魔導軍入隊
――王国歴1493年 ルストリア アリーシャ城 城門前
大層なお見送りをしてもらった手前、なんとも言い難いが、ディー・エヌ孤児院から徒歩で三十分ほどのところにアリーシャ城がある為、寂しさはあまりなかった。嬉しさが少しと申し訳なさと若干の気恥ずかしさが胸を埋めている、というのが正直なところだ。
それでも、皆があんなにも手厚く見送ってくれた理由があるとするなら、これから命を掲げて軍務に励むことになる、ということが皆にもよくわかっているからだろう。
俺は、命を使う為に軍に入った。もちろん、簡単に手放すつもりはないが、この命を捧げてようやく俺は納得のいく死に向かうことができる、と思う。こんなこと院長に言ったりでもしたら、小一時間は説教されることは間違いないが、俺の決意は俺の気持ちから生まれたものだし、その気持ちは俺の出自に強く結びついている。この感覚は誰かと共有することなど不可能なんだろう。
そんなことを考えているうちに、城門前に到着した。辺りを見回すと、俺と同期にあたる兵士達が、一人二人と徐々に門の前に集まり始めた。俺は、このままだと一番に城内に入ることになりそうだ。それはちょっと嫌だったので、門から離れて、背後にある橋の横あたりまで下がった。
「いいって、ここで! 流石に恥ずかしいから……」
「なぁにが恥ずかしいのよ! こんな綺麗な母さん、むしろ自慢したいくらいに思えないもんかね!」
と、橋の向こう側から、仲睦まじい会話をしながらやってくる二人が見えた。母親と話していた青年が俺の方に向かって橋を渡って走ってくる。青年は橋の真ん中あたりで、振り返って言う。
「じゃあ、行ってくるわ!」
遠くの母親は大きな声で言う。
「頑張ってね!!」
その青年は真っすぐに俺の方に歩いてくる。俺の前まで来たその男はジュラ。軍学校でも同期、今回アイルーリスへの昇格も同期になることで、いよいよ完膚なきまでの同期になった。ジュラ曰く、軍学校初日は俺が精密検査で登校できなかったから、一日先輩だと言い張っているけど。
「よう、ミハイル! どうだ、調子は?」
「やあ、ジュラ。仲が良さそうで羨ましいよ」
「いや、この歳でこれは結構恥ずかしいぜ」
「そうか? でも、こういうことをやってくれる親なんて素敵だと思うよ」
軍人を世に送り出す親は大きく分けて二通りいると思う。軍務を名誉だと思う親か、金銭的に余裕がない家庭の親だ。この争いが絶えない大陸で、軍務は一向に減らないと聞く。そんな過酷な現場に送り出すとすれば、そこには納得できるだけの思想か、抜き差しならない事情がある、と俺は思う。
ジュラは軍学校の時に聞いた話では、母子家庭で貧しいから軍への入隊を自ら望んだって言っていたけど、先ほど見送りに来ていたお母さんは、最後まで反対したらしい。
そんなジュラが同期の中で最も戦闘の才能があったのは、なんだか皮肉な気がするけど。
「いよいよ今日だぜ、ミハイル」
「そうだな、ジュラ」
「今日からひと月働けば、来月末には見習い兵の時の五倍の給与が支払われるぜ。金が入ったら、どこの酒場に飲みに行くか今から楽しみだぜ」
「はは、酒は、俺には早いかな」
「なぁに言ってんだ。お前はもう十六歳だろ。とっくに酒を飲んでいてもおかしくない歳だぜ」
「いや、酒は飲んだことあるんだけど……」
俺は怖いんだ。酒が入ったことによって、俺の魔法が暴発したりしないかと思うと。とは、言えないので、なんとなく黙ってみる。すると……。
「なぁんだよ、酒に飲まれちゃうかもってか? だぁいじょうぶだよ、俺が酒の飲み方をレクチャーしてやるからよ」
といった具合にジュラがフォローしてくれるので、自発的な発言が苦手な俺にとって、ジュラはとても頼りになる奴だった。ふと周りを見ると、兵士が徐々に増え始めてくる。空も徐々に白んできた。
「大体よぉ、軍人になってみんな何に金使ってんだろうな。休日なんて数える程しかねぇってのに、使い道あるのかね」
「さあね。俺は、孤児院にお金を預けちゃうし、そこらへんは良くわからないな」
「ああ、そ。男だったらよー、飲む、打つ、買うだと思うけどなー」
「飲む、打つ、買う?」
「んあー、まあ、おいおいお前にも教えてやるよ、おいおいな」
よくわからないが、ジュラが喜んで口に出すことだ。きっと、ろくでもないことだろう。胸ポケットに手を入れ、懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
まもなく、六時になる。開門の時刻だ。
――王国歴1493年 ルストリア アリーシャ城 場内一階 大広間
俺に言わせれば、そんなものはただの飾りに過ぎない。今、肩から羽織っている正規軍のローブを見てそう思った。このローブを羽織ることによって、アイルーリスに所属したことが名実共に認められ、軍務に参加することが出来るようになる。
ルストリア軍の序列は軍学校で、始めに習う。これは、軍人だから知っている、とかそういうレベルの話ではなく、一般的な市民ですら理解している序列だ。だが、その序列がどのような方法で成り立っているのか、という内容に関しては知らない人も多い。俺は、当時付けていたノートの内容を思い出す。
・総司令官
前総司令官、大将、魔導軍大佐の推挙によって着任する。
・大将
国王、総司令官の推挙によって着任する。ルストリア軍に限って言えば参謀も兼ねている。
・魔導軍大佐
総司令官、大将の推薦、要請。
・パンテーラ
総司令官、大将、魔導軍大佐それぞれが推薦、要請の権利を持っている。そのうちの二名が推薦することで昇格する。
・クローリク
部隊の前衛。
・グランツアッフェ
部隊の後衛。
・アイルーリス
魔導兵としての見習い。
・歩兵佐官
総司令官、大将が決める。
・歩兵尉官
歩兵大佐の一任。
・歩兵部隊長
・新兵
というような具合だったはずだ。戦闘技術ではまだまだ劣るところも多いが、座学なら負けない、と思い頭に詰め込んだ内容だ。
実際、新兵の段階やアイルーリスなどではあまり使うことは無いが、ルストリア軍は市民の罪に対して罰を与える軍務がほとんどである為、戦闘技術もさることながら、インテリを求められる。以前、特別講師で軍学校に来て下さった、ジュラの師であるパンテーラのバルバロッソさんが言うには、戦闘特化とインテリ特化が組んで仕事をすることもままあるらしいので、インテリが一概に必須とは言えないかもしれない。
考えてみれば、ドガイ院長とノガミ副院長の関係性を考えれば納得できそうではあった。まあ、ともかくルストリア軍はたくさんのことを求められる仕事であることには違いないだろう。
ローブの贈呈式がアリーシャ城一階の大広間で、ベガ大将から直々に執り行われた。
ローブを手にした者から順に兵舎へと移動し、自身の荷物を運んでいく。俺は、早い段階でローブをもらったが、贈呈式に来ていた国立研究所所長、かつパンテーラでもあるフィロンさんから呼び止められ、その場で待つように言われてしまった。まあ、内容は想像がつく。
俺は度々フィロンさんのお世話になっていた。と言うのも、俺の魔法は大陸内で未発見の魔法である為、制御の方法がわからず、非常に危険なものとして扱われている。その謎を解明するべく、定期的な検査が行われている。また、俺の魔法については、国家機密になっていて、どんなに親しい間柄であろうと、口外することは禁止されている。
まあ、そういった理由から、フィロンさんと顔を合わせるということは、何かしらの検査が行われることになる、となんとなく体が覚えてしまった。
と、そんなことを考えているうちに、周りの兵はほとんど居なくなり、大広間はガランとしてしまった。
「なぁに、やってんだ? 行かねぇのか?」
と、ジュラが近づいてくる。もらったばかりのローブを、雑に脇に抱える様子を見て、性格が出るなぁ、と思った。俺のローブは、丁寧に折りたたまれ自分の腕にかけたままだ。ジュラの気遣いはありがたいけど、多分これからフィロンさんが戻ってきたら、引きはがされるだろうから、先に兵舎に行ってもらおう、なんて考えているうちに、フィロンさんが戻ってきた。
「やあやあ、ミハイルー。お待たせだよー」
相変わらず、語尾を伸ばしただらしない話し方をする。もう慣れてしまったけど、どっかいつも本気じゃないような感じがして肩の力が抜けてしまう。研究所所長であるうえに、パンテーラであるフィロンさんは、間違いなく天才で、とんでもなく格上の上官なんだけど、なかなかどうして緊張感が持てない。
「フィロンさん、ジュラには今兵舎に戻ってもらおうと……」
「んー、どうしてかなー。むしろ都合が良いと思っていたんだけどー」
どういうことだ? 俺の検査の結果は公表してよくなったのか?
「あー、説明してなかったかー。ミハイル、これから初任務ですー」
「ええぇ!?」
本当にフィロンさんは想像をいつも超えてくる……。
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