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46.車内会話

「……んでぇ~?

お二人はいつから付き合ってたんですかぁ~?」


「え、えと、あの、その、私がこのゼミに来て、人見知りでそんなに話せなかった私に優しく声をかけてくれて~」


「……俺も自分から声をかけられるタイプじゃないからな。

おんなじようなのがいて、先輩として、その、な」


「あっそ~」


 高梨教授の車の中。

 まず始まったのが優香と兼次さんののろけ話。

 普段ならものすごい気になるけど、今はそんなんどうでもいいのよね。


「……正直、なんで優香が兼次さんを選んだのか謎なのよね」


 優香は女の私から見ても可愛いし家庭的だし。

 他にも良い男はいたと思うんだけど。


「賢二君は優しいんだよ。

とっつきにくいだけで、ホントはとっても温かくて思いやりのある人なの」


「……優香」


 あー、はいはい。


「……それに、私は先物買いが得意なのよ」


「へ?」


 その時の優香はなんだか大人の女の顔をしてた。


「はいはい。

場の空気を和らげたい気持ちも分かりますが、その話はその辺にして。

本題に入りましょう」


 教授はそう言って話を打ち切ると、前を見ながらすらすらと話し始めた。

 私の狙いはバレバレだったみたいだ。


 これから教授が話すことは答え合わせみたいなものだ。

 気を取り直してちゃんと聞かなきゃ。


「……そもそも、私と橘さんは互いに自分で犯人を見つけたかったのです。

だから、相手に先に見つけられないようにミスリードを置いた。

まさかお互いにそうしているとは思わずにね」


「……それが、優香とお手伝いさんってこと?」


 私が尋ねると、教授は軽くアゴを引いた。

 肯定のつもりなんだろう。


「そんなことにこだわらずに初めから力を合わせていれば、秋冬(あきと)君がこんなことをすることもなかったのに……」


 教授はハンドルを握る手にぎゅっと力を込めていた。

 前を向いているから表情は窺えないけど、きっと悔やんでいるんだろう。


「つまり、教授たちは初めから義也とお手伝いさんの2人を疑ってたってこと?」


「そうですね。

で、橘さんの方は須藤義也と佐々木さんを疑っていた」


 で、お互いに優香とお手伝いさんがダミーだってことは知らなかったわけか。


「ん?

でも、優香とお手伝いさんはアリバイがはっきりしてなかったのよね?

それなのに、教授は優香に協力を仰いだの?」


 もしかしたら優香が犯人かもしれなかったのに。


「それは順番が違いますね。

佐々木さんは犯人ではないから、私は兼次君を通して彼女に協力を要請したんです」


 ん?

 どういうこと?


「そもそも、彼女にはちゃんとアリバイがあったんですよ。

あの日の電話の相手も忘れてなんかいません。

相手は兼次君ですから」


「え!?」


 私が兼次さんの方を見ると、彼もそれに同意するようにこくりと頷いていた。


「まあ、家族や恋人などの証言はアリバイにならないと言いますが、通信記録も残っていますし、発信場所は彼女の家なので、立派なアリバイと言えるでしょう」


「待ってよ!

だって、アリバイがないって言ったのは教授でしょっ!?」


「あれは嘘です」


「なっ!」


 こいつ!

 いけしゃあしゃあと!


「そもそも君たちには橘さんの父親のことを調べるように動いてもらいたかった。

その結果として、お手伝いさんがどう動くのかを見たかったので。

ですが、あの時に須藤義也と橘さんの父親だけを犯人候補に挙げると、あなた方が橘さんの父親が犯人ではないことが分かると、残るのは須藤義也だけになってしまう。

それでは困るので、もう1人違う犯人候補を仕立てる必要があった。

そこで、すでにダミーとして動いてもらっていた佐々木さんの名前も挙げたわけです。

我々が佐々木さんを疑っていることがあなた方経由で橘さんの父親に伝われば、ダミーとしての信憑性も上がるでしょうからね」


「……じゃあ、結局は教授と春夏のお父さんが余計なことをしたせいで事件が複雑になっちゃったのね」


「……まあ、そうですね」


 教授は痛いところを突かれたと苦笑している。


「なんだ。

私はてっきりすんごいトリックとかヤバい陰謀が渦巻いてるのかと思ったわ」


「そんなものはないですよ。

しょせんは事件の加害者も被害者も、そして捜査する者もただの人間です。

そこにあるのはそれぞれのエゴにまみれたただの思惑だけです……」


 ……この人は、いったいどこまで考え、どこまで計画しているんだろう。

 正直、ちょっと怖い。

 なんだか、すべてがこの人の手のひらの上のような気がしてくる。


「……でも、春夏のお父さんも優香にはアリバイがないって言ってた。

警察と繋がりのある春夏のお父さんには、その嘘は通じないんじゃないの?」


 私は何となくこの空気が嫌になって、さっきの話に戻した。


 警察と直接情報のやり取りをしてる春夏のお父さんに事件関係者の嘘のアリバイの情報を与えるなんて不可能だ。


「それは、本当に偶然だったんですけどね。

私が情報をもらっていた高柳という警部と、橘さんの父親がやり取りしていた小林という警部補は上司と部下の関係にあったのです。

なので、ある程度の事情を話して、佐々木さんにも明確なアリバイがないっていう捜査情報を橘さんの父親に伝えさせるのは、そう難しくなかったんですよ。

実際、佐々木さんのアリバイはギリギリでしたし。

警部はだいぶ渋ってましたが彼には借りがあったので、我々の調査状況を適宜報告するという条件のもと、うまいことやってくれました」


「……悪い人ですね」


「……よく言われます」


 教授はくっくっと苦笑いしてみせた。


 この人は、なぜそうまでして自分で犯人を捕まえたかったのだろう。


「……教授は、なんでそこまで春夏のために動いてるんですか?」


「……動く?」


「だってそうでしょう?

春夏は言ってしまえばただの生徒。

それなのに、こんなグレーな行動をしてまで犯人を追ったりして」


 兼次さんは事故で亡くなってしまった妹と春夏を重ねていたと言っていたけど。


「……」


 教授は車を運転しながら黙ってしまった。

 話すつもりはないのだろうか。


「……俺と同じだ」


「え?」


 そして、沈黙を破るように兼次さんが口を開く。

 教授ははぁとため息をついていたが、話すのを止めるつもりはないようだった。


「教授は、亡くなった娘さんと春夏を重ねていたんだ。教授はある事件で奥さんと娘さんをなくしていてな。

奇しくも、娘さんの名前も(はるか)だったんだ」


「……そう、だったんですね」


 それで、春夏を殺した犯人を見つけようと。


「……私は妻と娘を守れなかった。

そして、再び悲劇は起きてしまった。

だから今度は……今度こそは犯人を……」


「……」


 正直、言葉が見つからなかった。

 亡くなった娘と同じ名前で不思議な縁を感じていた春夏も亡くなった。

 それはたしかに、無我夢中で犯人を追うには十分な理由に思えた。


 そして……、


「……犯人を自分たちで捕まえて、いったいどうするつもりだったんですか?」


「……」


「……」


 教授は、私のその質問には答えなかった。

 助手席に座っている兼次さんも同様で、2人とも、ただまっすぐに前を向いていた。

 隣に座る優香はただ悲しそうに俯いていて、私はなんだか、前の2人が急に得体の知れない何かに思えて怖くなったような気がした。


「さあ、そろそろ着きますよ」


 でも、教授のその言葉で意識を切り換えた。

 結局、そのもしもは起こらなかったんだから。

 今は目の前の事態に目を向けなきゃ。


 それに、私もまた自分の思惑を黙っていた人間の1人なんだから……。



「……秋冬、無事でいて」



 私はそれから現場に到着するまで、ただひたすらにそれだけを祈り続けた。




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