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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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訃報

――王国歴1496年 ルストリア アリーシャ城城下町 準一級兵舎


 見習い魔導兵士アイルーリスを抜け、前衛担当のクローリクへ昇格して二年目の春。

 

 俺の元に、訃報が届いた――。


 その日は雨が降っていた。突然の特別休暇だった。その時、俺は東のミクマリノ国境要塞近辺の治安維持のために野盗狩りに向かおうと準備をしていたところだった。

 そこに、慌てた様子のスノウが飛び込んできた。雪、という意味を持つその名とは大きく違って顔を真っ赤にして。声にならない声を、出来るだけ感情が乗らないように、俺に投げかけた。


 良かった事は孤児院の幼馴染であるクライヴが、無事初任務を終えた、ということ。

 悪かった事は……恩師であるランツ先生が殉職した、ということだった。


 軍職を辞した先生に対して殉職という言葉を使うのは正しいのかはわからないが、どの言い方を選ぶとしても、先生は死んだ、それは確かだった。

 その知らせを聞いたとき、俺はとても白状に聞こえるかもしれないが、そのまま野盗狩りの準備を再開した。その様子を見たスノウが、泣きながら訴えかけてくれなければ、もしかすると野盗狩りに出立してしまっていたかもしれない。


 俺の人生に遅れてやってきた「親」が死んだ。それは到底受け入れられないことだった。俺を産んだ両親は、犯罪者で処刑されている。そして、親としての役割を引き継ぎ、いつも俺を見守ってくれていた親が死んだ。一体、俺は何度親を失えばいいんだ。


 俺が、孤児院に戻らなければ、先生が死んだ、ということは実在しない事実になるような気がしていた。直視さえしなければ、俺の中にいつまでもいるような気がして。

 結局、俺はその夜孤児院へは戻らず、夜通しルストリアの街の中をふらふらと歩きまわって過ごした。


 足の裏が痺れるまで歩き続けても、頭の中には先生との日々が蘇ってきてしまう。


「ミハイル、ここの通りはルストリアの中でも最も歴史の深い……」


「うるさい」


「ミハイル、この木は、私が小さい時から既に大きかったんですよ、立派ですね……」


「……うるさい」


「ミハイル、今度の誕生日はあそこのケーキ屋さんでケーキを買ってきましょうか……」


「うる……さい」


「ミハイル、あなたはあなたが望むように世界を変化させてもいいんです。見るもの全てが敵に見えることもあるでしょう。失うことに疲れてしまうこともあるでしょう。でもね、あなたの世界はあなただけのものなんです。男の子だから泣いてはいけない?

 そんなことはありません。男の子だろうが、立派な軍人だろうが、教師だろうが、泣いてはいけないなんて法はありません。あなたの世界に雨を降らせる日があってもいいじゃないですか。

 乾いてばかりの人生なんて寂しいじゃないですか」


「せん……せい、うっ、ううぅ、ぅわぁぁぁああっっ!」


 俺は、街の外れの小高い丘の上で、太陽が昇るまで、泣いた。


 朝になってクライヴと共に、馬車に乗って戻ってきたランツ先生の遺体と顔を合わせるまでは、孤児院に近づくことは無かった。

 孤児院のロビーに棺桶が入るのと同時に俺も孤児院に入った。帰ってきたランツ先生は、フィロンさんの魔法によって冷凍されていて、とても安らかな寝顔のようにも思えた。


 クライヴとは、少し手を振り合った程度で、特に会話はしなかった。この事実を前に、聞くことなどなかった。そもそも、クライヴは任務の報告を行いにアリーシャ城へと行ってしまったので、話す時間もなかった。強いて言えば、誰が先生を殺したのか、ということだったが、それには城に向かう前のフィロンさんが答えてくれた。


「この戦乱の世で、誰が誰を殺したかなんて、些細なことですー。でも、そんな些細なことに時間をかけるのが私なので、必ず追い詰めようかなーとか思ってますよー。名前? んー、キュレインという男ですー」


「キュレイン……」


「とても狡猾な男なのでー、仮にどこかで出会っても会話なんてしちゃだめですよー。煙に巻かれること間違いなしです。一応、指名手配することになってますけどー、多分ほとぼりが冷めるまでは、どこかでひっそりと暮らすでしょうねー」


 ふざけるな。


 ほとぼり? 冷める? そんなことがあり得ると思っているのか。

 まだ見たこともないキュレインという男にはらわたが煮えくり返る。そんな思いが顔に出ていたのか、察したフィロンさんが続けて言う。


「ま、私、根に持つ質なので、全世界のほとぼりが冷めようとも、正しい裁きの場に引きずり出してやろうかなー、なんて思っています。その時は協力してくださいねー」


 そのキュレインと言う男と、もう一人いたらしいのだが、どういうわけか、その人間に関しては教えてくれなかった。機密と言うわけでは無いと思うが、何か理由があるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、次々と葬儀に参列する人たちが到着した。


 最初に参列したのは、ジュラの師であるバルバロッソさんだった。

 バルバロッソさんは、マグナ掃討作戦の時にランツ先生を率いて拠点を叩いたらしい。既に他界しているドガイさんとは良き友人だったんだとか。

 

 バルバロッソさんは、小さく「ばかやろう」と呟いて、そのあとで「よくやった」と言った。


 何をやったと言うのだろう。もしも、それがクライヴを守り切った、というような内容なら、それはクライヴにとって屈辱的な言葉になる、と思った。


 その次に参列したのは、ルキウス魔導軍大佐だった。ルキウス大佐は、さらさらとした長髪と高い身長、そして腰に刺した宝剣デウス・バロール、そのどれもが優雅で、ルストリア魔導軍の象徴のような人だった。市民の中でも相当人気のある人だ。

 ルキウス大佐と俺に当然面識などはなかったが、ランツ先生に献花したあとで俺の前までやってきて声をかけてくれた。


「ミハイル君。辛い思いをしたね」


 俺の名前を知っているのに少し面を喰らったが、ルストリア軍で俺のことを、俺の素性のことを上官であれば知っている人も少なくはない。


「いえ、そんな」


「こんなことを見ず知らずの人間から言われたところで、鬱陶しいだけか。これは配慮が足りなったね。すまない」


 おまけに気まで効くとなれば、この目の前の人は本当に実在する人間なのか疑わしくなってくる。


「そんなことありません。大佐からわざわざ話しかけてくれるなんて、光栄です」


「そう言ってくれると嬉しいよ。俺はホランドと古い友人でね。そのホランドの周りで人が死んでいく様は、見ていてとても辛い。辛い思いをしている周りの人間を見ることも辛い」


「……」


「いずれ戦場を共にすることもあるかもしれない。その時、君とはまたゆっくり話したいところだ」


「……気にかけて下さり、ありがとうございます」


 俺と一通り話し終えたあとは、ホランド院長と少し話して、足早に帰っていった。このあと、俺が行くはずだったミクマリノ国境要塞付近の治安維持のための作戦指揮を執りにいくということだった。


 その次に訪れたのは、ミクマリノ軍のブルフラット上級騎士と呼ばれる人だった。後ろには顔立ちが整った武骨な甲冑を身に着けた女騎士が付き添っている。

 以前まで、ミクマリノ軍はあの女騎士のように武骨な甲冑を身に纏う、これぞ騎士、というような出で立ちだったが、最近になって大陸の名優ベルガーが入隊しデザインを担当したことにより、隊服が新しくなった。水の国ミクマリノを象徴する青い隊服だ。ブルフラット上級騎士は、ランツ先生の入っている棺を見て、胸に手をあてて何かぼそぼそと呟いた。後ろの女騎士は、無表情にその状況を見つめていた。


「セラフィマ、行くよ」


 女騎士はセラフィマと言うらしい。後でホランド院長から聞いた話だと、彼女はミクマリノ軍でルストリアとの外交を担当している幹部ということだった。ミクマリノにディー・エヌ孤児院を建てる際に様々なことをサポートしてもらったらしい。

 ブルフラット上級騎士は、ミクマリノ国内の名家の出で、ランツ先生の家系と繋がりがあるとかで、葬儀に来てくれたのだとか。


 他にも様々な人がランツ先生の葬儀に参列した。来る人の表情は様々だったが、とにかく参列者が多いことに驚いた。


 俺は、ランツ『先生』しか知らなかった。


 ランツ先生に魔法を教えたという魔導士の人や、孤児院で消費する食材を仕入れる時に贔屓にしていた市場の人、前院長であるドガイさんのお父さんや、趣味の野鳥観察を共にする友達、俺の知らない『ランツ』という個人が生きた証のようにも感じた。


 そして、その誰もが、ランツという人間を失ったのだ、と再認識した。


 時刻はお昼に差し掛かろうとしていた。参列者の行列は徐々に収まっていき、この調子でいけば、予定通り午後に出棺し、ランツ先生は大地に還ることになる。

 俺は参列に来ていた友人のディーと会話をしていた。ただ、いつものように和やかに会話を行うというようなことは無く、途切れ途切れ、幼い頃を思い出すように、思いついた言葉をただ投げかけるだけの、およそ会話と呼べるのか怪しい、そんな会話をした。


「うちの親父から、ランツ先生によろしく、と言われたよ」


「……すまない」


「どうして謝る必要があるんだ? 親父の体のことはお前のせいじゃない」


「……」


「あれ、クライヴは?」


「ああ、クライヴは先にアリーシャ城で今回の件の報告をしに行った」


「いいのか? それで。お別れの時だってのに」


「クライヴは既にお別れの挨拶を済ませたから良いんだってさ」


「相変わらず変わってるな。相当に慕ってただろうに」


「ディー……」


「ああ、すまなかった。知った口をきいたな」


「あいつにはあいつなりの別れ方があるんだと思う。だから、それに対して何かを言うのはやめよう」


「そうだな。お前の言う通りだ。俺も相当参ってるみたいだ」


 俺も相当に気が立ってることに気が付いた。感情の整理がつかない。ディーの優しさやおせっかいなところは好きなはずなんだけど、どうも胸がもやもやする。


 そんなことを考えていたが、入り口に老夫婦が立っていることに気が付いた。男性は短く刈り上げられた白髪で、ルストリア軍が式典で使う礼服を身に纏い、背筋をピンと伸ばしている。女性は、黒いドレスに、薄く透けた黒い上着を羽織っている。

 二人は、何も言わずに棺に入ったランツ先生の顔を見て、目を閉じて数秒間、胸に手をあて祈りを捧げた。二人のあまりにも美しいその所作に、息を呑んだ。そして、二人はまっすぐホランド院長のところへと向かう。俺も、なんだかとても気になったので、ホランド院長の隣へと移動した。


「この度は、お悔やみ申し上げます」


 と、ホランド院長が頭を下げると、老夫婦もお辞儀をした。


「この度は愚息がご迷惑をおかけしました」


 どうやら、ランツ先生の両親のようだった。


「彼は立派に教職を全うしました。愚息などではありません」


 院長の言った言葉は、先ほどバルバロッソさんが呟いたこととほとんど同じ内容なのに、その言葉に不思議と不快感は無かった。結局、俺は見えるところまでしか見ようとしていないんだな。

 バルバロッソさんとランツ先生の関係性は知らないが、院長との関係性はよく知っている。そういった価値基準で、不快感や、憤りを感じる自分を心底嫌悪した。


「そうですか、あのような我が家系の面汚しでも、重宝される現場があることが愚息にとって最大の喜びになったと思います。改めてありがとうございました」


 あまりに突然の、あまりに酷い暴言に俺は何を言ったのかすぐにはわからなかった。


 その老夫婦の表情を見ると、特にそれに対して何も思っていない様子だったようで、俺の頭はますます混乱した。


「ロレンス『元』大尉。訂正を願いたい」


 ホランド院長はいち早くその失礼な物言いに気づいたようで、先ほどまで開いていた目を半分まで閉じ、いぶかしげにロレンスと呼んだ男を見つめた。


「何をですかな? ホランド『元』大佐」


「ランツの名誉を汚すような発言です」


「はて、汚すほどの名誉が奴にあるとは思えないので、言葉を選んで言ったつもりでしたが、どうやら、家族ごっこにも名誉が宿るのですね。これは失礼した」


 ホランド院長は、ロレンスという男の胸倉を、ぐっと掴んだ。俺も、この発言には黙ってられない、そう思って口を挟もうとした時に、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえた。


『まあまあ、住む世界が違えば常識が違います。ここは、流しましょう』


 それは確かにランツ先生の声だった。


 不思議なことにどうやら、ホランド院長にもその声が聞こえたようで、俺と顔を見合わせた後で、大きく上を向いて、深呼吸をして、小さく呟いた。


「ランツ、感謝する」


 そして、正面のロレンスに掛けた手を解き、問いかける。


「家系、というのは、あなたにとってどこまで重要なものですか?」


「ふん、当然命よりも大切なものだ。その責務は酷く重い。生まれたことを後悔するほどにな」


 ロレンスはそう呟くと、横でじっと黙っている妻の腰に手をあて、その場を去った。


 それと入れ替わるように、クライヴが入ってきた。どうやら報告が終わり、葬儀に間に合ったようだ。クライヴは、真っすぐランツ先生の元へと向かっていき、ランツ先生の顔をしばらく見た後で、ホランド院長に報告の報告を行っていた。


 スノウは、あれからずっと泣いていたが、しっかりもののシエルに介抱され少し元気が戻ってきていた。シエルだって泣きたいはずなのに、そんな時に俺は、自分自身の心の波を収めるのに必死で、誰かを思ったり、誰かを助けたりすることは出来なかった。


 結局、俺は、ランツ先生という唯一の親が死んだところで、何一つ変わっていないのだ。


 孤児院のドガイさんや、ノガミさんが死んだときも、その喪失感に涙は出たが、翌月には普通に食事を摂って、友達と遊んでいた。俺にとって親とは、精神的な拠り所であり、正当な依存先なのかもしれない。


 その依存先は、誰でも良かったんじゃないかと思う。俺は俺が狂っている、と思った。


 これが犯罪者の血からくるものなのか、俺自身が邪悪なのかはわからないが、どちらにしろ俺はまともではなさそうだ。


 でも、それなら何故今こんな気持ちになっている?


 何故昨晩は眠れなかったんだろう……。



 貴方なら、こんな時でもきっと、柔らかい笑顔で答えを教えてくれるんだろうな。

お読み頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泣きました…。ランツ先生の優しさと大きな愛に。ミハイルくんにかけるランツ先生の日々の言葉が本当に愛情に溢れていてそれはきっと孤児院のみんなにも注がれてきたものなのだろうと感じました。 久々…
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