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二次元なんかぶっ壊せ  作者: May Packman
7/10

第一章 雨の音(6)

数年前に書き始め、クライマックス辺りで筆を折った作品です。少しでも反響があれば最後まで書いてみようか思います。コメント・評価が作者の励みになります。一言でも構いません。頂けると作品を書く力になります。

 予感なんていう不確かなものではなかった。

 夕方から降り続いた雨は、夜中から翌日の明け方にかけてさらに猛威を振るっていた。朝起きて、カーテンを開けた段階で身体が『休む!!』と言ってきた。でもまあ、そうもいくまい。悲しいかな、三十分後には玄関を開けて、重い心と足取りで学校に向かっていた。

 

 今朝のニュース番組によると梅雨前線はさらに活発になっており、梅雨が明けるのは早くてもやはり七月の中頃だと言う。夏はまだ遠い。



 朝のホームルームが始まるまでの時間、いつも通り神田とアリーとうだつの上がらない会話をしていると、

「うう、うぅぅ~~」

 怨霊のような唸り声と共に教室のドアが開く音がした。

「全滅だよぉ~~いや半壊だよぉ……」

 江波戸さんが下半身ずぶ濡れで立っていた。

「だ、大丈夫!?」

「だいじょばないよぉ……。スカートがぁ……スカートが瀕死だよぉ……。絶命の危機なんだよぉ」 

「僕タオル持ってるから、えっと……これ! これ使って!」

 急いで鞄の中からフェイスタオルを引き抜くと彼女に手渡す。

「ふ、ふぇぇん。ありがとう……」

 江波戸さんは辛うじて受け取ると、半泣きになった顔をまず拭った。やがてセーラー服のスカートをタオルで押さえ、

「ごめんね、ちゃんと洗って返すから」

 彼女の言葉に首を振ると、

「江波戸さんって徒歩通学?」

 ふと浮かんだ疑問を口にしてみた。

「ううん、自転車だよ」

「そうなんだ。今日の自転車は辛いね」

 恐らく合羽を着ながらの運転だったはずだ。

「そうなの。雨の中自転車で一時間半はキツイですよぉ」

「一時間半!?」

「そ、そうでござんすよ?」

 体を折り曲げて細い脚を撫でるように拭いていた江波戸さんは、逆に驚いたように顔を上げ答える。

「すごい遠いじゃん! どこに住んでんの?」

 彼女の口から出た地名は僕に全く馴染みがなく、ここからどれだけ距離があるのか見当もつかなかった。

「そこ、俺の親戚も住んでるよ。車でも結構時間かかるのに自転車で来てるなんてすごいね。電車は使わないの?」

 そばで話を聞いていたアリーが話に加わる。

「私の家から最寄りの駅まで結構あるんだよね。自転車で三十分くらいかなぁ。そこから電車乗り継いでくると合計二時間半くらいかかっちゃうんだぁ。それなら始めから自転車で来ちゃえ! って。定期代もかからないしさ。いやぁ毎日がロードレースですよ」

 彼女はえへへと笑う。

「ちょっと、それは大変過ぎだよ……。でもさ、そこまでしてなんでこの高校に?」

 聞いてすぐにハッとしてしまう。迂闊な質問だった。

 もしかしたらこの高校にしか受からなかったのかもしれないじゃないか。誰が好きこのんで往復三時間の学校を選ぶものか。この高校は別段偏差値も高くない。不良っぽい生徒もたまに見受けることができる程度である。そして特に力を入れている活動もないのだ。

 圧倒的な不可抗力でサバイバルバイクレースに勤しんでいるとすれば、それはもう触れてはいけない傷口なのだ。

「う~ん……この高校でやりたいことがあったというか、まぁなんというか……」

 一瞬のうちに湧いた不安も杞憂となる。

 若干答えにくそうだったが彼女は笑顔で言った。その笑顔には僕の知らない彼女の全てが詰まっているような気がした。

「そうなんだ」

 安心したと同時に、劣等感に苛まれる。そんな自分も嫌になる。彼女もまた明確な意志を持ってここにいるのだ。毎日三時間を費やしてまで。

神田もアリーも江波戸さんもみんな《自分》というものを持っている。

『家が近いから』

 自分が情けなく思えてくる。なんて馬鹿丸出しの理由だろう。そんな考えなし、僕ぐらいのものだ。

「すごいなぁ……」

 つい口に出てしまった。急いで口を塞ぐが、真正面にいた江波戸さんは不思議そうに僕を見つめて小首を傾げる。

「何が?」

「いや、ほら、明確な目的をもってここにいるんだな……って」

「えぇ~!? いやいやいやいや! そんな大層なもんじゃございませんよぉ!」

 またブンブン手を振る人間扇風機に。

「でもちゃんとやりたいことが自分で分かってるじゃん? アリーもそうだけど。それって僕からしたらすごいことなんだよね」

 いやいやいやいやいやっ!! 相変わらずの江波戸さんをよそに、アリーも「全然だよ」と珍しく困ったような笑顔をしていた。

「てかてか、大丈夫だよ! 雨音くんにもすぐ見つかるって! やりたいこと!」

 勢いよく江波戸さんは僕の肩をポンと叩いた。

「そうかな。僕、取柄もなんもないし」

「そんなことないよ。まだあんまり雨音くんのこと知らないけど絶対あるよ。無理せずに自然体で行こうよ」

 グッと親指を近づけ、またこの教室に笑顔の花が咲いた。彼女が言ったのはただの気を遣ってくれた言葉、特に意味のない言葉だったかもしれない。自分でも単純だとは思うが、その言葉が妙に嬉しかった。

「俺が言うのもなんだけど、人生はまだ長いよ。ゆっくり見つけていけばいいじゃないのかな」

「そうそう! つーかこれからっしょ!」

 アリーが言うのに江波戸さんも賛同する。それがなんだかおかしくて笑ってしまう。


 僕にも彼らのように熱中できるなにかが見つかるのであろうか。これだ! というなにかが現れるのだろうか。

 今年で僕は十六歳になる。まだまだ自分は子供だと思っていた。ただ周りの環境に身を任せ、やることだけやっていれば問題ない存在だと。同じように周りの皆も自分と同じような『子供』だと思っていた。

 しかし、ここで出会った神田、アリー、彼らは違った。すでに人とは違う、これからの人生の幹となるようなものを持っていた。見つけ出していた。迷うことも、立ち止まることもなく、真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに突き進めるなにかを持っていた。これが自分だというものをくっきりと際立たせていた。きっと彼らだけではないのだろう。僕が知らないだけで皆持っているんだ。江波戸さんもきっと。

 僕にはなにがある。

 ……なにもないのだ。

 なにひとつとして。

 空っぽなのだ。僕という存在は。

 そう気付いたときから、僕の心も明けることのない梅雨入りを発表したように思う。


 本当に、僕のやりたいことはどこに転がっているのだろう。

 隠れていないで出てきてくれれば良いのに。


ほんの少しでもストーリー・登場人物たちに興味が湧いた方はコメントお願いします。続きを書くか決めたいと思います。


他作品も掲載しておりますので、良ければご清覧下さい。

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