53.目が覚めて、そして……
「……うっ、ん?」
「秋冬!」
「……百合?」
目が覚めると、目の前に涙でぐしゃぐしゃになった百合の顔があった。
「僕は……あ、あれ?」
起き上がろうと思ったけど、なんだか体に力が入らない。
それに、腕に点滴かなんかのチューブが通ってる。
「あ、無理に起きないで。
あなた、3日も寝てたんだから」
「3日も?」
どうやらここは病院みたいだ。
百合がナースコールを押している。
僕が目を覚ましたから看護士さんを呼んでいるみたいだ。
そういえばと頭に手をやると、包帯がぐるぐる巻きにしてあった。
どうやら、僕は無事に生き延びたらしい。
「……百合。
あれから、どうなったの?」
「……」
聞きたいことはいろいろあった。
でも、まず一番に確認しなきゃいけないことは、
「……義也は?」
「……」
百合は黙ったまま首を横に振った。
「……そっか」
それだけで分かった。
義也は、自分で自分の幕引きをしたんだ。
それから、百合にその後のことを聞いた。
百合たちが湖にたどり着くと、僕が頭から血を流して倒れていたこと。
血のついた金属バットが側に落ちていたこと。
翌日、湖から義也の遺体が見つかったこと。
その捜索の途中で、崖から春夏の携帯が見つかったこと。
そして、春夏の実家に置いてあったはずの春夏の日記がなくなっていたこと。
誰かが持ち去った可能性もあるけど、僕は何となく、日記は役目を終えたんだなと思った。
春夏の家での話や、車内での話も聞いた。
佐々木さんやお手伝いさんが囮だったことには驚いた。
教授たちが義也を見つけたらどうしようとしてたのか、それは少し怖かったけど、でもきっと、悪いようにはしなかったんじゃないかなと思う。
もしかしたら、僕がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
「でね。
その見つかった春夏の携帯なんだけど」
「うん」
看護士さんと先生がやって来て、ひとしきり診てもらった。
またあとで詳しく調べるけど、とりあえず問題ないみたいだ。
他の皆には百合に連絡してもらって、それぞれ病院に向かってるらしい。
めちゃくちゃ怒られるから覚悟しておけ、とのことらしい。
実際、かなり無茶したから仕方ないな。
今はまた百合と2人になって、話の続きをしている。
「雨で濡れてたからけっこう駄目になってるデータも多かったんだけど、事件後の通話記録を復元したら、義也の犯行の自供が留守電に残ってたんだって……」
「……え?」
「事件後にちょいちょい春夏の携帯に電話してたみたいで。
そこで、自分の犯行の行動記録とか、動機とか、自分が犯人であることを全部そこに残してたの」
「……そうなんだ」
義也は自分が犯人じゃないと証明するために春夏の携帯を探していると言った。
もしも自分が最初に春夏の携帯を見付けられれば、それを処分し、義也は自分が犯人だという証拠を隠滅する。
でも、もし、もしも自分以外の誰かがそれを見付けていたら……。
「……義也は、もしかしたら誰かに捕まえて欲しかったのかもね。
ううん、きっと、秋冬に捕まえて欲しかったのかも……」
「……僕に?」
そっか。
百合はもう、義也の動機を知ってるのか。
「……うん。
だって、春夏の携帯がどこかにあるとしたら、可能性が高いのは秋冬のとこだもん。
実家にあるとしたら真っ先に警察に調査されてるだろうから、そうじゃないなら秋冬のところかもしれないって考えたのかも……」
「……そっか」
春夏の転落の時になんで春夏の携帯が見つからなかったんだろうと思ったけど、もしかしたら春夏がこの日まで残しておいたのかもしれないな。
それにしても、義也はいったいどんな気持ちで春夏の携帯にメッセージを録音していたのだろう。
自分の好きな相手の彼女。
自分が手にかけた人。
その人の携帯に、義也はいったいどんな想いで……。
「……なんか、皆がちょっとずつすれ違っちゃったのかもしれないね」
「……」
百合の言った言葉が深く胸に入ってくる。
もし。
もしも、あとほんのちょっとだけでも何かが違ってたら、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか。
それが何かは分からないけど、皆のいろんな気持ちが、いろんな想いがそれぞれに重なって、すれ違って、こんなことが起きてしまったんだと思う。
でも実際は、もし何かが違っていても、やっぱり衝突はしていたんだと思う。
もしかしたら絶交とかしてたかも。
……それでも良かった。
それでも、生きてさえいてくれたら。
春夏も、義也も……。
……でも、もう起きてしまったことを後からとやかく言っても仕方ない。
そんな風にまたうじうじ悩んでたら、また春夏に怒られてしまう。
日記を送り付けてまで僕に事件を追わせたのは、きっと事件を解明してほしかったんじゃなくて、僕にさっさと立ち直って欲しかったからなんだと思う。
なんで、そう思うのか。
そんなの、春夏がそういう人だからに決まってる。
春夏なら、そんなのいいから笑いなよ、とか言いそうだ。
「……ふふ」
そう思うと、なんだかおかしく思えた。
「なに笑ってるのよ、気持ち悪いわね」
「ごめんごめん」
そう言う百合も笑ってる。
笑顔は人を笑顔にする。
春夏がその身をもって実践していたことだ。
僕も、そう在りたい。
これからは、春夏の分まで僕が笑顔を振り撒こう。
「……あの、さ。
秋冬……」
「ん?」
「義也から、その、全部、聞いたのよね」
「え、と?」
「だから、その、私の、気持ちとか……」
「あ……うん」
「え……と。
あの、えっとね……」