エピソード1-11
「ねえ、レイハルト」
木漏れ日の中俺たちは2人、大きな木の根元に座っていた。
「何だ?アリス」
俺は声の方を向く。長い金髪を後ろに流した少女が隣に座っていた。
「遊園地って知ってる?」
「遊園地?」
何だそれはと彼女に聞き返した。
「私も実物を見たことはないんだけど、外の惑星の中には、高速で動く車や、景色を眺めるためのゴンドラとかに乗れる施設があるんだって」
景色を眺めるのは場所によってはよさそうだが、高速で動く車は何のためにあるんだろう。
「景色を眺めるってことは、野外にあるのか」
今現在も娯楽施設はあるがそれは基本的に地下にある。
「野外となるとこの星で作るのは難しいな」
「うん、きっと作ってもすぐに壊れちゃう」
ダークネスとの戦いが過激化している現在ではそのような娯楽施設を野外に作ることは難しいだろう。
「でも、いつかこの戦いが終わったら」
アリスは続きの言葉を紡がなかった。言わなくてもお互い分かっていたからだ。
遠くで鳥のさえずる声が聞こえた。
目を開けたとき、オレンジ色に染まった空が目に入った。
「あ、レイハルト。気が付いたのね」
リリアの声が上の方から聞こえる。
俺はゆっくりと身体を起こす。
「俺は何で」
「まさかあなたが盗賊を、いえ、人を殺すことにそこまで」
リリアが言葉に被せてきた。
(そういえば俺はさっき、盗賊のリーダーを殺して)
「うっ!」
そのことを思い出すとまた吐き気が込み上げてきた。
「レイハルト!大丈夫?」
リリアが背中を撫でてくれる。それのお陰か、もう出すものがないからか、吐くことはなかった。
「ありがとう、リリア。もう大丈夫だ」
「そう、良かったわ。それと、ごめんなさい」
リリアが申し訳なさそうに頭を下げる。お姫様がそんな簡単に頭を下げていいのか?
「ごめんなさいって、何が?」
リリアに謝られることなんてないと思うが。
「その、あなたがあそこまで人を殺すのを嫌っていたなんて思っていなくて、殺してもいいなんて言ったりして」
俺が気を失ったときのことを話しているのだろう。
「嫌っているというかなんというか」
嫌っていないわけじゃない。そもそも日本人で人殺しを好きなやつがいるとは思えない(一部を除いて)。
日本では殺人は悪だ、どんな理由であれ。私利私欲はもちろん、復讐であっても。
正当防衛なら罪には問われないが人を殺した事実は残る。
それによって精神的に病んでしまう人もいる。PTSD(心的外傷ストレス障害)が有名だ。
日本ではアメリカのように銃の所持は認められていないし、戦争も反対派がほとんど。
そんな平和な国で育った生粋の日本人高校生の俺には、どうしようもなかったとはいえ、人殺しは衝撃が大きかった。
「俺の生まれた国では人殺しは絶対の悪だった。人を殺したらどんな理由であれ罪に問われる。そんな国だ」
「そうなの?でもさっきみたいな状況だったら?」
さっきみたいな状況自体まずない。というか盗賊なんていないからな。
「一応裁判にはかけられるけど、どうしようもない状況だと分かれば正当防衛ということで無罪になる。ただ」
「ただ?」
「周りからは人殺しだという目で見られる、と思う」
実際に見たわけではないから本当にそうなるかは分からない。しかし、そうなる可能性はあるはずだ。
「そう、なんだ。盗賊みたいなやつらは魔物と同じだと考えればいいって言おうと思ったけど、レイハルトには無駄みたいね。」
「すまないな、ただ、俺の故郷には『郷に入っては郷に従え』って言葉があるからな。何とかするよ」
「無理はしなくていいのよ」
「ありがとう」
リリアの心配そうな顔に笑顔で答える。
(故郷か)
その言葉が心に残った。俺がこの世界に来たということは、元の世界での自分は死んだのだろう。
どんな死に方をしたのか、家族は無事か、一緒に死んでしまった人はいないか。ふと、そんなことを考えた。
そしてもう一つ。
(さっきの夢)
先ほど見た夢はゲーム内のイベントだった。俺はそれを画面越しに見ていた。そう、画面越しに、である。しかし、先ほどの夢はまるで自分自身が体験したことのように感じた。
(いったい、どうなっているんだ)
自分が一体何者なのか。日本で暮らしていた高校生なのか、PICTのレイハルトなのか。
「どうかした?」
リリアがのぞき込んで聞いてきた。
「少し、懐かしい夢を見てな」
「夢?」
先ほどの夢を見たことが何を表すのか、それは全く分からない。アニメキャラと一緒にいる夢を見たことがあるというのも聞いたことがある。だが、あの夢はリアルすぎた。
(アリス、か)
アリス。彼女は惑星激録のヒロインで、主人公とともに行動することになるキャラクターだ。
ゲームではアリスと主人公の二人を合わせて双極と呼ばれていた。
「あなたは故郷に帰りたいの?」
リリアは俺の「懐かしい夢」という発言と、考え込んでしまったことから故郷を懐かしんでいると勘違いしたようだ。
「どうだろう」
故郷とはどこのことを指すのか、今の俺にはそれさえ分からなくなってきていた。
「そもそも帰り方も分からないし、当分は帰らないかな」
その言葉を聞いたリリアは、輝くような笑顔を向けてきた。
その笑顔は反則ですよ、リリアさん)
そんな顔されたら帰るに帰れなくなる。落ちていく夕日がリリアの笑顔をより際立たせていた。