第22話 レガシー、ぶち切れる
■中央ゴレムス暦1582年6月22日
アウレアス城城下街 レガシー
時は少しさかのぼる。
アウレアの店と言う店を回り、食い倒れ行脚を地で行くレガシーは突如として襲った異変に眉をひそめていた。
「なんだか変ね。いつもより騒々しいわ。所詮、アウレアなんて食が豊かなだけの民度の低い国家だったのかしら? きっとそう。だから国民も低レベルなのね」
ホラリフェオを始めアウレア大公国の民が聞いたら激怒しそうなセリフを堂々と吐き捨てながら、レガシーは次に向かう店を探していた。
「それにしてもホンット、食だけは豊富ね。食べても食べても飽き足りないわ」
喧騒が大きくなっていく。
いつも華やかで、呼び込みやら世間話やらで賑わっている時の楽しげな声色ではない。段々と大きくなるのは――悲鳴。
人の波が鯨波のようになってレガシーの方へ向けて押し寄せてくる。
「な、何よッ! ホントのことを言ったから怒るなんて度量が狭いわねッ!」
まるで何かに追い立てられる得物の如く、人々は必死の形相で中央通りを掻き分けてゆく。あまりの混雑具合に前に進めないのだ。しかし後ろからの圧力は増すばかりである。
となればどうなるか?
逃げ場のない人々は将棋倒しになり、押し潰され、踏みつけられていくのみ。
レガシーもそんな憐れな大衆の1人になる――はずであった。
「うわぷ――」
※※※
気が付くとレガシーは細い路地に体を挟まれていた。
小柄な彼女は人の波に押されてニャコしか通らないような路地にハマったのだ。
「いひゃい……むぎゅぎゅぎゅぎゅ……っと。はぁはぁ……ひどい目に遭ったわ……。チッこれもアウレアのせいね。お父様に言って滅ぼしてやろうかしら」
路地の壁と壁の間から何とか抜け出したレガシーが通りを見渡すと、周囲を警戒する兵士と目が合った。合ってしまった。
「おいッ! そこのお前ッ! アウレア国民か?」
「んなぁぁぁんですってぇぇぇぇぇ!? あたしが? アウレア人だって言いたいの? あんたの目は節穴なの? そこに付いてるのは飾りかしら? 意味がないのならくり抜いてやるわッ!」
レガシーはそう吠えると腰のベルトに差していた2本の短剣を両手に持って、口を滑らせた兵士に斬りかかる。
――刹那
その兵士は身をかわすこともできずに首筋を斬り裂かれていた。
鮮血が噴水のように勢いよくほとばしる。
「あたしにナメた口を利かないことねッ! あんた死んだわ」
レガシーは、どう見ても既にこと切れている兵士に向かって吐き捨てるように言った。そこへ悲鳴のように上ずった声で別の兵士が叫ぶ。近くにまだ兵士がいたようだ。
「な、何をやっているッ! 敵だッ! 敵がいるぞぉぉぉ!」
それを聞いてわらわらと兵士が集まってきて、レガシーはなんやかんやで二○名近くの兵士に取り囲まれてしまった。
「何だ? このちんちくりんは?」
「女か? 幼すぎて分からんな」
「おい。見ろ。胸が真っ平だぞ。男だ男」
「おいいいいいい! あんたら死んだわッ!」
口々に好きなことを言い散らかす兵士たちにレガシーがぶち切れる。
キレて目を吊り上げ、キレのある動きで兵士たちへと肉薄した。
その予想もしない動きに慌てて兵士たちが身構えるが、時すでに遅し。
悉く首筋を斬り裂かれて一瞬の内に逝ってしまう。
レガシーはその小柄な体形を生かして一撃離脱で1人1人兵士を確実に仕留めていった。
「舐めた口利いた癖に大したことないのね。チョロイわ」
「全員で取り囲めッ! こいつただのガキじゃな――」
「失礼ね! あたしはこれでも16歳よッ!」
『十分ガキじゃねぇか!』
喰い気味に否定したレガシーの反論に、その場にいた兵士全員が同時にツッコミを入れる。
「そのガキにやられるあんたらは何なの? あーら、ボクちゃんたち、寄ってたかってよわよわでちゅねー?」
レガシーは天性のクズであった。
しかも訓練された最高のクズである。
その煽りっぷりは何もできない兵士たちを更に激昂させた。
だが、兵士の中にも少しは頭の回る者がいたようで、上官を呼んでくるように伝えると、槍でレガシーを包囲した。
流石のレガシーも付かず離れずの距離を保たれて逃げることもままならない。
「(これも皆、アウレアのせいだわ! アウレア死すべし、慈悲はない)」
単に自分の欲望に従ってアウレアの食を味わいに来たことを棚に上げ、レガシーは内心で物騒なことを考えていた。
「セグウェイ様、こちらですッ!」
やがて上官を呼びに行った兵士が戻って来た。
薄い緑色の輝く髪を持つ男だ。その珍しい姿にレガシーは一瞬見とれてしまう。
良い物を見たと思ったレガシーだったが、彼女にとって最悪なのはその男が更に兵士を連れてきたことであった。
「よう。嬢ちゃん。何か怒ってるみてーだが訳を話してくれねーか?」
「……あんたらの仲間がこのあたしを敵だとか抜かして襲い掛かってきたから自衛したまでよ。これは正当な防衛よ?」
「そりゃ部下が悪いことをしちまったみてーだな。しかしなぁ……敵じゃないとしたらお前さんは何者なんだ?」
偉ぶった態度を見せず、下手に出て来るセグウェイにレガシーは調子に乗ったのか、ない胸を張って踏ん反り返る。
「ふふん。驚きなさいッ! あたしはレストリーム都市国家連合加盟国のトルナド都市長の娘、レガシー・カポネよッ! 喧嘩を売りたいなら買ってあげるわ。あたしたちの軍にひれ伏しなさいッ!」
「ほお……トルナドの娘っ子がどうしてまたアウレアなんかに?」
「観光よ! か・ん・こ・う! この国は海の幸が豊富だって言うから、このあたしがわざわざ来てあげたって訳!」
「ふーん。そうか。そりゃ運が悪かったな。だが、あんたは悪くねー。俺が代わりに謝罪しよう。申し訳なかった」
「ま、まぁ、あたしが悪くないのは当然なんだけど、謝るなら許してやってもいいわッ!」
「ありがとうよ。それでだ。ここらは兵が大勢いてな? また絡まれると厄介だから城に来ねーか? 待遇は保障するぜ?」
それを聞いたレガシーは唸りながら考え始めた。
「(めんどくさいのは嫌よね。しばらく居てやってもいいかしら)」
セグウェイはそんな様子のレガシーを急かすこともせず、じっと眺めている。
兵士たちには既に下がらせている。
レガシーの行く手を阻む者はもういない。
「わかったわ。それほど言うなら仕方ないわね。面倒見させてあげるわ」
「決まりだな。おい。このご令嬢を城へお連れして最高の接待をして差し上げろ。イムカ将軍閣下には俺から言っておく」
セグウェイの言葉に戸惑いながらも兵士はレガシーを連れて城へと歩き出した。兵士たちが持ち場に戻る中、セグウェイだけが腕を組んで何やら考えている。
「確かアウレア大公国はレストリームと同盟関係にあったな」
セグウェイはそう言うとニヤリと怪しく嗤うのであった。




