第一章 雨の音(5)
数年前に書き始め、クライマックス辺りで筆を折った作品です。少しでも反響があれば最後まで書いてみようか思います。コメント・評価が作者の励みになります。一言でも構いません。頂けると作品を書く力になります。
結局化学室に到着したのはチャイムと同時であった。化学の教師からはもっと早く来るようにと窘めらてしまった。
それよりも江波戸さんと二人で入室してきたことに対するクラスメートの視線が痛かった。好奇な視線から隠れるようにそそくさと席に着く。地味な人間にとって、こういう場面は本当に耐えがたいものなのだ。自意識過剰と言われればそれまでなのだが。
それでも授業が始まってしまえばいつも通り。神田がいつのまにか準備室から持ち出してきた人体模型と相席していたり、薬品棚に置いてあった硫酸を「なんか今日ならいけそうな気がする」と言って試飲しようとしたり、と普段通りに授業は終えた。
アリーがこの世の慈愛を集めたような微笑みを湛えて「いけるよ、きっと。あの世にね」と言っていたのが恐ろしかった。
授業後、教室までの道中で後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「雨音くん、さっきはごめんね」
振り返ると、しょんぼり肩を落とした江波戸さんがいた。
僕が疑問の表情を浮かべていると、
「だって私が引き止めたから授業に遅れちゃって……先生にも怒られちゃったし」
言いながらシュンとさらに小さくなっていく。それに気付き、慌てて首を振る。
「いやいや! 江波戸さんのせいじゃないって! そもそも僕が生徒手帳を落としたのが悪いんだし」
「クイズ出してる場合じゃなかったのに……」
「そんなことないって! あや! 『礼』と書いて『あや』だよね? もう僕覚えたよ!」
「雨音くんって優しいね。ありがとう、ごめんね」
ひまわりみたいな笑顔で一瞬この場だけ梅雨が明け、夏になる。
江波戸さんはまた手をブンブン振って走って行く。そのまま前を行く女子グループの輪に入ったのが見えた。それをなんとなくボーっと見ていると、
「さっきの子、うちのクラスの女の子だったんだね」
いつの間にか横にいたアリーが驚いたように言った。その後ろに神田もいる。令嬢のボディーガードのようだった。
「江波戸さんだよ。アリー知らなかったの?」
「うーん、あんまり気にしてなかったからね。ねえ、神田は知ってた?」
「ん? なんとなくな。見たことあった気はした」
意外だった。
うちのクラスで江波戸さんを知らないなんて。室長を決めるときだって、オリエンテーション合宿の班決めをするときだって前に出ていたのは彼女なのに。
「お前のお気に入りなんだろう?」
神田の言葉になんとなく苦笑いをしてしまう。
「な、なんでそうなるんだよぉ……」
さっき江波戸さんと二人で話した渡り廊下に差し掛かった。そこから見えた西の空はどんより曇り、再び激しく雨が降り始めていた。
梅雨はまだまだ明けないことを予感させたのだった。
ほんの少しでもストーリー・登場人物たちに興味が湧いた方はコメントお願いします。続きを書くか決めたいと思います。
他作品も掲載しておりますので、良ければご清覧下さい。