48.父親の思い
「……由恵さん」
「はい?」
私はお手伝いの由恵さんが運転する車の後部座席に座り、隣に座る妻を気遣っていた。
そして、おもむろに今は運転手である由恵さんに声をかける。
「すまなかったね。
囮として動くようなことをさせてしまって」
私は由恵さんにしっかりと頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないことでございます。
犯人を警察とともに捕らえ、きちんと法の名の下に裁く。
そのために協力してほしいという旦那様のお言葉、私は正直嬉しかったのです」
「……嬉しかった?」
「……もしかしたら、あの教授たちのような方法を、旦那様も望まれるのではないかと、思ったもので」
「……そうか」
私的な復讐。
春夏の大学の先輩と教授が事件のことを調べていることを知った時、その動きに、そんなことを感じた。
警察に気取られないように動こうとしている節があったからだ。
彼らはもしや、自分たちで犯人を捕らえ、自分たちで始末をつけようとしているのではないかと。
正直、それを羨ましいと思う自分もいた。
もし、妻の腹の中に新たな命がいなければ、自分も同じ道を選んでいたかもしれない。
だが、自分にはまだ守らなければならない命がある。
妻もまた、その命を懸命に守ろうとしている。
それならば、私は正しく生きよう。
犯人に、きちんと法の裁きを受けさせよう。
それに何より、春夏がそんなバカなマネをするようなことを望まないだろうから。
そう決めたのだ。
そこからは教授たちとの化かし合いとなった。
警察から事件関係者のアリバイを聞き、佐々木優香と須藤義也の2人にまで絞った。
佐々木優香は教授のゼミの生徒だ。
私よりも教授の方が彼女に近付くのは早いだろう。
もしも彼女が犯人だった場合、先を越される可能性が高い。
そこで私はミスリードを用意した。
由恵さんに怪しい行動を取ってもらうようにしたのだ。
幸いなことに、由恵さんのアリバイは無理やりな解釈をすれば何とかなる類いのものだった。
それで無事に、互いに決め手を探る状況に持ち込んだんだが。
「……まさか、こんなことになるなんて、な」
「ん?
どうしたの、あなた?」
「ああ、いや」
妻が心配そうな顔をしている。
あまり負担をかけたくはない。
ただでさえ、まだ春夏のことから立ち直っていないのだ。
まあ、一朝一夕に立ち直れるようなものでもない。
実際、私だって今でも気を抜けば沈み込んでしまいそうになる。
とはいえ、これで事件が解決すれば、きっかけにはなるんじゃないかとも思う。
だからこそ、これ以上誰かが傷付くようなことは避けたい。
……しかし、須藤義也か。
春夏と秋冬君の友人だということは聞いていたが、彼はなかなか頭の回る人間のようだ。
警察や教授たちの尾行をうまいことかわしながら、怪しい動きを決して見せなかった。
頻繁に電話をかけていたとの報告もあったが、いったい誰にかけていたのか。
結局、先ほどの教授との話でお互いのダミーの犯人を明かし、結果として彼が犯人と分かったわけだが、肝心の証拠がまったく出てきていない。
監視カメラに映っていた車も県外のどこかのレンタカーのようだし、当然、現場付近のすべての場所に指紋も残ってない。
おそらく、すべて完全に計画された上での実行だったんだろう。
彼は、こうなることまで考えていたのか?
そして、なぜ彼は、そんなにまで春夏のことを……。
知りたい。
せめて、春夏がなぜ湖から落とされなければならなかったのか。
それだけでも知っておきたい。
でないと、春夏も浮かばれないだろう。
……などと、私が思いたいだけなのかもしれないな。
実際は、私自身が勝手に納得したいだけなのかもしれない。
それでも構わない。
もうこれ以上、妻が悲しまないように。
これで、事件を終わらせたい。
「旦那様。
そろそろ着きますよ」
「……ああ」