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おっさん、軍神として降臨す  作者: 波 七海


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第37話 ネスタト炎上

 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 21時頃

  ネスタト


 街には兵士の影が躍っていた。

 あちこちに放たれた火の手がゆらゆらと揺らめき、やがて大火たいかとなって街を焼き尽くしてゆく。


 ネスタトの中には既に多くのアウレア兵が雪崩れ込み、兵士を、そして住民たちを虐殺している。

 アウレア兵たちはやりたい放題、好き勝手に暴れまわっていた。最初はホラリフェオの仇討ちと言う崇高な名目があったのだが、たがの外れた兵士にそんなことは関係ないようだ。


 この時代に戦時国際法など存在しない。


 力なき者は蹂躙され、搾取される。

 力ある者が全てを得るのだ。


 今は、世界が戦国時代とも言える時期であった。

 そんな時代の価値観に現代日本の価値観を当てはめようとしても無駄なだけであり、同時に無意味なことでもある。


 火の手はネスタトの内外ともに広がり、最早消しようがないほどに大きなものになっていた。街はもちろん、穀倉地帯として名を馳せた青いコメ麦の穂までも業火に呑まれて消失してゆく。


 奮戦していたネスタト兵であったが、数の差は如何いかんともし難くこの有様である。


 イムカ・オゥルは自らの妻ガラシアとオゥル伯爵の妻子と共に領主の館に立て籠もっていた。表では未だイムカの側近衆とアウレア兵が戦っている。


 ここは領主館の最奥の部屋。


「申し訳ございません。最早これまででございます……。脱出を」

「いいえ、イムカ殿。今まで良く仕えてくれました。夫に代わり感謝申し上げます」

「もったいないお言葉です。ですが時間が――」

「わたくしたちはここで逝きます。足手まといにはなりたくありません」

「馬鹿なッ! まだ脱出はできます!」


 それに応えたのはオゥル夫人ではなかった。


「あなた……良いのです。もう皆分かっているのですよ?」

「……」


 ガラシアの言葉にイムカは項垂うなだれる。


「アウレアス城の守備を任されたあなたが戻って来たと言うことはそう言うことなのでしょう?」

「我が夫ももうこの世にはいないでしょう……」

「そんなことはッ……」


 イムカですらオゥル伯爵の安否は分かっていなかった。

 落ちのびたのか、それとも討ち取られたのか。

 それでも信じたい気持ちが強かったのだ。


 オゥル夫人と子息、ガラシアは持っていた短剣を静かに抜くと首筋に当てた。

 しかし手は動かない。いや動かせないのだ。

 良く見ると剣先が震えているのが分かる。


 イムカには彼女たちが躊躇しているのが良く理解できた。

 覚悟はしていても実際に自らの命を絶つと言う行為を躊躇ためらいなく出来る者は少ない。彼女たちを見守っている内に黒煙が室内に入り込み始めた。


「なッ……奴ら火をかけたかッ!?」

「火を放てと命じたのはわたくしです。生きたまま焼かれて死ぬのは御免です。イムカ殿、どうやらわたくしは自死できぬようです」

「ならば――」

「殺してくださいませ」


 義理の母の懇願にイムカは逡巡した。

 彼女の顔を真正面から見据えるがその様子は凛として身じろぎもしない。わずかに短剣を持つ手が震えている程度である。子息の方はまだ若いが状況は理解しているようで、こちらも精悍な表情でやり取りをじっと聞いていた。


「生きて虜囚の辱めは受けませぬ」


 入り込む煙の量が増えてきて部屋中に立ち込めてきている。

 オゥル夫人の言葉がイムカの背中を押した。


「では御免」


 抜き放たれた長剣が鋭く煌めく。

 イムカは何度も長剣を振るいながら自覚していた。

 もう心はすっかり落ち着いていることに。

 夫人の言葉がそうさせたのだと、彼はどこか違う視点から自分のことを見つめているような感覚に囚われていた。


 そして最後は必ず訪れる。


「ガラシア、すまん」

「私は幸せでしたわ」

「俺もだ」


 2人は抱きしめ合うと軽く口づけをする。

 香る嗅ぎ慣れた香水に広がる死の味。


 ――これ以上は無理。


 イムカはガラシアから体を離すとその髪に優しく触れた。

 そして2つの影は再び1つになった。


「燃えろよ燃えろ。全てを消してしまえ」


 イムカはガラシアの体をそっと横たえると、自らに刃を向けた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 22時頃

  ネスタト郊外


「火の勢いは衰える気配はありません」


「ああ、とにかく消火を急がせろ」

「はッ!」


 報告をして去ってゆく兵士の背中を見つめながらおっさんは考えていた。

 もちろん、領主の館に誰が居たのか?である。

 今回の首謀者と目されるオゥル伯爵が既に逃げ込んでいたとか、イムカがアウレアス城から去ってネスタトに赴き、守備に当たっていたとか、未だ見つからないネフェリタスを匿っていたとか、情報は錯綜さくそうしていた。


「うーん。ドーガくん。火消えないねぇ」

「どこかの馬鹿が火を放ったようですな」

「三光作戦伝えといたのにな。犯すな。奪うな。燃やすな。ま、領主の家に火を付けたのはあちらさんだろうけどね」

「判別できれば良いのですが」

「色んな意味で困るよね」


 その意味とは首謀者とそれに類する者を処罰するため、そして確実に亡き者にしたと言う確証を得るためである。

 これだけの事変である。後始末はしっかりしないと後々に関わるだろう。

 おっさんの頭は既に戦後処理に切り替わっていた。


 おっさんにこのままアウレアの家臣をやるつもりはない。

 そもそも主君であるホラリフェオの顔すら知らないのだ。

 憐れだとは思うが、同情以外の感情はない。


 本音は誰かに頭を下げる(へーこらする)のが好きではないからなのだが。

 そのせいか、おっさんは日本に居た時はフリーランスの仕事をしていた。

 フリーでも下手に出たり、コミュニケーション能力が必要だったりするのはサラリーマンとは違いないのだが、そこは気持ちの問題だったりする。


「(それにしても要所に兵を伏せといたのにこれじゃ、やってられんわ。アウレア貴族諸侯の手腕の問題か?)」


 おっさんが安否を知りたいのは、第3公子ネフェリタスとその重臣、オゥル伯爵、オゥルの女婿であるイムカら腹心である。次いで知りたいのは日和見をした連中である。こう言う事変には必ずどっちつかずの態度を取る者がいるものだ。自分は無関係ですよと知らん顔をする輩を罰するまではいかずとも把握しておく必要があった。


「(こんなことならガイナスくんに頼んでおくべきだったな。こりゃもっと部下が必要だわ)」


 暗闇の中でめらめらと燃ゆる街を眺めながらおっさんはそう思っていた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日 22時過ぎ

  ネスタト付近


 シーウェルは不謹慎にも美しいと思ってしまった。


 ネスタトの街の方向は紅蓮に染まっていた。

 遠目にも分かる。


 まだ距離にして5km以上はあるが闇の中で大火が煌めいているのだ。

 見えないはずがない(バカでも見える)


 オゥル伯爵は最早動かない体を草地に横たえて上半身を少しだけ起こしていた。

 街は見えない。

 何も言わないシーウェルの様子は暗くて分からないが、それでも理解できる。


「ネスタトは燃えているか?」


「……」


 沈黙が答え。


「そうか……これまでか」


 オゥル伯爵は天を仰いだ。


 期待していた。

 ネスタトに戻れば、イムカが街を死守しているとそう思っていた。

 思い込もうとしていた。再起を図れると。


 夜空に星は見えない。


「これでバカ共(脳みそお花畑)も少しは懲りただろう」


 自分の投じた一石が吉とでるか凶とでるか?

 現状を考えれば行き着く先は予想がついた。


 オゥルの胸に俺はとんでもないことをしでかしたのでは?と言う今更な考えが去来する。それがおかしくてフッと鼻を鳴らすと最後の命令を下した。


「シーウェル、ご苦労だった。俺はこの木の下にでも埋めてくれ」


「……!?」


 オゥルは満身創痍であった。

 追手を振り切って逃げてきたが、もう体に力が入らない。


「これは使うことはなかったか……」


 オゥルは懐から短筒を取り出すと、自らの頭に当てる。

 今までの日々が頭を過っては消えてゆく。

 これが走馬灯と言うヤツかと、オゥルは再び愉快そうに笑う。


 ひとしきり笑った後、静かに引き金を……引いた。


 乾いた音だけが辺りに響き渡った。


「……ッ!!」


 それ以降、そこは静寂に包まれた。

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