第一章 雨の音(3)
数年前に書き始め、クライマックス辺りで筆を折った作品です。少しでも反響があれば最後まで書いてみようか思います。コメント・評価が作者の励みになります。一言でも構いません。頂けると作品を書く力になります。
ジョー食べろ! 食べろ! デカくなんねぇぞ!!」
「食べてるよ。神田は食べ過ぎ」
「なに言ってんだ。パンなんかおやつだよ、おやつ。次に飯食うための準備運動」
購買で買ってきたパンももう三つ目であった。もちろん持参した弁当など、この男はとうの昔に食べ終えている。
「今日の朝練は雨でなかったんじゃないの? いつエネルギーを使ってるんだろうね」
アリーが呆れ気味にこぼす。そういえば神田は午前中の授業すべてで寝ていたのだ。おかげで後ろの席の僕は黒板が良く見えて助かっていた。
「エネルギーなんて生きてりゃ消費するんだよ! あぁ、食えば食うほど腹が減るぜ!」
「じゃあ何も食べない方が地球のためだね」
アリーはニッコリとほほ笑む。
昼休みの教室で一つの机を男子三人で囲んで昼食を摂る風景。通常あまり爽やかなものではない。しかし、屈強で岩石のような神田と、ロイヤルファミリーの遠縁のごとしアリーで丁度調和が保たれている。無秩序と言えばそうであろう。
「雨が止んだから帰りの練習はあるの?」
全てのパンを食べ終えた神田は、金色の包み紙に収まった小さな四角いものを幾つか机の上に転がした。ちまちまと包み紙を開いては口の中に放り込んでいく。キャラメルか何かだろうか。
「もちろんだ。どうせ雨でも校舎内で筋トレとかストレッチとかやらされるんだろうぜ」
「大変だね」
「うんにゃ、好きでやってることだからな」
「さすが、期待のエース」
アリーがおだてるのにまんまと乗り、神田はガハハと笑っている。
《今年のアメフト部にはとんでもない新入生が入った》
入学当初、学校中で噂になっていたのは知っていた。それが神田のことだと知ったのは一カ月程経ったゴールデンウィーク明けのことだった。同じクラスのアメフト部の生徒の話によると、連休中に行われた超強豪校との親善試合で神田はタッチダウンを六回成功させ、チームを圧倒的勝利に導いたらしい。
アメフトに疎い僕はその凄さがよく分からなかったが、『あいつは化け物』という付け足された一言を聞いてすごい奴なんだという認識を持つようになった。
一九〇センチに迫る身長で筋肉の鎧で固められたこの男は、それでも普段はお調子者で皆のいじられ役である。他校の強豪アメフト部員たちの顔を悔しさの涙で濡らした張本人とは到底思えないのだった。
「そういうアリーだって美術部ですげぇって聞いてるぜ」
そう言いながら、神田はアリーのお弁当の唐揚げをつまもうとするが上手くさばかれ、
「神田に比べれば全然だよ。賞に入っていたのは中学の頃の話だし。高校の美術部に入ってからは基礎のデッサンばっかりでまだなにも作品を仕上げてないしね」
逆にコロッケパンのコロッケだけを抜き取られ、食べられてしまう。神田は懲りずに唐揚げに手を伸ばすが、
「まだまだこれからっ、うげっ!」
頬を平手打ちされ制された。すごい音がした。
「……相変わらず血も涙もねぇな」
笑顔で平手打ちを決めたアリーはフフフッと不敵に笑う。普段はとても柔和で常にニコニコしているアリーなのだが、神田に対する行動や言動だけは特に恐ろしく冷徹なのだ。それは神田に対する信頼の証だと自分に言い聞かせているが、たまに本気で怖く思える時がある。
アリーは、日本とイギリスのハーフである母親と、日本とスウェーデンのハーフである父親を持つハーフである。初めてその説明を聞いたとき、僕と神田は混乱した。難しい割り算を絵に描かれているようだった。
一方の神田は真剣な顔をして、『落ち着け。一回ピザで考えてみよう。ハーフ&ハーフをそれぞれ用意して、……あ、あれ、ピザが二枚になったぞ! どうすりゃいいんだ、怖い、なんだこれは! 助けてくれ!!』とさらに混乱の深みにはまっていった。
しかし、『ゴリ』だの『筋肉おばけ』だの『ハイパーバトルサイボーグ』だの、呼称豊かにからかいの的になっている神田とは別の意味で同様に、その独特な雰囲気からアリーはアリーとして統一的に皆に認識され、愛されていた。体格の差とは裏腹に繰り広げられる二人のやり取りは、クラスでも人気だった。
そんなアリーも美術部期待の新人らしい。なんでも両親ともに有名な画家らしく、幼い時から美術の英才教育を受けてきたそうだ。中学時代は様々な名誉ある賞で入賞を果たし、なぜか美術ではまったく有名でないこの高校に入学した。そのことについて直接訊いたことがある。
『美術に有名でないからここに入ったんだよ。縛られない環境だからこそ、さらに自分を発揮できる、みたいなそんな感じだね。まあ自分勝手にやらせてもらえると思ったんだよ。実際はそんな甘くなかったみたいだけどね』
そう言ってニコッと笑った。嫌味や不遜などかけらも感じられなかった。
言っている意味は分かったが、その感覚を僕は感じることはできないと思った。それは自分に自信を持っているから言える言葉だ。自分には何があるかわかっているからこそだと。
僕には彼らのような特技はない。心から熱中できるものもなかった。いつも二人の話を聞きながら、すごいなぁと思うだけであった。
いつしか、二人に対して憧れにも似た気持ちを抱き始めてしまっていた。それは劣等感と呼んでいいかもしれない。
「ジョーは何か部活入らないの?」
「うーん……僕、スポーツとか苦手だし」
アリーの問いかけに苦笑いで返す。
「別に運動部じゃなくてもいいじゃねぇか。文化部でも」
「そうだよ。一緒に美術部に入る?」
「えー、でも絵も苦手だしなぁ。今のところ特に入りたい部もないし。……もうちょっと考えてみるよ」
「そっか残念」
アリーはまたニッコリし、
「ちなみに神田。さっきから食べているそれ、固形コンソメだよ」
「うげえ! もっと早く言え!」
言わなくても気付いてくれ。
ほんの少しでもストーリー・登場人物たちに興味が湧いた方はコメントお願いします。続きを書くか決めたいと思います。
他作品も掲載しておりますので、良ければご清覧下さい。