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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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奇襲

――王国歴1484年 4月


 バーノン大王とヴィクトの会談から三週間後。


 スルト城からやや南に行ったところに位置する、ラーク山岳の麓に、ルストリア軍駐屯基地がある。

 ルストリア軍駐屯基地は、ルストリア式簡易建築様式を用いた石造りの基地である。強度の点では天候に負けるような目立った脆弱性は無く、簡易的に建築ができ、更には解体も速やかに行えるよう工夫が凝らされている。これは、現ルストリア国王の『他国を尊ぶ気持ち』の表れであり、他国の領土に基地を置くせめてもの配慮と言える。


 駐屯基地は設営された場所によって中の建築物が異なるが、ここスルトの駐屯基地は武器庫、食料庫、宿泊施設の三つが建設されている。屋外には訓練場が設置されており、日頃兵士たちは鍛錬に励んでいる。

 上空から見下ろすと正四角の形に塀で囲まれたこの基地は、他国の駐屯基地よりもやや頑強に作られている。塀の高さは四メートルほどあり、所々に覗き窓が設置されている。


 現在は夜の十一時を回ったところである。ルストリア駐屯基地では夜の十時が就寝の基本時刻であるが、当然二交代制をとっておりこの基地が完全に沈黙することはない。


 一兵卒であるカロンは、食後のトレーニングをひとしきり終え、併設されている井戸で水浴びをしようと基地の外に出ていた。


(……何かの気配がする、獣か?)


 カロンは念のため腰に差した鉄製の剣に手をかけた。しばらくの沈黙が流れる。


(気のせいか――)


 と基地に戻ろうと振り返る瞬間、布が擦れる音が聞こえた、音の鳴る方向に向き直ると、ナニかが見え、視界から光が消えた。

 斬撃の音は一切せず、僅かな時間の静寂が響く。そしてまもなく、それを切り裂くように粗暴 な声が聞こえる。


「だーからよお、全部ぶっ殺してから陣でもなんでも描いて燃やしちまえばよかっただろうがよ! こそこそ動き回るのは性に合わん」


 暗がりから出てきた二つの影が月明かりに照らされる。


「お前のそういうところ好きだわ。でもね、これは俺の判断じゃなくてね、上の判断だからね。手順を守らなければ即処刑するって言ってたけど、多分あれ冗談じゃないから」


 スルト軍の真っ赤な隊服に身を包んだ二人は、身長が綺麗に整った、顔も髪型さえ瓜二つ。スルト国軍王直属部隊エスパーダの双子、部隊長ボルグと副隊長のバルグであった。満月にかかっていた雲が完全に流れ、あたり一面は明るくなった。


 ボルグは水平にした手斧の刃先に乗った、カロンの頭部を月光にかざし、バルグに話しかける。


「下っ端がこんなんで、本当にこの基地の大佐ってのは強ぇーのかよ。くそっ、イライラしてきたぜ」


 バルグは恍惚(こうこつ)な表情でボルグの首筋にそっと触れると、柔らかな声色で答える。


「ボルグ、お前のそういうところ好きだわ。思ったことを口に出して言えるところ。でもね、もし魔導軍大佐がいた場合は即退却。まあ魔導軍大佐がいる可能性は、まずないんだけどね」


 この二週間、ルストリア軍駐屯基地をスルト軍は密かに監視していた。特に人員の出入りは入念に。今回のエスパーダの奇襲任務は、大佐が居るか居ないかでは難易度が雲泥の差である。


 バルグは目の前の駐屯基地を見つめながら続けて話す。


「ボルグ、駐屯基地の出入り口は、目の前の入り口と奥の裏口の2箇所だ。そこ以外の覗き窓やら出入り口になり得る箇所には、後衛に弓で狙ってもらっている。人一人通るのも厳しいくらいの大きさの窓だ。気にしなくていい。裏口にはルドルがいる。万が一にも逃げられない」


 ボルグは満面の笑みを浮かべ、カロンの頭部を放り投げるとバルグの肩を抱き、眼前の基地を睨み付けてこう言う。


「さぁて、皆殺しだぁ」


 ルストリア軍駐屯基地の中心には鉄柱が建っており、その頂点には魔力ソナーが付いている。この魔力ソナーは敷地内での魔法の発動に反応し、ルストリア軍の本拠地に信号が送られる仕組みになっている。動力源もまた魔力であり、鉄柱に触れ魔力を吹き込むことでソナーは機能する。魔力ソナーの管理は魔導部隊が行なっており、己の鍛錬も兼ねて一日三交代でソナーに魔力を吹き込んでいる。

 当然、魔法を使った訓練の際にはこの仕組みを切り、信号が鳴らないようにする。仮に信号が鳴ったとしても、それが何を示すものなのか、詳細な情報は届かない。魔法の発動のみを感知し報告する、単純な測定器である。


 現在大陸での詳細な通信手段は三つである。

 伝令による人から人へと伝える方法、伝書鳩、通信魔法である。その中でも通信魔法は取得している者が極端に少なく、精度も個人の能力により差が出てしまうため、発信されたとしても任意の者に届かなかったり、あるいは何の効果も得られずに、いたずらに魔力を消費するような結果になるケースも多い。その為、魔法による通信が行われることは稀であった。

 この駐屯基地に通信魔法を使用できる者は存在しない。つまり今回の奇襲での重要なミッションは、このソナー信号を切ることが最優先とされていた。就寝時刻を回ってのソナー信号は、明らかな異常事態と察知されるからだ。この奇襲にボルグ兄弟が任命された理由はここにある。


 バルグは、後衛の兵士が持ってきた身の丈を越える大きな革製の棺のような箱を開ける。その中には通常の大きさを遥かに超えた弓が入っていた。特大の強弓(ごうきゅう)である。

 バルグは弓を取り出し軽く(つる)を引く、弓のコンディションを確認した後、弓の入っていた棺の底から鋼鉄の矢を取り出し、構えると、深く深呼吸した。彼ら兄弟は決して体格の良い体つきではなかったが、尋常ではない膂力(りょりょく)を持つ特異体質であった。そのため、大人が五人がかりで引いても、指から血を吹き出すだけで微動だにしない強弓を引くことができる。ボルグも力だけで言えば同様のことが出来るが、弓の才能はない。逆に細やかな力の制御が出来るのは、バルグの唯一無二の能力であった。


 バルグは弓を引き絞ると、駐屯基地のソナーに向け照準を定めた。限界まで張られた強弓はギチギチと鈍い音を立て、次の瞬間――


 ボンッ!! 


 という轟音が鳴り響き、夜天に輝くソナーに直撃した。ソナーは魔法の結晶石で出来ており、硬度はそれなりにあるが、厚さ数センチメートルのプレートアーマーを貫通し、後方の人間の頭蓋までをも砕いたという伝説の前では、結晶石の強度などガラス玉に等しい。

 着弾と同時にボルグは駐屯基地の入り口に向かって、獣のように低い体制で走り出した。ソナーが破壊される音を聞きつけ、中からルストリア兵が飛び出してくる。ボルグはその飛び出してきた兵を、まるで抱きしめるように飛びかかり、そのまま手に持った手斧で首を切断した。

 

 ガラガラガラと、ボルグの渇いた笑いが響くと、宿舎にいる兵士たちが次々に外の異常さに気づき、急いで戦闘態勢に入った。

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