47.明かり
「そういえば、義也は湖に行ったことなかったんだっけ?」
「ん?
ああ、そうだな。
車で小一時間とはいえ、遠出ってほどではないし、気軽に行けるってほどでもない場所だから、なかなか足が向かなくてよ。
とはいえ、わりと近所っちゃ近所だし、観光スポットらしいけど、湖がどんなもんかも知らねえや」
義也はそう言って左手で鼻をこすりながら、へへと笑ってみせた。
右手には金属バットが、月明かりに照らされて鈍色に輝いている。
「そっか。
たしかにそうかもね」
僕たちは湖への道を歩いていた。
真っ暗な夜道を月明かりだけが照らす。
湖は真っ暗な中、真ん丸の月が湖に浮かんで見えるため、神秘的なパワースポットとして人気を博していた。
「……そういえば、義也は湖に行ったことなかったのに、湖とか展望台とかが真っ暗なのは知ってるんだね」
「え?
あ、ああ。
それは、春夏のことがあってから、少し湖について調べてみたんだよ。
そんで、ホームページ?に真っ暗な湖に浮かぶ月が名物だって書いてあってよ」
「……そうなんだ。
ん?
あ、階段だ」
そして、僕たちは湖が見渡せる展望台への階段にたどり着いた。
真っ暗だから、目の前に来るまでそこに階段があることにも気が付かなかった。
「ほら!
義也!
早く!」
僕はパタパタと階段を駆け上がっていく。
「お、おい!
危ねえぞ!
上は崖だし真っ暗なんだ!
落ちたら大変だぞ!」
義也が慌てて僕のあとを追う。
「……」
先に展望台に着いた僕に少し遅れて義也も階段を上り終える。
「なっ……!」
その展望台には煌々と明かりが焚かれ、湖も大きなLEDライトによってまばゆく照らされていた。
「……これのどこが真っ暗なんだろうね」
「……な、なんだよ、これ」
義也はひどく戸惑った顔をしている。
「ホームページは春夏を呼び出すための口実に使おうとでも思って見たのかな?
願掛けのパワースポットととしても有名だったもんね。
誰かに監視されていると思っている春夏にトラブル解決をお願いしに行こうとでも言ったのかな?
でもね、今はその謳い文句は削除されてるんだよ」
「……は?」
「春夏のことがあって、やっぱり明かりの1つもないっていうのは危険だからってことで、事件後に展望台と湖を照らすためのライトが設置されたんだ。
この湖の売りだからって反対意見も多かったんだけど、この事業を推進したのは春夏のお父さんなんだ。
被害者の父親に、娘のような犠牲者をこれ以上出さないために、なんて言われたら、誰も文句は言えなくなるよね?
それに、設置にかかった費用も春夏のお父さんがほとんど寄付したらしい」
「……」
「……義也。
ここには来たことないし、春夏のことがあるまでこの湖について調べたりもしてないんだよね?
それなのに、どうしてここが真っ暗だって知ってたの?
春夏の事件より前に、ううん。
春夏の事件の時までにここに来たことがないと分からないはずなのに」
「……」
義也は俯いていて、その表情を窺い知ることは出来ない。
「……義也。
義也は春夏の携帯を探してるって言ってたけど、それはなんで?
なんでそれが、義也が犯人じゃないって証明になるの?」
「……」
「義也!」
「…………あ~あ、」
ガッ!
「え? ……ぅあっ!」
痛っ!
え?
頭、いたっ。
え?
殴られた?
僕は頭に強い衝撃を感じ、混乱のまま地面に倒れ伏した。
「だから言ったんだよ。
事件を追うのはやめろって。
俺は言ったぜ?
このままこの事件を追えば、おまえが危ない目に遭うって」