任務完了
――王国歴1493年 ルストリア スルト地区 ラーグ山脈中腹
「ちっ、しくったぜ。俺があんな雑魚にやられるなんてよ」
「いや、あれを咄嗟に避けられるなんてそれだけでもすごいよ」
むしろ、その後の動きを含め何もできなかった俺にこそ落ち度がある。
「まあ、スノウが無詠唱で魔法を放てるなんて、そっちのがすげぇと思うがなぁ」
ジュラは治癒魔法をかけるスノウに向かって言うと、スノウは治癒魔法を一旦止め、ズボンの裾をまくり上げて言った。
「全然すごくなんかない。足で魔法を発動した際に、出力をミスって、足に性質変化が少しかかってしまっている」
「お、おい! これ大丈夫なのかよ!」
まくり上げた裾から見える脛は、硬質化を始めており、それはまるでオーバーフローのように見える。
「大丈夫、じゃない、けど、このすぐ上のフィロンさんと合流すればこれを解除してもらうことが出来る」
ここに来て、俺は疑問に思う。このすぐ先にいるフィロンさんが、先ほどの火柱を見て何故駆けつけてこないのだろう。ウィルズさんは何故、俺たちと離れてすぐに茂みに戻ったのだろう。
俺たちは、スノウに肩を貸しながら前進し、山脈の開けたとこへと出る。
「いやはやー、下がっていたほうがいいですよー。こちらはこちらに任せてくださいねー」
と、いつも通りのペースで話すフィロンさんは障壁魔法を展開していて、向こう側には数名の男たちがその障壁目掛けて魔法を放っていた。少し離れたところでは、ウィルズさんとチャイが何者かと交戦している。
「そうはいかねぇぜ! こちとら三か月分の減給を取り戻さねぇと、引くにひけねぇよ!」
ジュラはそう言って飛び出し、フィロンさんの障壁の前に出て、魔法を躱しながら敵陣に飛び込んでいく。
「生滅の印 溢れたインク 見えざる手 今貴様の首にかかるっ! フォンツ・アルタっ!」
ジュラは走りながら、詠唱を完了し、手のひらから無数のキラキラした何かの粒のようなものが、砂煙のように敵に向かって飛んでいく。そして、それは数秒の後、一気に起爆し、敵の数名の体制を崩した。スノウも魔法で遠隔的に援護しようとしたが、足のひび割れが影響しうまく魔力が練れない。俺は、スノウをその場に座らせると、ジュラを援護するため爆炎の中へと向かった。
「ジュラ、ミハイル! 戻りなさい!」
後ろの方でフィロンさんが指示をしているが、目の前のジュラには届いておらず、ジュラを一人で行かせるわけにはいかないので、結果として俺も指示を無視することになった。ましてや、この魔法弾が四方から飛んでくる状況では、既に抜き差しならない。幸い、魔法弾自体は弾速も遅いうえに初歩的な火球魔法であったので、これをいなすことはそこまで難しくはなかった。
「ミハイル! このまま敵を討つぞ!」
ジュラは抜剣し、敵陣へと踏み込んでいく。しかし、次の瞬間、敵対する男たちのうちの一人の指先から、眩く光る一筋の光線がジュラを目掛けて飛んできた。最早、それは避ける、避けないの判断を行う時間も無いほどに一瞬の出来事だった。
ジュラの肩あたりにそれが被弾すると、そのまま肩を突き抜けた。その衝撃でジュラは勢いよく回転し、後方へと倒れる。俺は障壁魔法を詠唱しながらジュラに駆け寄る。
「空間断裂の盾 ゼフロスの西風からその身を守れ テイコス・フィラカ!」
ジュラの元に辿り着き、障壁魔法を展開する。横たわるジュラの肩口はケガをしており、若干だが出血があった。しかし、先ほど突き抜けた光線から推測するに傷が浅く感じる。
「くそっ、やられたぜ」
「大丈夫か、ジュラ!」
「ああ、最初に放った爆破魔法の欠片を全身に纏っていてよかったぜ。そいつが爆発したおかげで、直撃を避けられた」
あんな戦闘の中で、全身に爆破魔法を纏うという機転をきかせていたのか。ジュラ、お前は本当にすごい奴だ。
そうしている間にも、障壁にはいくつもの魔法弾が当たり、障壁自体を削り取っていく。
「フィラカ・リバース!」
フィロンさんの声が聞こえると、俺が張った障壁内は緑色に輝く。すると、俺の頬に負った擦り傷や、ジュラの肩口の傷がみるみる癒えていく。
「フォンツ・グロース!」
またフィロンさんの声が聞こえると、俺たちの周りに青白い爆発が次々に起きる。その爆破は俺たちを追い詰めようとしていた男たちを的確に追いかけ、爆風に巻き込まれた男たちは次々に倒れて行った。
パンテーラ、フィロン。彼が扱う魔法は「再現」と「付与」ということは出立前に聞いていた。目の前で起きた魔法を彼なりに解釈し、アレンジを加えて打ち出す。これだけでも十分すごいことなのだが、スノウから聞いた話によれば、そんなことをしないほうがフィロンさんは強いらしい。それでも、戦いの中でこの戦闘方法にこだわり続けるのには何か理由か、あるいはポリシーがあるのだろう。
「まだ気を抜いてはいけませんよー。前を見ててくださいねー」
爆風を逃れた男たちは、しばらくこちらを見つめた後で、山脈の奥へと逃げていった。
「あっ! おい! 待てよ!!」
ジュラが追おうとするのをフィロンさんが止める。これ以上の深追いは必要ないとのことだった。これ以上先は、地盤が不安定らしい。あの男たちは大丈夫だったのだろうか。
周囲に敵の気配が完全に無くなったことを確認すると、フィロンさんはスノウの手当てを始めた。
「あちゃー、これは大分やらかしてますねー。ちょっと待っててくださいねー」
スノウの足に手をあてて魔力を込めると、あっという間にひび割れは治り、元の肌質に戻っていった。
「ありがとうございます、フィロンさん」
「いえいえー、まだまだいっぱい迷惑をかけていい階級ですからねー。頼れるときにたくさん頼ってくださいねー」
と、フィロンさんは言いながらチラリとジュラを見た。するとジュラは少し気恥しいような心境を表情に乗せて言う。
「突っ走ってすいませんでした」
「いーえー。むしろ見えるところでやる無茶はどんどんやっていってくださいー。ハッキリ言って、私はあなたのことを見くびっていましたー。咄嗟の判断と言い、拙いながらも魔法の発動のタイミングや種類の選択において、ルストリア軍として及第点以上のものがありましたので、より一層励んでくださいねー」
なんだか、最後になって少しばつが悪い感じがするけど、俺も謝る。
「その、フィロンさん。俺も……」
「謝罪はいりませんよー。ミハイル。君の行動に問題はありませんでした。強いて言うなら、怪我人を戦場に置いて、前線に出るのは是か非か、というところですけど、それもまあ、ジュラを思っての行動でしょうし、良いんじゃないでしょうかー」
「いや、しかし……」
「おやー、自身の不甲斐なさに対して罰が欲しいんでしょうかー」
「そんなことは……」
「そうですねー、更に厳しい物言いが必要ならー、君は他人を信頼することが出来ないようですねー。私に対しても、ジュラに対しても、あっちのウィルズに対しても心配があったのでしょう。自分が信用できなければ、他人を信用することは出来ないー、なんてホランドさんも言っていた気がしますがー、言葉で聞いていた時よりも、実戦でその心得を会得するのはなかなかに難しいでしょー」
「信頼……」
戦場では皆が皆生死をかけて戦っている。そんな状況で誰かを信じ切るのは、自殺行為だと思うんだが。そもそも、俺はまだ自分の魔法にすら確信を持てないんだ。人を信じる信じない以前の問題だ。と、考えていると、ジュラが口を開く。
「フィロンさん、誰かを信じる信じないってのは、誰かに強要されて行うことじゃないと思うんだけど、それでも信頼ってやつを強要するんすか? 例え上官でも、人の想いまでは縛れねぇだろ」
ジュラは語気を強めているが、そんなことを気にする様子も無く、フィロンさんはスノウの患部を見ながら淡々と答える。
「強要しますねー。縛りますー。だって、それは全体の勝敗に関わることですからねー」
「勝敗?」
「例えば上級魔法を詠唱するのに時間を稼いでください、とお願いした前衛が、こちらを信用せずに違う行動をとったらどうでしょう? 魔法は不発、戦況は大きく傾き、死傷者多数。こんな感じで、信頼は必要なことです」
「それとこれとは、違うだろ」
ジュラは敬語も使わずに声を荒げる。俺はすごく申し訳ない気持ちになる。
「同じですよー。当然信頼された方は裏切らないようにしないといけないわけでしてー。パンテーラは出来るだけ多くの期待を裏切らなかった者に与えられる称号だと解釈していますー」
フィロンさんはスノウの治療を終えると、俺に向かって言う。
「だから、ミハイル、君は君を信じることから始めるといい。積み重なった因果は、君が断ち切るんだ」
俺は、何も言えなかった。声にならなかった。
「ふん、とんだガキが入隊したもんだな」
気が付くとウィルズさんが、すぐ近くまで来ていた。向こうの敵はこちらと同じくらい居たはずだが、まさかそれを撃退してきたのか。
「おい、ガキ1。上官に舐めた口を利くなら、納得できるだけの理屈か、言葉に説得力が出るほどの実力を持て」
と、ジュラに言うと、ジュラは一瞬何を言われたのかわからない様子だったが、自身が「ガキ1」と言われていると気づくと顔を真っ赤にして飛び掛かった。しかし、ウィルズさんはそれをひらりと躱し、ついでに足をかけてジュラを転ばせた。
「っつー……」
ジュラは、もう一度立ち上がろうとするが、ウィルズさんは転んだジュラの背中に座り、腕を極めてその場に拘束する。フィロンさんはその様子をただ見ているだけで、何かをするような様子はない。
「んで、ガキ2。お前、信じる信じないの前に弱すぎる。お前のくだらん心境からくる判断ミスにより、同胞が死ぬ。戦場でグダグダ言ってんなら、軍をやめろ」
恐らくガキ2というのは俺のことだろう。俺は腹は立ったが、言い返すことは出来なかった。代わりにフィロンさんが口を開く。
「はいはいー。ウィルズくん。そこまでにしましょー。君は確かに強いけど、協調性がまるでないねー。そりゃ単独にさせられるわけだねー」
「足手まといと組む必要なんてない」
「ははは、物は言いようだねー。戦争で、個の力が全てではないってことは、バーノンが処刑されて国が滅びた事を体験した君なら、よくわかってると思うけどー」
「あ? 俺のこと舐めてんのか?」
ウィルズの右手に炎が宿る。咄嗟に俺とジュラは身構える。しかし、フィロンさんはそれに対して動じる様子はなく、先ほどと変わらない様子で会話を続ける。
「ははは、君がこのことに触れてほしくないのは知ってたよー。でもね、君は今ミハイルに同じことをしたんだよー。悩みは人それぞれ、こだわりも人それぞれ、利点も欠点もそれぞれなんだ。大陸の平和を願うなら、そういう繊細な部分も見ていかないとねー」
「……先に馬車に戻ってます」
何かと葛藤した後にウィルズさんは、先だって下山した。それと入れ替わるように、チャイが戻ってきてフィロンさんに報告を行う。
「やはり、地面がズレてましたね。なかなかに、なかなかに興味深いデータがたくさんっ! とれました。ぐひひ。最高だ。これを持ち帰って研究するぞぉ」
「チャイ、君にはウィルズ君のサポートをお願いしたと思いますがー、その様子だと、調査に没頭して、戦闘を行っていませんでしたねー」
「……んー? そう言えばそうでした! でも調査は進みましたので! 私は先に下山してますねぇ。ひひ、ひひひひ」
なんだか、チャイという男はとんでもなく、とんでもない人間らしい。フィロンさんも相当に変わり者だと思っていたが、その部下は更に異常だ。
「さてさて、治療も終わりましたし、我々も下山しましょうかー」
ジュラは、さっきの非礼に関して最後まで謝らなかった。俺は、結局何も述べることは出来なかった。スノウは何かを考えている様子だった。
こうして、何も為すことの出来ない俺の何も為すことが出来なかった初任務は終了した。
後日聞いた話によれば、男たちの正体はスルト軍に与していた傭兵の残党だったらしく、力が全ての国風だからこそ生きていけた力自慢の男たちの成れの果てだったらしい。そんな彼らは、俺たちを殺して何を得たかったのだろうか。
そして、そんな決断に迷いはなかったのだろうか。
あるいは、迷いがあったから戦って死んだのだろうか。
今の俺には、ただの一つもわからなかった。
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