第34話 おっさん、覚悟を見せる
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 13時過ぎ
アウレア本陣
「うーん。わざわざ手の内を見せることはないか?」
ガイナスの奇襲をきっかけに崩れ始めたネフェリタス・バルト連合軍である。
敵ながら粘るものだと感心していたおっさんだったが、この機を逃せば【戦法】の実験が出来なくなってしまうかも知れないと思い迷っていたのだ。知りたいのはおっさん指揮下にある部隊に【戦法】が適用できるかどうかなのだ。
おっさんはしばらく腕組みをして考え込んでいたが、ふと別のことを思いついてしまった。そう言えば、気が付いたらこの世界にいて、今までなぁなぁでやってきた。何とも気持ち悪いと感じるのはおっさんが潔癖だからだろうか。
「(俺のような存在がこの世界に何人もいるとして、もしここにいれば恐らく【戦法】を使うとバレてしまう可能性がある。そいつは俺よりも世界の理に精通しているかも知れないし、一方的に俺だけが特定されてしまう危険性もあるだろう。だが、それが何だと言うんだ? せっかく異世界なんてところにやってきたんだ。退屈で綺麗事しか言えない現代社会からな。俺はこの世界で言いたいことをいってやりたいことをやってやるッ! これは俺からの宣戦布告だッ!)」
《軍神の加護(肆)》
おっさんは心の中で大喝した。
その瞬間、ボードの各部隊ユニットが光り輝く。
同時に前線の方からも眩い光が視界に入るのが分かる。
カノッサス付近の村で見たあの光だ。
前線からは雄叫びのような大音声が聞こえてくる。
まさに何処かの野獣の如しであった。
戦局はまさに激変した。
崩れかけながらも必死に抵抗していた敵軍が一気に瓦解してゆくのだ。
おっさんはそれをボードを眺めながら恐ろしいと感じていた。
「(俺はこの乱世を生き抜いて天下を統一してみせる!)」
おっさんは虚空を見上げて天を睨みつけた。
空には太陽が中天に差し掛かっていた。
―――
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 13時半頃
オゥル伯爵軍 前線 ソルレオ・ムジーク
「お、同じだあの光はッ……」
オゥル伯爵軍の前線で戦っていたソルレオは目の前のアウレア兵たちが突如として光り輝いたことに面食らっていた。
その隙をついてシルフィーナ軍の兵士がソルレオに斬りかかってくる。
辛うじて受け太刀したソルレオであったが、ぐぐッと押し込まれる。
「(力が強いッ……これが話に聞いた【戦法】か!?)」
このまま受け続けると押し切られそうなので、何とか剣を斜めにして受け流すとバランスを崩した兵士の首を斬り落とす。
「これはもしや……プレイヤーなのかッ?」
その後も次々と襲い来る敵兵にソルレオは苦戦を強いられた。
「(やはりさっきまでより強いッ……出し惜しみは出来ん)」
《豪傑(弐)》
ソルレオは自身の【個技】を使用した。
《豪傑》は自身の武力を底上げし、攻撃力を大きく向上させるものだ。
強力を得たソルレオは一気呵成に反撃に出る。
元々、剣技と力には自信があった彼だったが、それが驚愕へと変わる。
「なッ……これでも圧倒できねーのかッ!?」
とっておきの【個技】を使用したにもかかわらず、感じたのは敵兵の力を少し上回ったと言う感覚であった。
これはおっさんの使った《軍神の加護(肆)》が、ソルレオの《豪傑(弐)》よりも個人の攻撃力UP率が高いからなのだが、そんなことはソルレオには分からない。
これまで《豪傑(弐)》の力を使えば、大抵の者は力でねじ伏せることができたのだ。悪く言えば【個技】に頼り切ってきたソルレオは剣の技量が足りなかったのである。今の状態はそこらにいる傑物レベルと言って良いだろう。
それでもソルレオは何とか前線で奮戦し完全崩壊を防いでいた。
とは言え、オゥル伯爵軍以外は最早、潰走、もしくは退却を始めていた。
実はソルレオは兵士長と言う立場で十名近い兵士を指揮していた。彼らの力がソルレオの【指揮】レベルで底上げされていたお陰で戦えていたと言う側面もあった。これも彼の知らないことである。
「(くそッ! ふがいねー! だが俺はこんところで死んでいい奴じゃねーんだッ! ここは撤退するしかないッ!)」
既にオゥル伯爵は退却しており、ソルレオは殿のような立ち位置にいた。要は最後まで残って敵兵を食い止め、味方の退却を助けなければならない訳だ。しかしソルレオは退却を選択した。
彼の中では敗北が必至となったオゥル伯爵に仕えるメリットはなくなったのだ。
「死んでたまるかッ! お前らッ退くぞッ!」
味方が残る中、ソルレオは自身の指揮する残り数名を引き連れて退却した。
―――
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 13時半頃
シルフィーナ軍 ノルレオ・ムジーク
ソルレオの姉であるノルレオもまた、味方兵士が、そして自分自身の体が光輝くのを目撃していた。そればかりか、体の中から力が溢れてくる。その動きも俊敏になり、今なら名のある将軍だって倒せそうな気がするほど意識も高揚していた。
「(これがソルの言っていた【個技】!? それとも……なんだっけ?)」
ノルレオはエストレアで行方知れずとなったソルレオから聞いた話を思い出していた。その時の話とほぼ同じことが起こったのだ。
体が軽いし、やる気も俄然湧いてきた。
今までの自分が嘘のようだ。
ノルレオも一応【個技】、《剣神の心得(参)》と言うものを発動することができる。これを使った時は体が橙色と青色に光輝いていたが、今は違う。まるで鋳造したばかりの金貨の如く黄金色に輝き煌めいているのだ。
「(えっと……これって味方にぷれいやー?がいるってことかしら?)」
ソルレオの言っていたことを思い出そうとするが、適当に聞いていたせいか、はっきりと思い出すことができない。ノルレオは自身の性格を少し呪った。
「(こんなことならちゃんと聞いとけば良かった……まさか本当にこんなことが起こるなんて……)」
ノルレオは自分も【個技】と言う奇跡が起こせることを知りながら、これは神から授かった自分だけの力で敬虔なエストア教信者に与えられるものだと思い込んでいたのである。彼女はエストア教を信仰していた。
「全員、突撃だぁ! 敵を追撃しろぉ!」
指揮官からの指示が飛ぶ。
それを耳にしたノルレオは敵兵の中に弟がいないかを注意深く、見つめながら周囲の味方に交じって敵を追い始めた。
仲間たちの顔は味方であるにもかかわらず、狂気にそまった表情を見て戦慄する。
これは別に【戦法】のせいではない。
これほどまでに気持ちの良い大勝と溢れ出る高揚感のせいである。
碌な勝利を味わったことのないアウレアの兵士たちにとってそれは蜜のように甘い格別なものであった。
「何か嫌な感じ……ううん! 今は敵の追撃だけを考えよう」
ノルレオは首をぶんぶんと振ってその考えを打ち払うと、仲間たちと共に敵兵を追い始めた。




