第13話 おっさん、交流する
■中央ゴレムス暦1683年6月15日 カノッサス
「なるほど……。中央ヘリオン平原でそのような戦いが……」
食卓を囲むブリンガー・ド・レーベ侯爵に、おっさんは対バルト王国戦の説明をしていた。2人はお互い正面に相対して座っている。
下座にはドーガが、そしてもう1人レーベ侯爵の子息であるラグナロクが席に着いている。そしておっさんの背後にはガイナスが護衛のため控えている。もちろん侯爵側にも護衛はいる。
「ええ、敵さんの先軍が先走って激突してくれたお陰ですけどね」
「しかし、如何にラグナリオンとの連合とは言え、被害もほとんど出さずにあのバルト王国軍を撃破するとは……流石としか言いようがありません」
「(ま、戦法がなけりゃあそこまで完膚なきまでには叩けなかっただろうけど)恐れ入ります。天の配剤でしょう(実際、俺がいるのも意味分からんし)」
「流石はアルデ将軍です! いやぁ私も是非直接見てみたかったですよ!」
やたらとテンション高めな彼はレーベ侯爵の嫡男、ラグナロクである。
レーベテイン王国の末裔で武門の家と言われるレーベ侯爵家の後継ぎだけあって戦いのことに興味津々なお年頃と言うやつであろう。おっさんは当然、そんな知識はなかったが、ドーガに聞いて予習しておいたのだ。もちろん怪訝な顔――何言ってんだコイツと言う顔をされたのは言うまでもない。
「お聞きしたいのですが、何故、ラグナリオン側に味方すると決めたのですかな?」
「(勘ですね。とは言えんよなぁ)あー国力を考えた結果、地力で勝る側に付いただけですよ。それが良い結果に繋がって良かったですね」
「それが国益に繋がると?」
「そんなところです」
本当のところは、あの時点で他国のことはもちろん自国の状況すら不明であり、更にはおっさん自身が自分の身に何が起こったのか理解できていなかったのである。
要は|ノックスとドーガから聞き出した情報で《超適当に》決めたに過ぎない。
「アルデ将軍、先軍を壊滅させたのなら、その場に留まってラグナリオンと共にバルト王国軍主力を討ち破ることも出来たのではありませんか?」
「うーん。出来ないことはないかも知れませんが、我が国も大損害を被るでしょうし……それにラグナリオン王国は護りに徹したい考えのようでしたので」
ラグナロクの率直な質問に、おっさんはこともなげに答える。
実際そんな感じだったのだから隠すことでもない。
「これでバルト王国と完全に敵対した訳ですが、攻め込まれたら勝てると思われますかな?」
「うーん。戦いに絶対はありませんからねぇ。それに一致団結すれば勝てるんじゃないですかね?(戦法もあるしな。それに難攻不落の鬼哭関ってーのがあるんだろ?)」
「(アルデ将軍……何か掴んでいるのか?)そ、そうですな。団結できれば……」
団結しても勝てなかったのが先の〈狂騒戦争〉なのだが、おっさんは実際体験した訳でも見た訳でもないので理解できるはずもない。
しかも転移前は一見、平穏な現代日本に暮らしていたおっさんである。
戦争のせの字も経験したことがないのだ。戦国時代と三国志、歴史ゲーが好きなだけの人間だったのだからしょうがないとも言える。
おっさんがこの国はどうなんのかなと他人事のように考えていると、ドーガが何やら視線を送ってくる。熱い視線におっさんの心がときめく。
「(何だよ。何かやらかしたか?)」
当然、意味が分からないおっさんは華麗にスルーする。
何やら溜め息が聞こえてくるが、それでも気にしないでいると、ドーガは止む無く口を開いた。
「閣下、盗賊の件ですが……」
「ああ、それな(ちゃんと言葉にしろよ。小田和正かよ)」
「盗賊ですか。先程、報告を受けましたな。討伐して頂き感謝の念に堪えませぬ」
「結構な規模でしたよ? 気をつ……いや何でもないですはい」
ついつい余計な一言を口にしてしまいそうになるおっさん。
領主に村が襲われてるんだから気をつけろ(お前きっちり統治しろよ)とか言ったら相手を不快にさせることは間違いない。敵は作るべきではないと自分に言い聞かせるおっさんであった。
「一応、そちらの兵士さんに引き渡しておきましたんでよろしくお願いします」
「後はこちらで処理しましょう」
「(他にもいそうだけどな。どうせ知らんしいーだろ。つーかカノッサスに兵どんだけいるんだろうな? これも聞く訳にもいかんよな……)」
今回の派兵がアウレアの兵士だけなのは政治的な意味があるのか、とおっさんは裏を疑う。兵舎の規模を見るに、カノッサスの兵力は一五○○から二○○○と言ったところだろう。出兵命令を出しても良いような気がするのだが。
「ところでアルデ将軍、少々相談があるのだが……」
「はい? なんでしょうか」
「いや、恥ずかしながら我が領には大した資源がなくてな? 財政状況が芳しくないのだよ。何か内政に関して知恵を拝借できぬ(金になるもん教えてくれない)だろうか?」
「私がですか? 内政を?(いやいや、なんも知らねーよ)」
「うむ。サナディア伯領はどう言った経営をされておるのか助言して頂けぬかな?」
レーベ侯爵がにこやかな笑みを絶やさぬまま、世間話のような感じで相談を持ち掛けてくる。そもそもおっさんは領地を持っていることすら知らなかった。すぐにドーガの方へ縋るような視線を向けると、彼は何やら嫌そうな表情をするが、そっと溜め息をついて話し始めた。
「閣下、あまり参考にならないかと。あるのは木材、川の水産資源、塩湖くらいでしょうか。あ、後はサナディア紙がありますな」
「(あー大したモンはないな。塩があるけど、製塩技術はどーなんだこの世界は。後は紙か……和紙みたいモンか? やべーな。戻ったら色々調べなきゃだ)」
おっさんはドーガの言葉を肯定するようにウンウンと頷いて見せるが、レーベ侯爵の反応は薄い。そんな顔をされても何も出ねーぞと思いつつも、貸しを作っておくのも良いかも知れないと考え直したおっさんは、仕方なく口を開いた。
「あーよろしければ、領内を見せて頂いても? 何かお役に立てることが見つかるかも知れませんし」
「おお、有り難い……。感謝致しますぞ」
感謝するなら金をくれ!とか口走っちゃいそうになるおっさんである。
これで何か見つかれば新産業を起こせるかも知れない。
言うほど知識があるかと問われれば、ない!と断言できるレベルなのだが。
その後もレーベ侯爵とラグナロクの攻勢は止まらず、結局は練兵の面倒まで見ることになるおっさんであった。これも全て打算である。
おっさんの心は怒りの炎で包まれた。
「(後で死ぬほど回収してやるかんな!)」
―――
■中央ゴレムス暦1582年6月15日 テラストラリス連邦 首都オストリア
「やっと着いたぁぁぁぁぁ!!!」
大型の貿易船とは言え、まだまだ大洋を縦断する航海に危険は大きい。
暗いし狭いし、食糧はマズいし水も限られている。
ホーネット・エクス・アウレアウス。
15歳のアウレア大公国第3公子に我慢しろと言う方が無理な話である。とは言っても、彼には公子としての自覚があった。航海中は軽挙妄動は慎んで文句など言わなかったのだから久しぶりの大地に感激するのは仕方のないことと言えよう。
このテラストラリス大陸は島と呼ぶには大きいが、大陸と呼ぶには小さい過酷な大地である。便宜上、テラストラリス大陸と言うことになっている。
「若ッ……此度は通商条約の締結が目的です。既に根回しと事前交渉は済んでおりますが、品位に欠ける行動は慎まれますよう……」
「分かっておるわッ! だが、この品を見れば我が国の国力も知れようと言うもの。必ずや、目的の物は手に入れねばならん!」
ホーネットの傅役で将来の副官になる男――ルガールは心の中で独り語ちる。
「(この国のことをもっと調べねばならん。まぁそれはVOEの仕事だが。それに資源があれば利権に絡みたいところだ)」
VOEはアウレア大公国の情報機関である。
要はスパイである。情報収集、情報操作、諜報活動、国外の極秘調査など、活動内容は多岐に渡る。その実態を知る者は少ない。
この航海にもそのメンバーを連れてきている。
相手を刺激するつもりはないが、情報収集は行っておいて損はないのである。
アウレア大公国のほぼ真南に位置するテラストラリスは鉱物が豊富であり、将来的に銃器の保持、そして開発までをも考えているアウレアとしては、是非手を結んでおきたい国家であった。
アウレア大公国のあるディッサニア大陸、グレイシン帝國のあるグレイス大陸など多くの大陸や島から離れたこの大陸はまだそれほど他国の干渉が進んでいないのが現状で、大公ホラリフェオとしては是非とも味方に引き込みたいのが本音であった。
「それにしてもでかい船だな。軍船か?」
船から降りて周囲を確認しつつ、送迎用のアド車まで向かう途中に整然と浮かぶ巨大船がホーネットの目に入った。
「我が国の貿易船ほどもありますな。ですが……」
「何だ? 爺よ。はっきりと申せ」
「武装が見られます。あれが軍船なら脅威ですぞ」
「民間船だって自衛のために武装はするだろう?」
「若、あそこに砲身が見えますぞ」
「何ッ!?」
自国の国力を見せつけに来たのに、相手国に度肝を抜かされたことにホーネットは屈辱を味わっていた。彼は父親のホラリフェオからは誇りある強国の自負を持てと言われていたのである。
無力感に打ちひしがれていたホーネットを現実に呼び戻したのは、1人の痩せぎすな男であった。
「遠路はるばるご苦労様です。我が国は貴国を歓迎いたします。アウレア大公国の皆様、私は通商長官のリンドバーグと申します。本日から通商条約の締結に向け詰めに入ります。良い話し合いができれば良いと考えております」
リンドバーグは慇懃な態度でそう述べると、これまた芝居がかった所作で礼をして見せる。終始、にこやかな表情を崩すことはない。
ホーネットは形式的な挨拶を終えると直ちにアド車へと乗り込んだ。
「(いけ好かない野郎だ。公子に対する態度かアレが!)」
共にアド車に乗り込んだルガールは、不機嫌モードに入ってしまった第3公子を見て人知れず溜め息をついたのであった。




