お空のはなし
ここはお空の世界。
何処までも続く雲の絨毯の上には、地上で暮らす人たちのさまざまな思いのカケラが流れ着く。
そんな思いのカケラを、お空で暮らす動物たちが運んでいた。
猫のマルは今日もお仕事の池の見回りに来ていた。
池には丸めた紙がいっぱい溜まっている。
これは地上に暮らす人たちの悩みのカケラ。
丸まった紙がいっぱいになってきたら、溢れないようにお空に流すのがマルの役目。
「そろそろ溜まってきたから、溢れないうちに流さないと」
マルは丸まった紙を掬う為の柄が長い大きな柄杓を取りに、池のほとりの道具置き場へ向かった。
しかし、いつも置いてある所にその大きな柄杓が見当たらない。
「おかしいなぁ、何処かに置いてきちゃったかな?」
マルは池の周りを探してみた。けれども柄杓は見当たらない。
「どうしよう。柄杓が無いと丸まった紙が掬えない。池が溢れちゃったら地上に大きな雷になって落ちて大変な事になっちゃう」
マルは困ってしまいキョロキョロと周りを見回した。
すると、遠くで大きな耳を立てている後ろ姿が見えた。
「ミミ!困った事になっちゃったんだ」
マルは大きな耳を持つうさぎのミミに声を掛けた。
ミミは大きな耳でみんなの明るい笑い声を聞いて、笑い声が詰まった風船を作っている。今日も風船を作っては風に結びつけて、穏やかな風を作っていた。
「マル、そんなに慌ててどうしたの?」
「池の紙を掬う柄杓が無くなっちゃったんだ!」
「それは大変だ!大きな雷が落ちたら皆んなの笑い声が聞こえなくなってしまう」
笑い声の詰まった風船が作れないと、強い風が吹き荒れてみんな吹き飛ばされてしまう。
ミミも困って大きな耳を垂らすと、どうしようか考え出した。
「探し物なら、あの3匹に聞いてみるといいかも」
柄杓を探すのを手伝う事にしたミミはマルと一緒に歩き出した。
マルとミミで辺りを探していると、遠くで話し込んでいる3匹の小さな後ろ姿が見えた。
「おーい皆んなー。聞きたい事があるんだ!」
「マルとミミ。2人でどうしたの?」
振り返ったのはねずみのチョモ、チョコ、チョロ。あちこちから、皆んなの願いのカケラの種を拾ってきて育てている。
「池の紙を掬う柄杓が無くなっちゃったんだ。何処かで見なかった?」
「それは困ったねぇ。でも、柄杓は見てないよ。最近は種のお世話に付きっきりだったからねぇ」
ねずみのチョモ、チョコ、チョロは揃って腕を組んで考えだした。
最近は種が上手く育たなくて、どうしたらいいか悩んでいたみたい。
「そうだ!探し物なら、ふくろうのフクに聞けば何かわかるかもしれないよ」
思い出して手を打ったチョモに、チョコとチョロも大きく頷いた。
「わかった、聞いてみるね。ありがとう!」
ねずみの3匹から、空を飛ぶふくろうのフクなら探し物の事が何かわかるかもしれないと教わったマルとミミは、さっそくふくろうのフクの元へ向かった。
「おーいフクー。聞きたい事があるんだ!」
マルとミミは雲の椅子で休憩をしていたふくろうのフクに声を掛けた。
「マルとミミじゃないか。どうしたんだい?」
「池の紙を掬う柄杓が無くなっちゃったんだ。何処かで見なかった?」
「それは大変だ。ちょっとまってて、今思い出すから」
そう言うとフクは、首を捻って考えだした。
「フク、なんだか疲れているみたいだね。大丈夫?」
「最近は手紙の届け先が見つけにくくてねぇ。丁度休んでいたところさ」
ふくろうのフクは、皆んなの喜びが詰まった手紙を運んでいる。
最近は配達先が見つけにくくて困っているみたい。
「そう言えばさっき、あそこでいつもは見ない物を見たな」
いつもいろんな所を飛んでいるフクが、柄杓みたいな物を見た事を思い出して教えてくれた。
マルが探している柄杓かもしれない。マルとミミはフクにお礼を言って、さっそく教えてもらった場所に行ってみることにした。
犬のコロは雲の岸辺に立ち、大きな団扇を持ったままため息をついた。
「なかなか上手くいかないなぁ」
肩を落としていたコロの背中へ、離れた所から声がかけられる。
「おーいコロー、聞きたいことがあるんだ!」
コロが振り返ると、マルとミミが駆け寄ってきた。
「マルに、ミミも」
「コロに聞きたい事があるんだ。実は、池の紙を掬う柄杓が無くなっちゃって、何処かで見なかった?」
駆け寄ってきた途端に聞いてきたマルを見て、コロは困ったように眉尻を下げた。
「ごめんなさい。少し前に、池にあった柄杓を勝手に持ってきてしまったんだ」
コロはそう言って近くに置いてあった柄杓を持ってきた。
「これがマルが探していた柄杓だよね」
コロが差し出した物を見てマルが声を上げた。
「探してた柄杓だ!でも、どうして柄杓を持って来たの?」
マルの不思議そうな声に、コロは申し訳なさそうに耳を垂れた。
「最近涙の雲が上手く流れてくれなくて困っていたんだ」
コロは、地上に暮らす人たちの涙が集まって出来た雲を団扇で仰いで集めて、雨が必要な所に送るのが役目。けれど最近は雲が上手く集まらなくて、必要な所に送れずに違う所に流れてしまう。そんな困り果ててた時に池の近くで柄杓を見つけて、雲を集めるのに使えないかと思わず持って来てしまったようだ。
「本当に、ごめんなさい」
慌てて探しにきたマルを見て、勝手に持ってきてしまった事を後悔したコロはマルにもう一度謝った。
「柄杓が無事に見つかったんだから、もう大丈夫だよ」
探していた柄杓が見つかり一安心したマルは、もう謝らなくてもいいよとコロに声をかけた。けれどコロが悩んで頭を抱えているのを見て、とても困っている事がわかり心配になった。
「そうだ!これから池の紙をお空に流すんだけど、今回は沢山の紙が溜まっているからいつもより沢山流そうと思っているんだ」
マルは良い事を思いついたとコロの肩を叩いた。
「紙は流れ星になってお空を流れて行くから、沢山の流れ星が流れたら地上の人が驚いて、涙の雲が落ち着くかもしれない。頑張って綺麗に流すからコロも一緒に頑張ろう!」
「…うん、頑張る!」
励まされたコロは明るいマルの声に元気をもらい頷いた。
「よし!頑張るぞー」
池に戻ってきたマルは気合を入れて夜空に紙を流し始めた。
サラサラと流れ出した紙はキラキラとした流れ星になって夜空を流れていく。
いつもより沢山の紙を順調に流していたマルだったが、途中で足が絡まり転んでしまった。
柄杓に沢山入っていた紙は一気に夜空へ流れていき沢山の流れ星が競うように流れた。
「いてて、紙がいっぱい流れちゃった!」
マルは慌てて流れてしまった紙を見た。
沢山流れ出した流れ星を見た地上の人たちは驚いて立ち止まった。
ある人は流していた涙が止まり、ある人はその綺麗な光景に感動の涙を流した。
雲が上手く流れずに困っていたコロは、急に雲の流れが穏やかになり驚いた。
雲の流れが穏やかになったおかげで、必要な所へ雲を流す事ができて久しぶりにホッとすることができた。
マルは転んでしまったけれど、地上の人たちの穏やかな姿を見て一安心した。
「これで、皆んなの悩み事が軽くなるといいな」
これは、お空の上の一つの物語。