いかんせん武器商会はどこにでもあるとはいえ、ラミッツが本店の商会であるため、ミクマリノとラミッツの関係性が良好である場合に限って、という条件下で武器商会の申し出を受けることにした。


 ティース孤児院は木製の柵で囲まれていて、治安が悪いという割には少し心配な設備だった。


 ましてやその柵も、大人であれば簡単に乗り越えることが出来そうな高さで、なんなら足蹴にしてしまえば簡単に壊れそうだ。それに対して、孤児院自体は木製であるものの、しっかりとした作りで、外から見る限りは、古い地主が住んでいるよく手入れされた質の高い家のように見える。


 今日はティースさんが一人で受ける試験が続くため、上級生の子たちが主体となって遊戯室で勉強をするらしい。俺は、入り口付近でホランド院長と別れて真っすぐ遊戯室に向かった。遊戯室の前までたどり着くとそこにはエリクがいた。


「よお、遅かったな」


「おう、おはようエリク。中に入らないのか?」


「ふふふ、それなんだけどよ、こんな遠くまで来てミハイル、退屈じゃないか?」


「ん? どういうことだ?」


「実はこの孤児院さ、俺だけが知ってる秘密の部屋があるんだよ」


「ふーん。そうなんだ」


「おーい! ノリ悪ぃな! 気になるだろ?」


「うーん……」


「俺が集めた、魔力を秘めた魔石や、秘密の魔導書なんかもあるんだぜ?」


「うーん」


「気になるよな?」


「気にならない。遊戯室に行こう」


「いや、気になれよぉ!」


「ふふ、冗談だよ。いいね、行ってみたい」


「さっすが、ミハイルだぜ。ついてこいよ!」


 ウキウキなエリクのあとを、ホランド院長に見つかったりしないように腰を低くして付いて行った。


 ティース孤児院は冒険をするほど広くはない、と思っていた。教室も住居も地上階にしかなく、二階は存在しない平屋だったからだ。エリクはその浮足立った足取りで水汲み場に入っていく。


 俺の孤児院と違って、井戸も室内にある。これももちろん治安の悪さからくる防衛策なのだが、水汲み場が室内にあるのは湿気とかの問題で床が少しぬるぬるしていて、ちょっと気持ち悪かった。


 水汲み場は奥行きのある長方形の部屋になっているが、井戸は部屋の手前にある。エリクは井戸を超えてその奥に向かっていく。考えてみれば奇妙な部屋の作りだと思った。この孤児院は住んでいる人数に対して規模が大きくはないので、結構いろんなところに物が散らかっている印象だったけど、この部屋の奥側はきれいさっぱり物がない。


 エリクは手慣れた様子で、床板を外すと、そこには地下の空洞が広がっていた。


 これは、ちょっと面白くなってきたぞ、と思ってしまった。どうやら、それが顔に出ていたようでエリクは俺を見てにやりと笑うと、地下に入るように言った。

 知らない地下に入るのに、俺が最初に入るのかよ、と思ったが、エリクは丁寧に床板を戻すために後ろに回った。秘密の場所を秘密にしておく大事な作業なんだろう。


 地下には古ぼけた梯子を使って降りていく。床板をはめなおした今も、床板の隙間から入る光で、何も見えないわけじゃない。その薄暗さと梯子の脆さから、若干の不安はあったもののワクワクのほうが勝っていた。


 少し降りると、突然床が現れ、まだ梯子だと思って降ろした足が驚いた。上から降りてくるエリクの邪魔にならないように、梯子から少しわきにそれる。エリクが降りてきて、梯子の裏に置いてあったらしいランタンに灯をともした。


 灯に照らされたエリクの顔は如何にも満足気で、そんな顔をするのも無理ないくらいにはワクワクする展開に俺も納得してしまった。


「さ、こっちだ。今度は昇るからな」


 エリクは俺のことを気遣いながら前を歩く。


 床は土のようで、近くにあるであろう水脈の関係からか若干ぬかるんでいた。すると間もなく、上につながる梯子が現れ、二人でそれを登った。


 どうやら上には部屋があるようだ。


 エリクが口にランタンを咥えながら登りきり、俺は続いて上部の部屋に入った。


 入るとそこは、昨日泊まった部屋くらいの広めの部屋があった。通ってきた道から推測するに、ここは地上階であるはずだけど、光はどこからも差し込んでない。

 壁には本棚が四方に満遍なく設置されていて、それが光の差し込まない原因であることはすぐにわかった。俺達は、比較的きれいな床に座り靴を脱ぎ、来た時の穴に向かって泥を払い落としてから、再び靴を履き部屋の中央へと向かった。


 部屋の中央には、大層な宝箱のようなものが置かれていて、そこにエリクが自慢したいものが入っているらしい。俺は、部屋中央にいるエリクに手招きされ宝箱に近づく。


 中には、魔力が籠っていると言い張るキラキラの石や、初代ルストリア王が書いたに違いないと言い切る伝説の魔導書の切れ端や、使い古されて折れた杖などがしまわれていた。

 俺は、それを見てどれもが偽物だ、と言おうかと思ったが、思ったよりエリクはそれを信じているようなので「すごいね」と小さく言った。


「ははは、ミハイル。お前は本当に顔に出やすいな」


「え、何が?」


「とぼけんなよ。これが偽物だって言いたそうな顔してるぜ」


「……」


「あはは、そう言っても別に俺は気にしねぇよ。子供っぽいって言ってくれたってかまわない」


「いや、そこまでは」


「ミハイルのいるルストリアではどんな感じなのかはわからないけど、俺はこういうものを信じているんだ」


「そう、なんだ」


「ああ、だってよ、こういうものが偽物だって言い切れない以上は本物との差なんかないじゃんかよ」


「まあ、確かに?」


 見る人が見ればわかるんだろうけど、ここでそんなことを言うのは無粋かな。


「俺の生まれはクソだったけど、今はクソ程じゃないって思ってんだ。これから大人になって、先生の手助けが出来るようになればさ、もっと楽しくなるはずだって」


「ああ、そうだな」


「ミハイル、お前は良いやつだからそう言ってくれるが、世間の奴らは違う。孤児院や、スラムから出てきた人間が人並みの生活、人並みの幸せなんて、かなり無理だと思ってる連中ばっかりさ。だから、俺はこの夢を大事にして、少なくとも俺だけは信じることにしてんだ」


 エリクは本当にすごいと思った。


 自分に降りかかった災難に耐えるだけじゃなく、それを客観的に見ることが出来る。さっきまで、宝箱の中身をチープな物集め趣味だと思っていた俺を殺したくなってきた。


「そういえば、ミハイルをここに連れてきたら聞きたいことがあったんだ」


 唐突にエリクは壁際の本棚に近づいていく。そして、その中の一冊に手をかけると、少し力を込めて引き抜いた。俺もエリクのそばまで行く。


「この本の表紙にあるこの文字、どの本にも書いてあるんだけど、読めるか?」


 エリクの指が触れている文字列を見ると、それはルーン文字のようにも見えたが、どうやら古代ルストリア文字の一種のようだった。一応授業で触りくらいは学んだが、五文字のうち読めたのは二文字だけだった。


「魔法……。病……? だめだ、これくらいしか読め……」


 と、言おうとした瞬間、大きな耳鳴りのような音が鳴り響き、部屋が大きく揺れた。


「ミハイル! 大丈夫か!」


「あ、ああ」


 地震なのだとすれば、ここは危険だ、と言おうと思ったところで、床板に亀裂が走り、声を上げる間もなく俺たちは地下へと落ちてしまった――。


「い、つつ。エリク、大丈夫か?」


「お、おう。なんとかな」


 落ちた、とは言え大した深さではなく精々一メートルくらいの穴だった。とはいえ、落ちる瞬間は、本当に死んだかと思った。


「すげぇ!! 床下に収納庫みたいなものがあったのか、全然知らなかったぜ」


 床下収納は、本当にこの一部分だけであったみたいで、ご丁寧に周りは孤児院の壁と同じように木の板が張ってあった。


 床を見ると、使わなくなった花瓶などが並べられている。俺たちの落下によって数個は割れてしまったみたいだ。


 にしても、さっきの耳鳴りはいったいなんだったのだろう。院長は大丈夫かな、大丈夫か。


「おい、ミハイル! これ! 見てみろよ!」


 エリクが立っている場所のすぐ横に、真っ黒な宝箱のようなものがあるのが見えた。


「これも宝箱か?」


「え? うーん。どうだろ」


「これぜってー宝箱だろ! 上の偽物のじゃなくて、マジモンの!」


 いや、さっきの話はどうしたよ、偽物じゃないって自分で言ってたじゃん。とは言わなかったけど。


「っっっ! 重た! ミハイル! 手伝ってくれ!」


「おう」


 正直、俺もワクワクはしていた。秘密の部屋の秘密の収納庫にあった宝箱なんて、ワクワクしない奴はいないだろう。


 エリクと一緒に黒い箱を持ち上げると、確かにとても重かった。見た目は、五十センチほどの正四角形の箱なので大した重さはないとタカを括って持ち上げたが、その意外性のある重さに軽く腰を抜かしそうになった。


 二人で、なんとか元の部屋に運び出し、部屋の中央に置いてみると、黒光りした箱は傷や汚れ一つなく、少し不気味だった。先ほど床板が崩れた際に、破片の一つでも当たって傷の一つぐらいできそうなものだけど。


「さあ、ミハイル! 開けよう!」


 エリクはどうやらそこら辺のところに不安を微塵も感じないようで、満面の笑みだ。


「ところでエリク、これ、どうやって開けるの?」


「いや、普通に……」


 と、エリクは箱をのぞき込み、その異変に気が付いたようだ。


 そう、この黒い箱は、開け口が見当たらないのだ。俺は、黒い箱の周りを指でなぞり継ぎ目がないか確認した。しかし、黒い箱は全面がつるつるで、指がひっかかりそうな箇所もまるでない。


「なんなんだ、これ」


 エリクは開かない箱のような立方体に苛立ち始め、開けたいという熱意が徐々に失われつつあった。逆に俺は、どうしてもこれを開けたいと思い始めていて、黒い箱に手を当てて細工のようなものがないかを入念に調べる。

 すると、先ほどよりも小さな音だが、また耳鳴りのようなものがして、再び床が抜けないか警戒した。


 すると、その時、黒い箱に触れている俺の掌が白く発光した。


「なんだ?」


 黒い箱から手を離し、自分の手を見てみるが特に何があるわけでもない。いつも通りの俺の手だ。


「おい、ミハイル! 見てみろよ」


 エリクからそう言われて再び黒い箱に視線を落とすと、黒い箱の上部がゆっくりとスライドし開かれていった。たぶん、これは魔力に呼応する仕組みだったみたいだ。俺は、自分の意思で魔力を扱えたりはしないけど、さっきの耳鳴りに驚いて咄嗟に出てしまった、って事なのかな。


 魔力で封印されていた箱となると、いよいよお宝の匂いがしてくる。俺は息を飲むのも忘れて、開かれる箱をのぞき込む。


「!! うわああああ!」


 か、顔だ。人間の首が入っている!!


 目が、目が開いたままの女性の首だ!


 俺はその場にしりもちをついた。エリクは……。箱をのぞき込んで、静止している。


「エリク! すぐに先生に伝えに行こう!」


 エリクは依然、箱の中身を見つめたまま微動だにしない。


 俺は、箱の中身を見ないようにして、エリクの腕をつかみ引っ張る。


 エリクが一言つぶやいた。


「……ママ先生?」

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