第15話 おっさん、ボコる
■中央ゴレムス暦1582年6月16日 13時 カノッサス練兵所
おっさんたちの前にはカノッサス軍およそ二○○○が整然と並んでいた。
共にそれを見るレーベ侯爵嫡男のラグナロクも満足気である。
指揮官が何やら号令を掛けると、兵士たちは行進した後、隊列を組んで気勢を上げ始めた。長槍を持って密集隊形を作り、槍衾のように突き出している。ファランクスと言ったところか。
「壮観な光景ですね」
「アルデ将軍にそう言って頂けるとは光栄です」
「指揮を取っている方はどちら様で?」
「あれは我が軍の筆頭武官、セザール将軍です」
他にもセザール将軍の下、アド騎兵が緩急をつけた移動を繰り返したり、弓を用いた一撃離脱戦法を次々と披露してゆく。
ここでおっさんは探りをいれてみることにした。
「【戦法】は何が使えるんですか?」
「【戦法】……ですか? 【戦法】?」
「あー戦法ですよ」
「先程のような槍衾で突撃してくる敵を止めたり、騎兵で回り込んで敵を包囲殲滅すると言ったところでしょうか」
「(うん。なるほど。俺の言う【戦法】ではない訳ね。やはり使えるのは俺だけなのか? それとも上位の指揮官クラス……? いや国家元首だけと言う可能性もあるか?)」
おっさんが黙り込んだのに気付き、ラグナロクが何やら慌て始めた。何か失言でもしてしまったと思ったのだろう。
「ラグナロク殿や侯爵閣下はどのような戦法を使われるんですか?」
「わ、私共も基本は変わりませんが……父上はあまり攻撃に加わりません。私は先頭に立って突撃するのですが、いつも父上に叱られております」
お恥ずかしいとばかりにラグナロクが愛想笑いをするが、おっさんはいや、親の言うことを聞いとけよ(笑えねぇよ?)と思い、少し心配になる。総大将としては失格だろう。おっさんは自分のことを棚に上げてそう思った。血気盛んなお年頃なのでしょうがないのかも知れないが、レーベ侯爵の気苦労が忍ばれる。
「ふむ。自ら突撃されるとなると【個技】はどのような物をお持ちで?」
「は……? 【個技】ですか? それはどのような物なのでしょうか? 不勉強で申し訳ございません……」
一転してしゅんとしたラグナロクにおっさんは慌ててフォローの言葉を掛けた。
演技しているようには見えないので少なくとも彼は知らないようだ。
レーベ侯爵がどうなのかは気になるところだが、あまり突っ込んだ質問をするのもマズいかも知れないとおっさんは自重することにした。
「いや、単に個人の武勇はどんな感じなのかと思っただけなのでお気になさらず」
「は、はぁ……」
戸惑いが伝わってくるが、おっさんは特に気にしない。
だが、合同訓練をするとなると【戦法】を使うべきか迷うところだ。
刃を潰した剣を使って歩兵同士でやり合う予定なのだが、こちらの兵五○○とカノッサス兵との混成部隊にすると、【戦法】を体感させることになってしまう。これは避けたいところだ。とは言え、五○○対二○○○で激突しても地の利も何もない場所での戦闘となるので押されまくることは間違いない。
「(んー俺が普通に用兵しても勝てんだろ。かと言って舐められる訳にもいかんしなぁ。いや舐められた方がやりやすいのか?)」
おっさんは迷っていた。
寡兵でカノッサス軍を破り、こちらは強いから仲良くした方がいいよ!とメッセージを送るべきなのか、アルデ将軍恐るるに足らずと侮られるべきなのか。
「ではそろそろ合同訓練と参りましょうか」
「そうですな。流石はカノッサスの強兵です。見事な練度かと存じます」
「ははは。アルデ将軍にそう言って頂けると兵士たちも喜ぶでしょう」
問題は他にもある。視覚効果だ。
村で盗賊と戦った時には光に包まれるアウレア兵の姿をおっさんは認識していた。
おっさんだって考えてないようで色々と考えているのだ。
ただ、ちょっぴり思うところがあるだけなのだ。
ま、どうでもいいか。
おっさんは【戦法】を使うことに決めた。
そもそもおっさんが率いている兵士だってアウレア兵であり、サナディア領直属の兵士ではないのだ。よくよく考えると今更の話である。
「では振り分けは……」
「いえ、よろしいでしょう。このまま歩兵同士の戦いとしましょう」
「は? えっと兵はこのままですか!?」
「はい」
「我が軍二○○○でよろしいので?」
「構いませんよー」
ラグナロクからすれば舐められていると感じただろうが、同数同士の戦いにしておっさんが負けたらそれこそ目も当てられない。せっかくおっさんに対する好感度が高いようなのに馬鹿にするようで申し訳ないが、ラグナロクが後で冷静に判断してくれることを祈るしかない。
両軍が正対して布陣する。
数の差は歴然としていた。セザール将軍は部隊を五○○ずつ、4つに分けたようだ。流石に数の力で押し勝ったと思われるのが嫌なのか、はたまた他の戦い方を試したかったのかは分からないが。
中央ヘリオン平原では敵のバルト王国軍は三○○○だったのだ。
【戦法】もあることだし「なる!何とか!」の精神である。
まぁバルト王国軍とは正面からぶつかった訳ではないのだが……。
「よろしかったので?」
ドーガが普段通りの声色で聞いて来る。
特段変わった雰囲気はしないので普通に勝てると思っているのかも知れない。
「ま、力を使えば勝てるでしょ」
「あん? 力? ちょっと舐めすぎじゃねぇか?」
「そこはほら、ガイナスくんに頑張ってもらうと言うことで」
「手加減できねぇぞ……」
セザール将軍は本体、魚鱗か鋒矢の陣と言ったところか。
4部隊しかないので分かりにくいが、正面の部隊で受け止めて左右両翼で挟んでぽんと言った感じでくるのかも知れない。
「ま、なるようになるだろ。【戦法】の効果も分かるだろうし」
敵軍に動きはない。
おっさんが動くのを待っているのだろうか。
指揮官レベルの者のみアドに乗り、弓矢や投石などの攻撃はなしと言うことになっている。おっさんが自軍の荒くれ者共を見回すと、皆一様に興奮しているような熱気が伝わってくる。
この高揚感!
これこそが戦場なのだ。
おっさんは彼らの雄姿に満足し、号令を下した。
「全軍、敵正面に向かって突撃。我武者羅に突き進め!」
『応ッ!』
そしてアウレア軍は動き出す。
最初に激突したのは、敵本隊と思われる部隊の前面に布陣している部隊であった。
おっさんはもっと激しい戦闘になると予想していたのだが、地味な開戦である。
「(まぁ、普通は弓とか手槍とかの撃ち合いだよな。あッ……敵正面は長槍使ってるけどこの場合の兵種は槍兵扱いになるのか? こっちは全員が剣だから剣兵のはず。参ったな。混成部隊の場合なんかも調べる必要があるな)」
アド上から戦況を見ていると、敵兵の長槍に阻まれてアウレア兵が中々前進できずにいる。敵の両翼はまだ動いていない。
「うーん。士気と練度は大して変わらないか? いやこっちの兵に押されずに戦ってるからあっちの士気は上がってるみたいだな」
恐らくカノッサス兵たちは、アウレア軍がバルド軍三○○○を撃破したと聞かされていたであろう。まだ開戦してそれほど経っていないが、その軍と五分の戦いをしているのだ。士気が上がらないはずがない。
このままでは時間が経つ一方であるし、こちらに焦りと疲労も生まれてくるはずである。おっさんは【戦法】を発動した。
《車懸りの陣(弐)》
刹那――全アウレア兵の体が銀色に輝き、オレンジ色と青色が交互に点滅し出す。
『ウラアアアアアアアアアア!!』
アウレア兵の動きが先程までとは別次元に思えるほどに劇的に変化する。
彼らは長槍を叩き折り、するすると俊敏な動作で一気に前衛部隊に襲い掛かった。
突然の変わり様に敵兵が驚愕しているのがよく分かる。
「そりゃ、いきなり光り輝いて強くなるってーのはビビるわな」
ドーガとガイナスも後に続き、敵前衛は瓦解し掛かっている。
そこに両翼が動いた。
前進を始めると、おっさんたちを包み込むかのように部隊が展開する。
「構うなッ! そのまま突き崩せッ!」
おっさんも部隊と共にいるので戦況から兵士の動きまで細かいところにも目が届く。指示を受けて全軍が一体となって強行突撃で敵部隊を穿つ。
「オレンジか青が速度アップだな。どっちだ? うーん。ゲームみたいにHPゲージでもあれば分かり易いんだろうけど」
そう言っておっさんは一気にアドで駆け出すと、部隊の先頭に躍り出る。
そしてアドから飛び降りて刃を潰した剣で敵兵を薙ぎ払った。
「(うん。攻撃アップだこれ。敵さんの鎧にヒビ入ったんだが?)」
あまりの突撃の苛烈さに敵前衛が崩れ去る。
正面にアドに乗ったセザール将軍が見える敵本隊が前進してきて、おっさんたちは前と左右から挟撃される形となった。
だが、おっさんはまだまだ実験を止めるつもりはない。
「全軍、その場に留まれッ! 現在の戦況を維持せよッ!」
わざわざ包囲された状態を維持せよと言う異常な命令。
しかしこれは当初の打ち合わせ通り。
死ぬことがないからできるギリギリの実験。
おっさんは敵兵と剣を交えながら考えていた。
「(一応、武勇に個人差はあるな。ヘリオン平原の時と同じだ。攻撃力がアップしたと思われる兵士とも互角以上に戦えている奴もいる。くそッ……説明テキストでも用意しといてくれよ。フレーバーテキストはある癖にな)」
周囲を確認しながら適当に敵兵をあしらい流す。
ドーガとガイナスも表情にはどこか余裕が見られる。
兵士たちも能力が上がっているので不覚を取る者は少ないようだが脱落者は存在するようだ。死亡判定された兵士は武器を置いて戦場から抜ける仕組みとなっている。
敵本軍ではセザール将軍が必死に味方を鼓舞しつつ指示を出しているが、中々押し切れず苦戦しているようだ。おっさんも時間を掛けるために戦線維持のみを指示していたので、戦況に何の変化もないまま時間だけが過ぎてゆく。
恐らく指揮しているセザール将軍や外から見ているラグナロクからすれば、おっさんの意図は理解できないだろう。
そしてその刻は訪れた。
兵士たちからは驚きの声が聞こえてくる。
「力が……湧いてこない!?」
「体が重くなったぞ?」
「剣が重てぇ……疲れたな……」
これは説明していなかったので別に慌てる必要はない。
兵士たちの率直な声が聞けておっさん的には満足だ。
《軍神の加護(肆)》
ここで最後のお試しタイムだ。
おっさんたちの体を再び光が包み込む。
今度は金色の光だ。続いてオレンジ、緑、青色へと点滅する。
『またキターーーーーーーーー!!』
「(緑は防御ってとこか?)よしッ! 総攻撃だッ! 敵をすり潰せッ!」
勝負がつくのは一瞬であった。




