49.語る義也が紡ぐ言の葉
頭が熱い。
殴られたのだと自覚した瞬間、カッと頭に痛みが走る。
体全体が熱い。
地面に触れている部分だけが冬の寒さを感じる。
でも、今はそれがひんやりと心地よくさえ感じてしまえるぐらいに体全体が熱かった。
特に殴られた部分がじんじんと熱い。
痛いというよりは熱かった。
地面にうつ伏せで倒れ、横を向いた頬に砂がつく。
地面につけた耳から、ドクンドクンと心臓の早鐘の音が轟く。
「……あ……え?」
なんで自分が殴られたのか。
一瞬、そんなことを考えたけど、そんなの分かってる。
義也を追い詰めたからだ。
そしてそれは、義也が犯人だからだ。
義也は僕に追い詰められて、そして……。
「……はぁ。
秋冬よぉ。
なんだっておまえはこんなことをしちまったんだ。
一応、聞いておくが、優香を呼び出したってのは嘘なんだよな?」
「……っ」
声がうまく出せない。
流れた血が目に流れてきて、視界もぼんやりとしている。
いや、ぼんやりしているのは殴られたからか?
……ダメだ。
なんだか考えがまとまらない。
「……まあ、そうだよな。
じゃなきゃ、この場に優香がいないのはおかしいし、明かり云々の話で俺の嘘を暴こうとする意味がないもんな」
義也は僕の沈黙をイエスと受け取ったようだ。
たしかにその通りだから問題はないけど。
「いっつも俺にウザいぐらいにまとわりついてた警察の連中が、今日に限ってはいなかったのもおまえか?」
「ち……が……」
たぶん、皆で集まって話し合いをするからってことで、今日はお休みにしてたんだ。
「ん?
違うのか。
まあ、秋冬たちが警察と繋がりがあるとは思えないからな。
大方、春夏の父親か教授の差し金だろ。
まあ、たまに優香がちょろちょろ動いてるのは気付いてたからな。
春夏の父親の方だろ」
佐々木さんのことも気付いてたのか。
それに、警察に尾行されてたことも。
すべて承知の上で、義也は今まで動いてたんだ。
「ああ、そういや、なんだっけか。
携帯か。
なんで春夏の携帯を探してたのか、だったな」
義也は思い出したように話を切り換え、金属バットをずるずると引きずりながら、僕の顔の方に近付いてきた。
そして、そのまま僕の顔を覗き込むように、スッとしゃがみこむ。
僕の方からは、ぼんやりと義也の体の輪郭が見えるぐらいだ。
でも、義也が淡々と話しているおかげで、少しだけ痛みが落ち着いてきた。
まだ熱は感じるけど、どちらかというと少し寒いかもしれない。
「……俺はよ。
半年ぐらいかけて計画を練ってたんだ。
だから、証拠なんて残してない。
俺だってそのぐらい考えられんだよ」
……半年も。
そんなに前から、春夏のことを……。
「だけどよ。
事件の日の前日に春夏に電話した時に、ちょっとカッとなっちまってよ。
思わず、
『絶対湖に来いよ!』
って言っちまったんだよ。
それまで場所や時間なんかの指定は直接会ってる時にしかしてなかったのによ。
もしもその会話を録音されてたら。
もしくは、通話記録を調べられたら。
そう思ったら気が気でなくってな。
春夏をここから突き落としてから何度も電話をかけながら探してるんだが、いっこうに見つからねえんだよ」
突き落とす。
その言葉が、僕の胸にグサリと突き刺さる。
本当に義也が春夏をここから落としたんだと、いまはっきりと聞いた。
知ってしまった……。
「ま、つまり、その携帯を見つけて適当にぶっ壊して捨てちまえば、俺が犯人だって分かる証拠はなくなるわけだ。
な?
俺が犯人じゃないってことを証明する、立派な証拠だろ?」
「……っ!」
なにをふざけたことを!
表情まではよく分からないけど、何となく、義也が薄く笑っている気がする。
……ダメだ。
落ち着こう。
ただでさえ血を失ってるんだ。
頭に血がのぼれば冷静さを失ってしまう。
油断すれば気を失ってしまいそうだ。
まだだ。
まだダメだ。
僕にはまだ、聞かなきゃいけないことがある……。
「……んで」
「あん?」
「なん、で……るか、を……した」
痛みと薄らぐ意識で言葉がうまく紡げない。
「あ~、なんで春夏を殺したかって?」
それでも、僕の聞きたいことは伝わったようだ。
「そりゃ、秋冬。
おまえのせいだよ」
「……え?」
僕の?
僕のせいで、春夏は死んだ?
「理由か。
一言で言っちまえば、そうだな。
『自分の愛する人を取られたら、殺したいほど憎くなった』
だな」
「……え?」
僕には、義也が何を言っているのか理解できなかった。