第48話 ジィーダバ、動く
■中央ゴレムス暦1582年9月15日
アウレアス城
ガーランドと一時的な休戦協定を締結したジィーダバ伯爵は、一路アウレアへとやって来ていた。今日はホーネットが正式に大公となるための戴冠式が行われる日なのである。
「おのれガーランドめ……オズ城では不覚を取ったわ……」
つまるところ、ガーランドとの戦いは攻めるに難く、守るに易いためにそんな状況がずっと続いているのである。アウレア側にも銃火器が有れば今よりも優位に戦えるのだろうが、それを何とかしようとしないのは所詮、ジィーダバ伯爵も戦後生まれの平和ボケであると言うことだ。
ホーネットの戴冠式は大講堂で行われた。
これまでに幾人もの大公を生み出して来た歴史ある建物である。
おっさんは既に大講堂を訪れていた。
まだまだ城の施設には知らないものが多いので、興味深くあちこちを眺めては、感嘆の溜め息を漏らしていた。
式場に次々と名だたる貴族諸侯が入ってくる。
その中にはジィーダバ伯爵の姿もあった。
今日は彼が大公の冠をホーネットの頭に戴く役である。
要は烏帽子親のような感じだ。
本来ならば隠居した親が行うのが慣例であったが、ホラリフェオが死んだためそれも無理な話となった。となれば身内の誰かが適任なのだが、大公家に連なる人間は意外と少ないのだ。ホーネットの叔父や叔母は早逝しておりおらず、候補を上げるとすれば、ホラリフェオの従兄弟であるカーネルソンなのだが、ホーネットがジィーダバ伯爵を指名したのであった。
やがて儀式が始まり、周囲を貴族諸侯が見守る中、祭壇に上ったホーネットにジィーダバ伯爵が近づく。そして賞状盆から冠を受け取ると、その頭に大公の証である輝く冠を乗せる。
ここに第27代アウレア大公が誕生した。
ジィーダバ伯爵は恭しく頭を下げると、片膝をついてホーネットの側に控える。
「諸君! 今日この日、私は大公位を継承し正式な大公となった! まだ弱輩ではあるが、アウレアを更なる強国にすべく身を粉にして邁進する所存だ。よろしく頼む。まずはバルトだ! 前大公陛下を亡き者にした愚か者に鉄槌を! 諸君らの一層の努力に期待する!」
『はッ!』
周囲の貴族諸侯から威勢の良い声が響く。
すると、ホーネットの隣に控えていたジィーダバ伯爵が立ち上がった。
おっさんがまだ儀式があんのかと思って注目していると、再びホーネットが話し始める。
「諸君らの中には戴冠を何故ジィーダバ卿が執り行ったのかと疑問を持つ者もいるだろう。しかし、問題ない。問題ないのだ。彼はもう我が一族となったのだからな!」
その言葉に会場がどよめきに包まれ揺れたように感じる。
おっさんはまさかと思って大講堂の入り口に目を向けるが特に変わった様子はない。この場でシルフィーナとの結婚を強行するのかと思ったからだ。
「我が姉シルフィーナとジィーダバ卿が結婚することが決まった。日取りは10月1日。これにより大公家はいよいよ隆盛ならん!」
ホーネットが右手を挙げてどよめきに応えている。
その隣には不敵な笑みを浮かべたジィーダバ伯爵の姿があった。
ドーガがおっさんに耳打ちする。
「閣下、これは先手を打たれましたな」
「そうみたいだな。公女殿下は納得しているのか?」
「家長となる陛下が決めたのなら異議などないでしょう」
戦国の習いだと言われればそれまでだが、この世界でも政略結婚は当然のように行われているようだ。
「そう言うもんか?」
「そう言うものです」
「それにしても陛下と近しいな」
「何か吹き込まれたのでは?」
おっさんも短いなりにジィーダバ伯爵と接してその人となりは理解しているつもりだ。彼が望むのは家中における筆頭の立場であろう。
おっさんの勢力が増したことにを脅威を感じたに違いない。
「うーん。結局はこうなるのか。手を組むだろうとは思っていたけどまさか婚姻とはね」
「何か策がお有りで?」
「ないです」
おっさんは後手に回ってしまったことを悔やんでいた。
かと言ってジィーダバ伯爵を責める大義名分も思いつかない。
「真剣に考えないと滅ぼされるよな。それならやられる前にやれだ」
現代日本では批難されるようなことでもしなければ滅びるのみ。
攻撃を受けた後に反撃するようでは遅いのだ。
ジィーダバ伯爵が何かを話しているのを聞きながらおっさんは1人、挽回する方法を考えていた。
―――
■中央ゴレムス暦1582年9月15日
アウレアス城 執務室
部屋の中には新大公のホーネットとジィーダバ伯爵の2人が対面でソファーに座っていた。
「これでアルデ将軍に対抗できよう」
「はッ……後はサナディア卿の力を少しずつ削いでいくだけです」
「何か策はあるのか?」
ホーネットは何やら不敵な笑みを浮かべているジィーダバ伯爵に尋ねる。
「バルト討伐に兵を出させ兵の損耗を図ります。そして粗探しすれば彼奴の失態などでっち上げられましょう。それとアウレアの公共事業に金を出させましょう。全てはアウレア大公国のため。断れませぬ」
「ならば良い。ところであの娘のことは頼むぞ?」
「はッ、スワンチカのことはお任せください」
ホーネットは恋焦がれていた。
15歳と言う年齢だから致し方ないと言えばそれまでなのだが、あの日、青みがかった銀髪の彼女を見てから胸の鼓動が高鳴ってしょうがないのだ。
「余の正室となるに相応しい。ああ、スワンチカ早くまた会いたいものだ」
その時、部屋の扉がノックされ声がした。
ホーネットが応じると、1人の男が入ってきた。
傅役でこの度、最側近の相談役となったルガールである。
「ホーネット陛下……とこれはジィーダバ卿もおられましたか」
その言葉にジィーダバ伯爵は軽く会釈した。
「何かあったのか?」
「いえ、驚きましたぞ。あの場での婚約宣言など前代未聞です。私に一言くらいあっても良いではございませんか……」
「すまんすまん。姉上には言ってある。問題なかろう?」
「シルフィーナ殿下はご承諾なさったのですか?」
「ああ、少し悲しそうな顔をしていたが、そう珍しいことでもあるまい」
ルガールはそっと溜め息をつくと、内心独り語ちる。
「(政略結婚など仕方がないかも知れんが、もう少し人の気持ちを推し測って頂きたいものだ……わしの教育が間違っておったのか?)」
傅役として1人の貴族としてやっていけるように教育してきたつもりであったが、まだまだ15歳の若造である。色々と思慮が足りないところもあるだろうが、心を掴まねば家臣はついて来ない。
「陛下……降嫁するにしても式の準備が間に合いませんぞ?」
「なぁに、そこは柔軟にいけば良かろう。ジィーダバ卿も忙しい身だ。簡略化すれば良い」
「……」
意中の相手がいるかは知らないが、式くらいはまともにやってあげれば良いのにと思うルガールであったが、大公陛下の機嫌をわざわざ悪くすることはないと諫言するのを思いとどまる。
「(わしのこう言うところなのかも知れんな……)」
「はははは! これで卿も侯爵だ。これは凄いことだぞ! レーベテインに連なる者以外で侯爵を名乗るのだからな!」
「はッ……有り難き幸せにございます」
「ああ、これからも大公家のために働け」
「はッ!」
執務室にはホーネットの上機嫌な笑い声がいつまでも響いていた。




