7.百合
「ここか。
久しぶりだな」
僕は商店街に来ていた。
アーケードに並ぶ、一般的な商店街だ。
春夏と百合は小さい頃からの親友だ。
僕と百合はそこまで一緒にはいなかったけど、春夏は僕といない時は、だいたい百合と一緒だった気がする。
義也に聞いた話だけど、百合は遠くの女子大に通っているそうだ。
サークルとかには入らずに、大学から帰ると実家の古書店でバイトをしているらしい。
いずれはそこを継ぐつもりなのだとか。
日も沈みかけたこのぐらいの時間なら、百合はもうお店にいるはずだ。
春夏から受けたという相談の内容が聞ければいいんだけど。
「いらっしゃいませ~、あ!秋冬じゃない!
久しぶりね!」
「うん、久しぶり」
僕が古書店の扉を開けると、百合がレジから顔を覗かせた。
「あんた、ずいぶんやつれたわね。
……ちゃんと食べてる?」
百合は僕の姿を見るなり心配してくれた。
やっぱり、ずいぶん痩せたようだ。
「……まあ、ね」
「……そう」
僕がそっけなく返すと、百合も黙ってしまった。
「ここ、いっつもお客さんいないけど、経営大丈夫なの?」
僕は気まずくなって、何とか話題をひねり出した。
「失礼ね!
これでも、それなりにお客さん来るのよ!
それに、古書店の収入源は店舗だけじゃないの!
卸しとか仲介とか、いろいろあるんだから!」
「そうなんだ」
百合は怒った雰囲気だったが、やっぱり昔っから、古書店に関してはよく話す。
その変わらない感じに、僕は少し救われる気がした。
「それで?
急にどうしたのよ?
あんた、大学にも行ってないそうじゃない。
大丈夫なの?」
「うん、まあ。
それより、百合に聞きたいことがあるんだけど」
「なによ?」
「春夏からの相談ね」
「うん。春夏から、百合に相談したってことは聞いてたんだけど、内容までは聞いてなくて、ちょっと思い出して気になったからさ」
僕は日記のことは伏せておいた。
やっぱり、信じてもらえるとは思えなかったから。
「…………」
「百合?」
「なんで、春夏が私に相談したことを知ってるのよ」
「え?
そ、それは、春夏から聞いて、」
「嘘よ!
春夏は、秋冬にだけは絶対言わないでって言ってたんだから!」
「え?」
そうなのか?
でも、なんで?
「だから、あんたがそのことを知ってるはずない。
義也にも話してない。
いったい、誰に聞いたのよ!」
百合が僕を睨み付けてくる。
なんて答えたらいいんだろう。
死んだはずの春夏から届いた日記に書いてあった?
そんなこと、信じてもらえるはずないだろ!
「……ごめん、それは言えない。
でも、知りたいんだ。
春夏がいったい、何に悩んでたのか」
結局、うまい言い訳が思い付かなかった。
「……なんで言えないのよ」
百合が憮然とした表情をしている。
当然だ。
自分の手の内は晒さないのに、欲しい情報は寄越せだなんて、都合が良すぎる。
「ごめん。
でも、百合には、いつか話したいとは、思う……」
これが、今の僕に言える精一杯だった。
「…………分かったわ」
百合はしばらく黙ったあと、溜め息を吐いてから了承してくれた。
「春夏はね、誰かに見られてる気がするって言ってたのよ」
「えっ!?」
どういうことだ?
「大学でも、行き帰りの道でも、そのうち、家の中にいても、誰かが自分を見ているような気がして。
でも、振り返ったり探したりしても誰もいなくて。
決定的な証拠もないから誰かに言うことも出来なくて、だいぶ参ってたわ」
「……そんな」
全然、気が付かなかった。
電話で話してる時も、そんな素振りは一切なかったのに。
「あんたには絶対気付かれたくないって言ってたわ。
余計な心配かけたくないって。
あんたのことだから、そんなことを言ったら、大学にも行かずに自分のことを守ろうとするだろうからって」
「そんなの、当たり前だろ!」
春夏が危険な目にあうかもしれないなら、僕はすべてをなげうってでも、春夏を守ろうとする!
「それが、春夏は嫌だったのよ」
「なんでっ!」
「春夏は、あんたにもきちんと大学に行って、勉強して、バイトもして、そんな生活をしてほしかったのよ。
あんたのことが大切だからこそ、あんたのことを縛りすぎるのは嫌だったんだって」
「そんなっ」
僕は、春夏さえいれば、他は何もいらないと思ってた。
でも、春夏は僕のことを思って、自分が悩んでたことも隠してたのか?
そんなのっ!
「そんなの、どう考えても、僕のせいじゃないか……」
「秋冬……」
僕が春夏に依存しすぎたから。
だから春夏は、僕に相談できなかったのか……
僕の、せいで……
「いたっ!」
百合に頭をぶたれた。
「その、自分のせいだって思い悩むのを、春夏は心配したのよ!
あんたは昔っから、いつまでもぐずぐずぐずぐず悩むんだから!」
「……百合」
「まあ、そんなあんたを放っておけない春夏も春夏だけどね。
だから、あんたがあの時、勇気を振り絞って告白してきた時は、けっこうキュンとしたって言ってたわよ!
って、なに言わせんのよ!」
「いてっ!」
僕はまた百合にはたかれた。
痛かったけど、不思議と心は軽くなった気がする。
「……ありがとう、百合」
「ま、分かればいいのよ」
百合は照れくさそうにしていた。
「まあ、私が春夏から相談されたのはそれだけよ。
結局、夜道を1人で歩かないように、とかしかアドバイス出来なかったし、たいして相談にはのれなかったかもね。
私があの時、もうちょっとちゃんと考えていれば、違ったのかな……」
百合は最後には、少し悲しそうな顔をしていた。
「でも、僕に言えなかったことを百合が聞いてくれたんだろ?
だから、ありがとう」
「なに、一丁前に慰めてんのよ!
ちょっと泣きそうだから、さっさと帰りなさいよ!」
そう言われて、僕は店の外に締め出された。
帰り道、僕は百合に言われたことを思い出しながら歩く。
あたりはすっかり夜だ。
秋の夕暮れが終わり、底冷えする冬が近付いてくるのが感じられる。
そろそろ冬服の準備をしないと。
僕は腕をさすりながら夜道を歩いた。
春夏は、誰かに見られていた?
誰に?
家の中にいてもって言うのは、どういうことだろう。
外で常に監視されてて、そんな風に思ってしまったのだろうか。
分からない。
情報が足りない。
家に帰ったら、また日記の続きを読んでみよう。
そんなことを考えながら家路についた僕は気付いていなかった。
百合の家から、ずっと僕のあとをついてきていた人物の存在に。