エピソード1-18
場所は訓練場。そこの一段高くなった場所にグランツと立っていた。
グランツは鎧を脱いでいる。周りには先ほど謁見の間にいた人が全員いる。それに加えて騎士団や近衛、魔術師のような人も見受けられる。
「模擬戦のルールは何ですか」
「魔法あり、特殊な何か能力を持っているのならそれもありだ。武器はお互いに同じものを使う。模倣剣だから死ぬことはまずない。勝敗についてはどちらかが降参するか、立ち合い人が戦闘続行不可能と判断したときだ。」
「立ち合い人は私が務めます」
グランツの部下であろう男が彼らの間に立っている。彼が二人に模倣剣を渡す。鞘はない。
(これは片手剣扱いか)
渡された剣を軽く振って使い心地を確かめる。
2人が指定の位置につく。
「それではこれより、旅人レイハルトとグランツ将軍の模擬戦を始めます」
お互いに剣を構える。
「はじめ!」
合図とともにグランツが突っ込んでくる。上段からの攻撃を俺はジャストガードする。グランツの剣をはじき、反撃を叩き込む。
「むっ!」
グランツはバックステップで反撃を回避する。この世界に来て初めて反撃をかわされた。
(将軍は肩書だけじゃないってことか)
お互いに構え直す。お互いに少しずつ距離を詰める。次に飛び出したのはレイハルト。
一気に距離を詰めて横なぎに切りかかる。グランツはそれを剣で受けとめる。さらに連続で攻撃を繰り出すも全て捌かれる。グランツの反撃を回避して距離を取る。
ふと、リリアの安心した顔が目に入る。本気で殺さないか心配されていたようだ。
「戦いの最中によそ見とは余裕だな」
グランツが再び距離を詰める。俺は攻撃を剣で受けとめ、二撃目をジャストガードからの反撃。
「お、おいあいつ」
「ああ。将軍と互角に渡り合っているぞ」
この国の兵士だろう。俺の実力に驚いているようだ。
「君は魔法も使えるのではなかったか?どうして使わない」
「使わせてみたらどうですか?」
「ほう」
どうやら挑発には乗ってこないようだ。慎重に隙を伺っている。
(さすがに武技なしだと無理か)
このままだとなかなか終わらないと判断したので武技を使うことにする。
「バーチカルシュニット」をレベル14で起動し突進からの上段切りを繰り出す、が普通に受け止められる。
ならばと、一旦距離を取り「モーメンシュニット」をレベル16で起動する。
俺の身体はは一瞬にしてグランツの目の前まで起動し縦、左、右の3連撃を繰り出す。
2撃目までは防いだが3撃目をわき腹に叩き込まれる。そのままグランツは吹き飛ばされた。
「参った」
グランツは起き上がると降参の意を示した。ざわめきが走る周りとうれしそうな顔のリリア。
「あのグランツが負けた、だと」
「信じられん」
グランツは俺の方に歩いてくると、手を差し出した。
「まさかこれほどとはな。しかもまだ本気ではないな」
握手をしながら言う。その言葉に周りの人たちがぎょっとした顔をする。
「あれでまだ本気でない?」「馬鹿な」
この人なかなか鋭いな。
「鋭いですね、だって殺し合うわけではないですから」
自分で言ってあの時の光景を思い出す、がすぐに頭から追い出す。
「なるほど、君を本気にさせるには本気での殺し合いにならなければならないということか」
「人間相手になりたくはないですけどね」
俺は笑って見せる。
「将軍と戦って笑う余裕があるなんて」
「あいつ、とんでもない化け物だ」
化け物とは失敬な。
「とはいえこれで君がここの騎士の中で一番強いことが証明されたわけか」
やはり、この人が一番だったか。
「これでフィルリリア様の提案を否定する要素はなく」
「ちょっと待った!」
外から男が叫んでいる。大分若い、俺より少し上ぐらいか。ローブを着ているところから見ると魔術師だろうか。
「僕は納得できません!」
「彼は?」
「ああ、彼はマルファス。この国で2番目の魔術師だ」
「2番目、何ですか」
「ああ、1番はエレナという女性なんだが、彼はそのことを認めていなくてね。まあ、伯爵家の自分が男爵の令嬢に負けてるなんて認めたくないのだろう」
「貴族ってめんどうくさいですね」
「全くだ」
そんな会話をしているうちにマルファスはリリアの所へと歩いていく。
「確かに彼の剣の腕は素晴らしい。しかし、剣が効かない相手では全くの無力となってしまいます」
「彼は魔法も使えますが」
「それは聞いております。しかし、所詮は平民。僕たち貴族に魔力で勝てるわけがありません」
「平民が貴族に勝てない?どういうことですか」
俺は引っかかったことをグランツに問うた。
「なんだ、知らないのか。貴族は魔力によってのし上がった者が多くてな。普通貴族は平民の何倍もの魔力を持っているんだ」
なんかどっかで聞いたような話だなと思いつつも頷く。
「しかし、彼の魔法も相当の物です。たとえドラゴンが相手でも通用するでしょう」
リリアの言葉に周りがざわつく。
「フィルリリア様は随分と彼に信頼を寄せているのですね。では、こういうのはどうでしょう。彼と僕で魔術模擬を行います。それで勝ったほうがフィルリリア様の専属になるというのは」
そもそもこれは俺の実力を測るものであってリリアの専属を決めるものではないのだが。だがなぜか周りの貴族連中はしきりに頷いている。
「あんな平民より伯爵家である僕の方がフィルリリア様にふさわしいということをお見せしましょう」
それが狙いか。本当に貴族ってやつは。
「分かりました。ではマルファスとレイハルトで模擬戦を行い、勝った方が私の専属騎士になるということでよろしいですね」
周りの貴族たちが頷く。だから俺の意思は?
結局模擬戦することになった。
「恥をかきたくないのなら今のうちに降参することだな」
俺は無視する。
「魔術の模擬戦のルールは?さっきのと同じか?」
「なんだ、そんなことも知らないのか」
無視されたことにイラつきながらも答えてくれる。
「さっきの模擬戦と違うのはお互いの杖は自分の物を使えること。下手すると死ぬこと。それだけだ」
マルファスは自分の杖を構える。杖の形は木の根が3本くらい絡まったような形をしている。こちらも武器スロットを操作してロットを構える。
「なんだ、その変な杖は」
この世界の住人から見たら変なのだろう。金属でできた杖の頭に角のような2本の突起がある。色は赤と黒。
「はっ、そんな変な武器で僕に勝とうというのか」
マルファスは馬鹿にしたような、それでいて勝利を確信したような顔をしている。
「立ち合い人は私が務めます」
フィリップが両者の間に立つ。
「平民風情ではこの僕には歯が立たないと身をもって知るがいい」
「はじめ!」
「まずは手始めにこれだ『ウォーター』」
杖の前に水球が作られこちらに飛んでくる。俺はそれを「フォイア」のレベル8で対抗する。
火球と水球がぶつかり合いともに消滅する。
「今のはファイアか?」
「た、多分」
こちらは詠唱なんて要らないから彼らは見た目で判断するしかない。
(レベル8で互角か)
水と火ではこちらが相性が悪いので完全に互角ではないが。
「ほう、少しはやるようだな。ならこれならどうだ!『ウォータースライサー』」
3つの水刃が生成され飛来する。それを今度は「フォイア」のレベル10を使い迎え撃つ。
3つの水刃と火球がぶつかるとまたお互いに消滅、はせず、火球がマルファスの方へ飛んでいく。
「な、馬鹿な!『シールド』」
火球は魔法の壁に当たり、はじける。
「ファイアでウォータースライサーを破った?」
「そんなことありえるのか?」
周りがどんどん騒がしくなる。マルファスは顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
「僕が、この僕が!」
マルファスは杖を上に掲げる。
「こんなことがあってたまるか!『スプラッシュショット』」
水球が10個ほど空中に作り出される。
(ウォーターを複数作り出すものか?)
俺は念のため「フォイア」をレベル12で準備する。
マルファスが腕を振り下ろすと水球が勢いよく飛んでくる。
俺も対抗してチャージし終わった「フォイア」レベル12を放つ。火球は水球を食らうも勢いがそがれることなくマルファスに飛んでいく。
「く、『シールド』」
火球は魔法の壁に当たり、その壁を破壊する。
「ぐあ、馬鹿な」
マルファスは軽く被弾し、転ぶ。
「あり得ない、あり得ない、あり得ない!」
立ち上がったマルファスはまた杖を上に掲げる。
「ふっ、僕を本気にさせたこと、死んで後悔するがいい!『ウォータースライサー』『スプラッシュショット』『ウォータースピア』」
「な!」
マルファスは上空に10個の水球、5つの水刃、8個の水槍を作り出す。
「おお、あれがマルファスさんの連続詠唱!」
魔法ってそんなこともできるのかよ。
「さすがに驚いているな。そうだろう。お前にはこんなことできないだろう!」
マルファスは歪んだ笑みのまま、腕を振り下ろす。マルファスが作り出したすべてが色々な方向に飛び、全方向から攻撃してくる。
「ちっ!」
「フォイア」の起動をキャンセルし、火の中級魔技「アル・フォイア」をレベル15で起動する。
自身の周りに強烈な炎の渦が発生する。水球、水刃、水槍のすべてがその渦に直撃し、全て蒸発する。
「嘘だ嘘だ嘘だ!なんだ、なんなんだお前は!今の魔法は!」
俺は「フォイア」をレベル15で打ち出す。マルファスは「シールド」で防ごうとするも防ぎきれずに吹き飛ばされる。
マルファスは信じられないと言った顔でこちらを見ている。まだ、終了の言葉はない。まだ決闘中だ。
俺はマルファスの方に歩いていく。
「き、貴様。この僕に恥をかかせやがって。お前の家なんか、いや、お前の故郷ごと潰してやる。僕にはその力がある。それが嫌なら今すぐ降参」
「俺は家族はいない」
その言葉に周りがしんとする。
クラーキスにも同じようなことを言ったが、ここは言っておいたほうがいいだろう。俺にはそういった権力は効かないと。
「親戚も友人もいない。故郷ももうない」
そもそもこの世界にはないのだが、そう言っておくことにする。
「もうない?何て名前なの?」
リリアはもしかしたら心当たりがあるかもと思ったのだろう。しかし、それはありえない。
「この国じゃないからな。多分言っても分からない」
「外国なんだ」
周りがまたしても騒がしくなる。
「国外からの旅人?」「しかも言っても分からないということは相当遠くから来たのか」
「だからな、俺は俺以外失うものはないんだ。そんな俺にお前は何をするつもりだ?」
情けなくがたがた震えるマルファス。家の力を平民相手では絶対だと思っていたのが今崩れた。俺はロットをマルファスに向ける。
「ま、参った」
終了の合図があり、模擬戦は終了する。2連続で決闘をしたにもかかわらず息を切らしてすらいない俺に、また、今見せられた圧倒的な力に恐怖を抱いたものもいるみたいだ。
「これで、レイハルトを私の専属騎士になるということに異議があるものはいませんね」
いえるはずはなかった。その圧倒的な力、そして権力が一切通用しない。
そんな奴に手を出そうと思うものはここにはいなかった。今ここでは家の格など問題にならない、彼以上に確実に姫を守れるものは存在しないのだから。
俺は天を仰いでいた。
(俺、受けるって言ってないんだけど)