エピソード1-15
翌朝、早朝すぐに出発した。
(テレポーター設置しておけばよかった)
俺たちは少し速足で遺跡に向かう。俺は気がはやっていた。この世界の真実を知れるかもしれない。その思いが速足にさせた。だがその足も止まることになった。目の前に人影が立ちふさがったからだ。
目の前の人影は兵士のような恰好をしていた。というか十中八九兵士だ。その兵士が目の前にいる。これはもしや。
「やっと見つけましたよ、フィルリリア姫」
兵士たちの後ろから男の声が聞こえた。その声が聞こえた途端、リリアが俺の後ろに身を隠した。
兵士の後ろから現れたのは30代後半から40代前半ぐらいの男性だった。高そうな服に身を包んでいる姿はいかにも貴族といった感じだ。
「人違いではないでしょうか」
「ふむ」
男は少し考えると近くの兵士に耳打ちした。
ウィンドの言葉とともに突風が吹き、リリアのハットを吹き飛ばす。そして現れるきれいな銀髪。
「その流れるような銀髪、その声、そしてそこのフェンリル。フィルリリア姫に間違いありませんね」
リリアはより一層俺の陰に隠れる。リリアの反応から正規の迎えではないと推測する。何より胡散臭い。
「さあ、帰りましょう、姫」
「嫌」
リリアは拒絶するがそれで引いてくれるはずもない。男は俺を見つけると「その男は?」とリリアに聞く。
「……、私の命の恩人よ」
ちょっと大げさじゃあありませんかね。
「ふむ」
男は少し考えるそぶりを見せると、ニヤリと顔を歪めた。
「その男は姫様を拐かした張本人である。その男を捕らえよ!」
その言葉を聞いた兵士たちが俺たちを取り囲む。人数は8人。
「な、なに言っているのよ、クラーキス伯爵!この人は私の恩人だと」
「姫様はその男に騙されているのです」
リリアの反論をクラーキス伯爵は途中で遮る。
「きゃあ!」
悲鳴のした方へ顔を向けてみるとリリアが兵士に捕まっていた。
「リリア!」
リリアは伯爵のところへ連れていかれる。
「ご安心ください、もう大丈夫ですぞ」
伯爵は俺に向き直る。
「その罪人を」
「おいおい、俺が姫をさらった証拠はあるのかよ」
伯爵の言葉を遮るように言う。
「証拠?そんなもの探せばいくらでも出て来るでしょう」
こいつ、ねつ造する気だ!
「オグゾル様、彼はジャイアントスネークを倒した男。そう簡単に捕らえられるでしょうか」
副官のような男がクラーキスに問う。
「ふん、奴の武器を見ろ。奴は弓使いだ。弓など接近してしまえばどうということもない」
「お言葉ですが、オグゾルさま。彼は剣と魔法を使うとの報告を受けております」
その報告を聞いて驚く伯爵。
「なぜそれを早く言わないのです!」
「申し訳ありません!」
ああ、ダメなやつだこれ。腐りきった貴族の臭いがプンプンする。
「まあ良い。今奴は剣を持っていない。魔法だって詠唱させなければ問題ない」
さてどうしましょう。
片手剣は使いたくない。また殺してしまうかもしれないから。弓でもきついか。一人一人相手をしているうちにリリアが連れていかれる可能性がある。あんな腐り貴族にリリアを渡したくはない。となると魔技か?フォイア系は、焼き殺しかねない。ウィドウ系でも殺すかも。
そんなことを考えているとふと、とある光景が頭に浮かぶ。この世界に来た初日。「イーズ」で一面を凍らせたときのことを。
(「アル・イーズ」をレベル最大で打てば瞬間凍結出来るかもしれない)
「アル・イーズ」冷気の渦を使用者の周囲に発生させる氷系中級魔技である。しかし、失敗すれば凍死させてしまうし、凍らせる方がうまくいったとしても溶かす方で失敗すればまた死ぬ。
「ここで姫様をお連れし、その元凶を捕らえれば私は、くくく、さあ、その罪人を捕らえなさい!」
考えている時間はなかった。兵士たちが距離を詰めてくる。俺は「アル・イーズ」をレベル最大の20で起動する。
強烈な冷気の渦が俺の周りに発生し、兵士たちを瞬時に凍らせていく。渦が消えたころには氷漬けになった兵士たちの姿があった。
「な、なんだ!今の魔法は!」
伯爵の驚いたような声が響く。副官の男はすでに気を失っていた。
「詠唱はなかったぞ、お、おいどうなっている!」
伯爵が助けを求めた男は失神しており、答える者はいない。
「糞が、この役立たずめ!」
俺は武器スロットを操作して片手剣に持ち替える。そして少しずつ伯爵のほうに近づく。
「く、来るな!この私が誰だかわかっているのか!」
俺は黙って近づく。
「私はオグゾル・クラーキス伯爵であるぞ。私に危害を加えようものならお前の一族を断絶させてや」
「俺に家族なんていねーよ」
その言葉にオグゾルはもちろん、リリアも驚いていた。
「俺には、家族も、親戚も、友人もいない」
この世界には。
「そんな俺にあんたは何をしようというんだ?」
そう、俺には何もない。この世界では一人だ。家族も、学校の友人も、チームの仲間も、誰もいない。
「俺があんたに危害を加えたとして、報復の対象は俺だけだ。だが、あんたの力じゃ俺に傷一つ付けられない。皆ああなるからな」
氷漬けの兵士たちを指さす。オグゾルの顔がどんどん青くなっていく。
権力なんて所詮はこんなものだ。失うもののない者、圧倒的武力。そういったものには何の力も発揮しない。
「そ、そうか。お前は犯罪者集団の仲間か。だから家族もいないしその変な力だって」
ひゅん、とオグゾルの横に剣が通り過ぎる。俺は投げた剣を回収し元の位置に立つ。
この男は駄目だ。何を言っても無駄だ。いっそここで殺してしまったほうが。
そう考えたレイハルトは初めて人を殺した時のことを思い出す。駄目だ、殺せない。どうする。
このまま放置しておけば凍っている兵士たちは死ぬだろう。全員溶かして逃げてもその場しのぎだ。
「ひ、姫。こんな危険な男といてはなりません。私と一緒に王城に」
「部下を見殺しにするのか?」
「み、見殺し?何を言う!全員お前が殺したんだろ!」
論より証拠。俺は一人の兵士のところへ行き「フォイア」を起動しようとした。
だが、とある可能性を考えた。これ、状態異常じゃないか?だとしたら「キュアラ」で直せるんじゃないか?
ものは試しと「キュアラ」を最大チャージで発動する。すると凍っていた兵士が元通りになった。
リリアとオグゾルはあんぐりしている。どうやら完全に死んでいると思ったようだ。
「コールドスリープだ。生物を一瞬で内部まで凍らせることで生きたまま生命活動を一時的に止めるものだ」
ゲーム内にもコールドスリープの話はあった。確か元の世界では細胞が死ぬとかで実現不可能だったはずだけど。
俺の説明にはてなマークを浮かべているリリアと、もはや思考停止しているであろうオグゾル。だが、まだ他の兵士が生きていることは理解してもらえたようだ。解凍した兵士は今の現状に驚いてあたふたしている。
「このまま放っておけばあいつらは死ぬ。リリアも渡さない。部下が全滅して手柄なしとか貴族様としてどうなんでしょうね」