6.足跡
「……んっ」
気が付いたら朝だった。
どうやら、そのまま泣き疲れて寝てしまったみたいだ。
また、夢に春夏が出てきた。
やっぱりあの湖で、悲しげにこちらを見て微笑む春夏。
何て言ってるのかがどうしても分からない。
でも、何かを僕に伝えようとしているのは分かる。
春夏、何を伝えたいんだ。
教えてくれ。
頼むよ…………
窓から外を見ると、雨がしとしと降っていた。
川沿いに建てられたこのアパートは、窓の下がすぐ川だ。
川の向こう側には普通の住宅街が広がっている。
その川を覗き込むと、雨で少しだけ増水した川が、いつもより駆け足で川下へと走っていた。
いつもはさらさらとキレイな水面に魚が泳いでいたりする川なので、こんな風にかき乱されていると、こちらまで不安な気持ちになってくる。
「さて、と」
僕は春夏の日記の続きを読んでみることにした。
大学なんてもう、興味がない。
それよりも、今はこの日記の方が大事だ。
『9月12日。曇り。
なんだろう。
何かが変だ』
ん?
なんだ?
『でも、何が変なのか分からない。
どうしよう。
秋冬に相談してみようかな。
でも、何なのか分からないし、もうちょっとはっきりしてからにしようかな』
相談?
そんなことされてない。
そういや、このぐらいから春夏から連絡がこなくなったような。
いったい、何が…………
そのあと、僕はバイトに行かなければならなくて、日記の先が気になったけど、しぶしぶ家を出た。
バイトだって、やりたくてやってたわけじゃない。
でも、春夏が仕事はちゃんと責任持ってやるんだよって言ったから、今でもきちんとやってるんだ。
「ありがとうございました~」
バイト先のコンビニで、気のないお礼で見送る。
前は、なんでコンビニ店員は皆あんな言い方なんだろうと思ってたけど、1日に何人も繰り返し繰り返し相手をしていたら、気付いた時には僕もそうなっていた。
オーナーだってそうなんだから、文句を言われる筋合いはない。
「お、やってんなぁ~」
「いらっしゃ……なんだ義也か」
義也が右手をひらひらさせながら入店してきた。
「なんだはないだろー。
売上に貢献してやってるんだから」
実際、義也はこのコンビニでよく買い物をする。
俺がいる時にばかり来てるのかと思ったが、オーナー曰く、ほぼ毎日来ているらしい。
たしかに貴重な常連さんだ。
「お前、いい加減大学来いよ。
教授がカンカンだぞ」
義也がレジに商品をどさどさと置きながら話し掛けてくる。
僕はレジ打ちをしながらそれに返答する。
「大学は、もうどっちでもいいよ。
行く意味もないし」
「お前なぁ。
お前のそんな姿を見て、春夏が喜ぶと思ってんのかぁ」
「……うるさいな」
そんなこと、自分が一番分かってる。
正論すぎて、それに反論できない自分も腹立たしい。
義也は最後におでんを買って、会計を終えた。
結局、義也もおでん好きなんじゃないか。
「あ、義也」
「んー?」
「あ、いや、なんでもない」
「そーかぁ。
んじゃ、早く大学こいよー」
「うん」
義也に春夏の日記のことを相談しようかと思ったけど、何となく言い出せなかった。
死んだはずの春夏から日記が届いたなんて信じてもらえないと思ったし、春夏の日記を他の人に見せたくないっていう気持ちもあった。
「ふぅ」
バイトを終えて家に着くと、部屋はすでに真っ暗だった。
家の電気をつけて、カーテンを閉める。
テーブルの上には、春夏の日記が開かれたままだった。
僕は上着を脱ぎながら、横目で日記を見やる。
「ん?」
日記のページがめくられていた。
あれ?たしか、9月12日のページじゃなかったっけ?
日記は次のページになっていた。
「何かの拍子でめくれたのかな?」
僕はそのまま床に腰を下ろして、日記を読むことにした。
『9月13日。晴れ。
…………怖い。
でも、確かめなきゃ』
えっ!?
ど、どういうことだ?
『まずは何から調べよう。
誰から聞けば……
そう思って、私は商店街に向かった。
親友の百合なら、きっと相談にのってくれる。
秋冬にはまだ言えない。
余計な心配かけたくない』
春夏は、何かを怖がってたのか?
何を?
百合に、相談したのか?
たしか、百合の家は商店街の古書店だったっけ。