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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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永訣

――王国歴1496年 ルストリア アリーシャ城城下町


 出棺の際に、ラミッツの国王であるランディ・ランドローグ様が駆けつけた。

 本当はもう少し早く駆け付けたかったそうなのだが、何せ国王だ。忙しいということは、言わなくてもわかる。縁は確かにあるが、まさか国王直々に駆けつけるとは思っていなかったので、俺やホランド院長はもちろんのこと、国王のことを俺たちよりも理解しているディーですら驚いていたのは印象に残っている。


 それに対してランディ国王は、いつも通り気丈で、祈りを捧げた後で、俺やディー、クライヴ、スノウを強く抱きしめた。シエルには、一応女性ということで遠慮をしていたけど、結局肩をポンと叩いて、元気づけていた。

 国章の入った由緒ある服装に身を包んでいなければ、危うく友人として接してしまいそうなほど近い距離にいるランディ国王は、なんだか不思議な存在だな、と思った。


 出棺は、原魔修道院が中心となって行った。鎮魂の歌が鳴り響く。俺は、昨晩あんなに泣きはらしたのに、また泣いてしまった。葬儀の最中は我慢出来ていたのに、いざランツ先生が大地に還ることを考えると、いよいよ別れを確信してしまった。スノウも、ディーも、シエルも泣いていた。クライヴは泣いてはいなかった。ラミッツの国王がやってきたということで、ムーア総司令官も葬儀にやってきた。ランディ国王とムーア総司令官で話しているところにホランド院長が加わり、何か神妙な面持ちで話をしていた。


 結局、俺とクライヴ、ディーは一週間の休暇をもらうことになった。

 スノウも同様であったが、じっとしていると苦しい気持ちに耐えられない、ということで研究所へと行ってしまった。俺もそれに倣って、任務に出ることを願ったが、フィロンさんから念の為に休むように言われた。


「魔法は精神、つまり心に依存してるのよねー。だから、まだよくわかっていない魔法を持っている君は、少し様子見が必要だよー。訓練は自分でやってもいいけど、せっかくの機会だし、ゆっくりしたらー?」


 と、いつも通りののんびりとした締まりのない口調で諭された。


 俺は、自身の特異な魔法を人質に取られて、行動や決心を左右していく今の状況に嫌気が差した。

 俺は軍に入ってから一度も休んだことがない自主鍛錬をサボり、孤児院の中でただただぼーっとすることにした。こうして改めて考えてみると、こうしていることがそもそもフィロンさんに言われたことなので、なかなかどうして自分の意思を持つことは難しいな、と思った。あるいは、こういったことを見越してフィロンさんが言ったのであれば、さすが魔導軍大佐に昇格した人間だ、とも思った。


 休み始めて三日目の陽が暮れようとしていた。今日は、ディーの発案で、クライヴと共にご飯に行くことになっている。


 アリーシャ城の近くは、比較的富裕層が暮らす地区になっている。とは言え、シーナのような極端な格差はルストリアには無いので、微々たるものだが、飲食店に関して言えば郊外の方が安くてうまい。そんなことを良く知っているディーは、孤児院を出てしばらく歩いたところにある、豚肉専門店に声をかけて席を取っておいてくれてるらしい。


 この大陸で、最も食べられている肉は豚肉だ。アリーシャ城の城下町では見かけない光景ではあるが、少し郊外の村に行くとそこら中に豚が歩いている。豚肉を嫌う一部の富裕層を除けば、恐らくほとんど全ての人間が、嫌というほど食べているに違いない。その一部の富裕層は「なんでも食べる家畜は貧乏人の象徴」だとか言って揶揄しているみたいだけど。


 そもそも、保存技術が優れているミクマリノでもなければ、大半の食材を保存しているうちに腐らせてしまう。食材を腐らせずに済む方法は単純で、それが生きてさえいれば腐ることは無い。食べ物にも頓着が無い動物は、どこに行っても生きることができるし、つがいを用意すれば簡単に増える。兎も同様に簡単に増えると聞くけど、大きさが桁違いだ。たくさんの人間の食糧問題を解決するには、これが最適解だったんだろう。


 以前、スノウから聞いた話だけど、この豚という生き物の祖先は猪だったらしい。あの獰猛な猪を飼いならし、牙を失わせ、太るように改良した。豚になった猪は野生に戻すことはほとんど不可能らしい。なんだか、少し気味の悪い話だな、と思った。


 人間の都合で、生物の本質を変化させる行為、それは、まるで……。いや、俺は何を考えているんだ。


 ディーに言われた飲食店がある通りに差し掛かると、豚肉を焼いたいい匂いがしてくる。豚肉は孤児院で幼い頃から嫌というほど食べたので、正直飽きは来ていたが、久しぶりにこの焼きたての香りを嗅ぐと、腹が空いてくる。不思議なもんだ、昨日まで飯が喉を通らなかったのに、もうお腹が空いている。あれほど悲しい、と思ったはずなのに、お腹が空いてしまう。


 味覚なんて、もうないのに。


 店の扉は開きっぱなしになっていて、中では大窯からくる熱気でむせ返るほど熱い。熱い、寒いを嫌うクライヴが怒りそうな店のチョイスだ。中に入る。


「よお、ミハイル! こっちこっち!」


 奥にある丸テーブルの中央にディーが座って手を振っている。俺は手を振り返して、腰に付けている懐中時計を確認する。この時計の時間は少しだけ()()ているが、ズレている事を認識しているので問題はないし、俺はこれを戻すつもりはない。


 クライヴはまだ来ていないようだ。そうだと思ったけど。クライヴがプライベートの予定に時間通りに来るわけがない。

 辺りを見回しながら歩いて行く。壁には客が今まで空けた蜂蜜酒のコルクがたくさん張り付けられて、それ自体がインテリアになっている。天井は高く、なんとそこには燻製され、薄い布にくるまれた豚肉がたくさん吊るされている。地面に油がついていて、歩くたびに足の裏がビタァ、ビタァと音がするのはいただけないが、それにも増して旨そうな匂いが食欲をそそる。


 店の奥へと進んでディーのいるテーブルまで着いた。


「いい店だな」


 ディーに言うと、満足そうに微笑んだ。椅子に座る。するとまもなく料理が運ばれてきた。


「いいのか? クライヴを待たなくて」


「ああ、まだまだ料理は来るからゆっくり食べ始めようぜ」


 ディーがそう言うなら、と、目の前に置かれた豚のスペアリブをつまむ。


「美味いな」


「お、気に入ってくれたか?」


 味覚の無い俺が食事に対して何を言ってるんだ、と思われることもしばしばあるが、実は美味いという感覚はまだある。


 正確には、嗅覚で味を想像することが出来る。そしてその想像は、実際に美味いと感じるほどにリアルで、それを良く知っているディーは食べ飽きた豚肉料理店を手配してくれた、のだと思う。味の想像が出来るもの、それはつまり食べて味わった経験があるもの、ということだ。

 味覚を失ってしまったが、それまでに食べていたものの味は想像が出来る。フィロンさんが言うには、感覚器官喪失の補完構築というらしい。


「しかし、今更だけど、本当にディーが軍に入ってくるなんてびっくりしたな」


「今更いつの話してんだよ。昔から言ってたじゃん」


「そうなんだけどさ。幼い頃の話をそのまま実現させるディーはすごいな、ってさ」


「ミハイルだってすごいだろ。アイルーリスへの昇格は同期で一番早かったって聞いたぜ」


「それは、俺の魔法の監視の為だよ」


「いーや、それだったらわざわざ兵士にしなくても研究対象として引き取ればいいだろ? お前の努力の結果さ」


「いや、俺は俺の為すべきことを……」


「なぁ、ミハイル、お前の為すべきことってなんだ?」


「それは罪を……」


「罪? お前に一体何の罪があるってんだ?」


「俺の両親は……」


「それはお前じゃない。お前の両親の話だ。お前の話じゃない」


「……すまない」


 少しの沈黙を破るように、店員が料理を運んでくる。


「食べようぜ」


 ディーは少し怒っているようだった。


 俺は、それに頷いて再び豚肉を食べる。ディーのことは友人としてとても好きだが、こういう部分は嫌いだ。俺のことを考えて言ってくれているのはわかっているけど、その押し付けはどうにも耐え難いものがある。一般論や、正論が全て俺にとって正しいわけじゃないんだ。


「そう言えば、ミハイル最近の任務はどんなことをしてるんだ?」


「ん? ああ、異民族間の争いを収めにいくことが多いかな。特に、ミクマリノの南東の湿原は複数の民族が住まっているから」


「ああ、アルカイア湿原か。確かあそこはミクマリノから迫害を受けた人たちが多く住んでて、抗争が激しくなってるみたいだな」


「そうそう。より良い環境作りの為の開発の都合で、追い出された人達らしいが……。一つの争いを解決しても、また一つの争いが生まれる。こんな繰り返しを数百年と繰り返しているなんて、ちょっと考えられないよな」


「生まれた者の業か……」


「なにそれ?」


「ああ、親父がいつか言ってたんだよ。人は、自身の居場所だけでは物足りなくなるように設定されてるとかなんとか」


「設定?」


「そう、まあ、本能と置き換えてもいいんじゃないか。人はどうしても新たな物を求める本能があるんだってさ。山が見えれば昇ってみたくなるように、海の果てを見たくなるように、人には、好奇心や開拓の精神が宿ってる、っていう意味だと思ってたけど……」


「奪い合う本能か」


「そういうこと。まあ、本能は置いておいたとしても、少なくとも資源が限られてくれば、それをうまく分配する方法が必要になってくる。その方法に納得がいかなければ争わざるを得ない、ってことかな」


「うまい分配の方法ねぇ」


「ま、俺の母国、商業の国ラミッツではその分配方法の一つとして、金という対価に大きく価値を持たせて均衡を保っている節はあるな」


「ふーん」


「ま、国民全員のメリットを保つ、ということは不可能だとしても、そこに段階的な格差を設けて、全体の満足度を上げる、みたいな話だな」


 俺が徐々に話に付いていけなくなってきたところで、ディーが俺の後ろに目をやる。すると、そこにはクライヴが立っていた。今来たばかりのクライヴは器用にもそのまま話に入ってきた。


「それってさ、誰かの損も政治に盛り込むってことだよね」


「お! おつかれ!」


「クライヴ、おつかれ」


「うん、お疲れ様」


 クライヴは俺の横に座って足を組んだ。さっきの回答を待っているようだ。ディーはそれに答える。


「誰かの損。んん、まあ確かにそう言えなくもないな」


「みんなで一斉に幸せになることは出来ないから、みんなでちょっとずつ不幸になろうって? なんだか嫌な国民性だね」


「おいおい、ここで皮肉るなよ。まあ、俺もラミッツの国民性が素晴らしいとは思わないけど」


「自分で言っておいてあれだけど、そもそも良い国民性なんて無いよね」


 思わず俺は口を挟む。


「どうしたんだ? 今日のクライヴは良くしゃべるな」


「そう、かな? ただ、今まで見てこなかったものを少しだけ見てみた感想だよ」


 ランツ先生はクライヴと共に任務に赴いて、そこで死んだ。ランツ先生の死はクライヴにとって何かが変わる出来事になったようだった。


 俺とは違う。


 ディーは久々に集まったメンツに満足したようでにこやかに乾杯の音頭をとる。


「じゃ、今日は食って食って飲むぞ! 乾杯!」


 時刻は夜の十一時。普段の日常ではとっくに就寝している時刻だ。でも、明日の任務は無い。今晩ぐらい語り明かしてもいいのかもしれない。ディーはたらふく酒を飲み、クライヴも珍しく酔っている、俺も今日は少しだけ飲んでいる。


「え!? ホランド院長って子供いるの?」


 ディーが驚き、声をあげる。クライヴから聞かされた情報があまりに意外だったらしい。


「うん、普通に孤児院で孤児院の子供たちと一緒に教育を受けてるよ」


 俺が答えると、ディーは頭をおさえて言う。


「ええー、ってことは奥さんいるんだ! 既婚者なんだ!」


「まあ、うん、そりゃそうだよ」


「どんな奥さんなの!?」


「どうって、あれ? クライヴ見たことある?」


「え? 僕? あれ? どうだっけ。後ろ姿だけ見たことあるかも」


「ええー! 気になるよ! 気になるよ! 今度後をつけてみようぜ!」


 なんて、まるで俺たちは子供に戻ったかのようにくだらない話をして夜更かしをした。


「なあ、クライヴ、どうやったらそんなに魔法がうまく使えるようになるんだ?」


 ディーがクライヴに尋ねる。それは俺も気になるところだ。


「別に、うまくなんかないよ。仮に僕が魔法をうまく使えるとしても、それは強さとは全く違うものだから、望んだ答えは出ないと思うよ」


「あららー? 今日はやけに詩的じゃないの。クライヴ」


「あはは、ディーに魔法の才能が無いって言うのが可哀想だから、うまく話を逸らしたつもりだったんだけど、今日はやけに勘が悪いねー」


「おー、言ったなー!」


「あはは」


 この時間が長く続けばいいな、と思った。


 生きていて、失うものは多いかもしれないけど、ここにいる二人は間違いなく俺の大切な友人だ。


 この友人を失わない為に、俺は、強くなるべきなんだな。


 この世から争いを無くすことは出来なくても、俺は俺が守りたいものを守れるようになりたい。

お読み頂きありがとうございます。

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