50.みんなの気持ち
「あ~、意味分かんなかったか?
まあ、そうだよな。
というか、べつに理解されようとは思ってないんだ。
俺が秋冬にそういう感情を抱いてるなんて」
義也はいつも通りの会話をしているかのようにリラックスした様子で話す。
……そういう感情っていうのは、やっぱりそういうことなのか。
僕が春夏に抱くようなものと同じものを、義也は僕に……?
「ホントならよ。
この気持ちは俺が墓場まで持っていって、このまま秋冬の一番の親友っていうポジションで事なきを得ようとしていたわけよ」
……でも、なんで?
だって義也は百合と……。
「……でもよ、いざ秋冬が他の誰かのもんになったらよ。
やっぱり許せなかったんだな。
今までそこは俺の場所だったのに、なんで俺じゃない誰かがそこにいんだって思ったら、俺は自然とそいつを排除する計画を立ててた」
……そんな。
だから、僕のせいで春夏は……。
でも、義也は僕と春夏が付き合えるように一芝居打ってまで動いてくれたのに。
「……ああ、おまえがいま考えてることは分かるよ。
俺は百合と付き合ってたし、おまえと春夏をくっつけたのも俺だって言いたいんだろ?」
……その、通りだ。
「まあ、ようは、そこまで含めて一芝居だったわけだ」
「……は?」
「ここまで来たら言っちまうが、百合もホントはおまえのことが好きだったんだよ。
ま、現在進行形だろうがな」
「……え?」
百合も?
え?
どういう……。
「けど、あいつは良い子ちゃんでな。
秋冬が幸せになるならそれでいいって身を引こうとしてたんだ。
肝心の秋冬は春夏に夢中で、周りのヤツが自分をどう思ってるかなんて考えてもいなかったみたいだしな。
ま、同じ想いを寄せる身としては、百合の気持ちは丸分かりだったけどな」
……ぜんぜん気が付かなかった。
まさか、自分のことをそんなふうに思ってくれる人がいるなんて思ったこともなかった。
「でもな、そこで1つ問題が起きた。
同じ想いを寄せる身としてって言っただろ。
つまり、春夏も百合の気持ちに気付いちまったんだな」
「!」
「んでよ、春夏は良いヤツだし鈍感だから、秋冬が自分のことを好きだなんて露ほども思わず、百合に秋冬を譲って自分は身を引こうとしたわけよ。
ったく、どいつもこいつも良い子ちゃんで困るよな」
「……」
義也は苦々しげに笑っているようだった。
「んでも、百合は秋冬が春夏のことを好きなのは分かってたから、何とかして2人をくっつけてあげたいと考えたわけだ。
自分の親友の春夏なら、秋冬のことを任せられると思ったみたいだな。
まあ、つまり、このままいけば誰も幸せになれないバッドエンドまっしぐらってわけだ」
義也の話は、僕に次々と衝撃を与えてくる。
頭の痛みとは違う衝撃が僕の頭に鳴り響く。
だからなのか、湖は明るく照らされているはずなのに周りが真っ暗に感じる。
まるで僕と義也にだけスポットライトが当たり、劇場の舞台で義也がセリフを読み上げているみたいだ。
そんな非現実的な感覚に襲われて、あるいはそう思いたくて、それに身を任せたくて、僕はそんな感覚を自分に味わわせているのかもしれない。
「でよ、百合のそんな健気でひたむきな思いに気付いて、俺もそうしてみようと思ったわけよ。
おまえと春夏がくっつけば、もしかしたら俺がおまえに抱いていた気持ちはあっけなく消え去って、ただの勘違いだったって俺に気付かせてくれるんじゃねえか、なんて、淡い期待を抱いたわけ。
で、百合に持ちかけたわけだ。
『おまえの秋冬への想いには気付いてる。
でも、おまえは秋冬を春夏に譲って身を引くつもりだろ?
けどな、春夏はおまえに秋冬を譲って身を引こうとしてるぞ。
それは嫌だろ?
だから、ちょっと一芝居打って、あいつらをくっつけてやろうぜ』
ってな。
俺と付き合ってることにするってのには難色を示してたけど、そうしないと春夏が納得しないって言ったら、しぶしぶオッケーしたよ」
義也が苦笑しながら話す。
義也の話を聞きたくないと思っている反面、しっかりと叩き込まなきゃと頭はフル稼働している気がする。
心は嫌がりながらも、頭では分かってるんだ。
この、犯人の自供を聞き逃してはいけない、と。
「んでな。
おまえはまんまと俺たちの策略にはまって春夏に大告白したわけだ。
んで、事前に俺と百合が付き合ってることを春夏には伝えてあったから、春夏はなんの憂いもなくおまえの一世一代の告白を受けたわけ。
春夏のやつ、俺と百合のことを伝えた時はすげえ驚いてたよ。
でも、その反面ほっとしてただろうな。
『なんだ、自分の勘違いだったのか』
ってな。
俺たちがどんな気持ちでそれを伝えたかも知らずにな」
「……っ」
最後の言葉に、なんだか義也の本心が垣間見れた気がした。
その声に、少しの怒気が滲んでいたからかもしれない。
「ちょっとは感謝してほしいぜ。
おまえと春夏は俺たちのサポートがなきゃ結ばれなかったんだからな」
「……」
「ま、それがなきゃ、春夏のやつも死んだりしなかったんだけどな」
「……っ!」
そんな……軽々しくそんなことを言うなよ!
「お?
なんだ、怒ったのか?
おまえにも怒りの感情ってもんがあったんだな。
素直で真面目でまっすぐで。
人を疑うことを知らなくて。
そんなおまえが危なっかしくて、でもほっとけなくて。
……そんで、すごく、まぶしくて……」
「……」
……それは、僕が春夏に抱いていたものと同じだった。
春夏は僕にとって、太陽だった。
まぶしくて、あったかくて、それがないと生きていけないと思えるような。
でも、あんまり人を疑ったりしないから、僕は気が気じゃなかった。
それに、見ていてあげないと、なんだか目の前から消えてしまいそうな、そんな感じもあった。
それがまさか、本当に消えてしまうだなんて……。
「……ははっ。
お互い、感傷に浸っちまったな。
ま、そんなわけで、おまえたちのハッピーカップルの誕生を見届けて、俺と百合は別れたことにして、元に戻ったわけだ。
百合のやつはわりかしフッ切れたみたいで、そのままのルートで行くことに満足してたみたいだぞ。
ま、春夏がいなくなって、ワンチャンとか思ったかもしれないけどな。
あ、ちなみに、百合は俺の気持ちには気付いてなかったぞ。
単純におまえたちをくっつけようとしてるバカな友達だとでも思ってたんだろうな」
そこまで言って、義也は急に声のトーンを落とした。
「……でもな、俺はダメだったよ。
おまえたちの楽しそうな顔を見て、楽しそうな話を聞いて、幸せそうな姿を見たら、もう、何もかもがダメになった」
声に、暗い影が落ちていく。
「……そしたらよ、さすがに露骨に出しすぎたのか、春夏が気付いちまったんだよ。
俺の秋冬への想いに」
悲しみと憎しみが同居した声。
視界が不明瞭な分、意識が集中した僕の耳はそんな感情をその声から感じとっていた。
「……そしたらよー。
なんかよくわかんねえけど、あ、殺さなきゃって思っちまったんだよなぁ」
……なんで、なんでそこまで……。
「ん~、ちょっと伝わりにくいか」
義也は僕が考えていることが分かったのか、少し考えてから、再び口を開いた。
「……そうだな。
おまえの大好きな大好きな春夏ちゃんがなんだかよく分からない知らない男と付き合うことになって、今までおまえに向けてくれてた太陽みたいに輝く笑顔をそいつにしか見せなくなって、なんでだ、今までそこは自分の居場所だったのに……って思ってたら、その男がおまえの春夏への気持ちに気付いて、あげく同情して、このまま春夏と付き合ってていいのかな、なんてアホみたいなことを言い出したとしたら、おまえならどうする?」
「……」
それなら、けっこう分かる。
分かる気がする。
バカにすんな!
春夏が選んだのはおまえだぞ!
って叫びたくなる。
それで殺したくなるとかは行きすぎだけど、相手に対して嫌な感情を抱く気持ちは……分かる。
「……わかる、気がする」
僕は、正直に思ったことを言った。
なんとなく、見せかけの言葉で取り繕うのはダメな気がしたから。
「……そうか」
義也がどんな表情をしているか分からなかったけど、そのあと小さく、
「…… 」
と言ったのがかろうじて聞こえた。
そして…………。