45.物語は加速する
僕たちは湖への道のりを歩いている。
距離的にはそんなに遠くないけど、道が暗いからあまり早く歩くことが出来なくて時間がかかる。
左右に林をたたえた歩道は舗装されておらず、その砂利道がいっそう歩みを慎重にさせる。
闇に向かって闇の中を進むような感覚に、自然と体が縮こまる。
昼間は太陽の光を一身に受け、木漏れ日で彩られるこの道も、夜はまったく違う姿を見せてくる。
この闇の先に、光が差すことはあるのだろうか。
「さっむ!
上着持ってくりゃ良かったなぁ。
車だからって油断した~」
義也が左手で右腕をさすりながらぼやいている。
薄手のパーカーだけだから当然だろう。
僕はコートに、一応マフラーも巻いてきた。
「秋冬っ!
てめっ!
1人だけぬくぬくしやがって!
せめてマフラー寄越せ!」
「うわっ!
やめろよ!」
義也がふざけて僕のマフラーを奪いにかかる。
そんなことをして笑いながら進んでいると、夜の闇の怖さなんて気にならなくなる。
「……それにしても、そんなもん持ってきてたんだ」
「ん?
ああ、これか」
義也が右手に持つバットを掲げる。
金属製のバットだ。
義也は中学まで野球をやってたから、家から持ってきたんだろう。
「護身用だよ。
何があるかわかんねえんだ。
秋冬のことも守ってやんなきゃだろ?」
「……そうだね。
ありがとう」
僕がうつむきながら呟くと義也は、いいってことよ!とニカッと笑ってみせた。
「……けど、いいのか?
今ならまだ間に合うぞ?
このまま行けば、秋冬は危ない目に遭う。
ホントに、その覚悟はあるのか?」
「……もちろん」
「……そうか」
インターフォンが鳴る。
「……誰だ?
こんな時間に」
春夏のお父さんが眉間にシワを寄せる。
もう夜だし当然だろう。
お手伝いさんが応対する。
秋冬が来たのかな?
あいつ、連絡も寄越さないで、ちょっと文句言ってやらなきゃな。
「……え!?
あ、どうぞ。
玄関までおいでください。
いまお迎えに上がります」
お手伝いさんが門を解錠し、玄関まで迎えに行く。
なんか驚いてたけど、なんなんだろう。
「こんばんは~。
あ、もう皆さんいらっしゃってたんですね。
お早いですね」
「なっ!」
「優香!
おまえ!」
「え?」
リビングに姿を現したのは優香だった。
そっか。
優香も呼んでたんだ。
でも、それにしてはずいぶん来るのが遅かったような。
それに、教授と兼次さんが驚いてる。
春夏のお父さんもびっくりしてるような気がするな。
優香が来るのは予想外だったのかな?
「なぜあなたがここに来ているんですか!?
秋冬君はっ!?」
教授が責め立てるように優香にまくし立てる。
なんでここで秋冬が出てくるんだろう。
「え?
教授が仰ったんじゃないですか?
秋冬君もここに来るから、今日は尾行しなくていいって。
それで、この時間に集合することになったって教授から伝えるように頼まれたって、秋冬君が……。
あれ?
そういえば、秋冬君はまだ来てないんですか?」
優香がキョロキョロと周りを見回す。
けど、そこに優香が探してる秋冬はいない。
「……くそっ!」
兼次さんが焦ったようにテーブルをダン!と叩く。
「……どういうこと?」
「……今は説明は後です。
それよりも、今は秋冬君を探さないと」
「……百合さん。
須藤義也に連絡は取れますか?」
「え?
あ、はい」
春夏のお父さんに言われ、私は携帯を取り出す。
義也の番号に電話をかけるが、留守電になっていた。
「……ダメですね。
留守電になっちゃいます」
「……これは、だいぶマズいですね」
教授は青い顔でアゴに手を当てて考え込んでしまった。
「とにかく!
今は秋冬君を探しましょう!
誰か、心当たりは!?」
春夏のお父さんが焦った様子で皆の顔をぐるりと見回す。
心当たりって言われても……。
……あ。
「……日記」
「え?」
「春夏が、あの湖って言ってたじゃない!
秋冬はきっと、あの湖に行ってるのよ!」
教授と春夏のお父さんが考えてる。
当然だ。
亡くなったはずの春夏の日記に書き込まれた言葉。
そんな非科学的なものを信じていいのかどうか。
私だって、自分で言ってても信じられない。
でも、私たちは実際に見たんだ。
春夏の日記に、春夏の文字が書かれる瞬間を。
「……他に、頼る手段はないですね」
「ええ。
今は、それにすがるしかないでしょう」
どうやら、2人の結論は同じだったみたいだ。
「由恵さん!
車を回してください!」
「は、はい!」
「あなた!
私も行くわ!」
「おまえは駄目だ!
休んでいなさい!」
春夏のお母さんが立ち上がったけど、おじさんはそれを許さなかった。
「いや!
絶対に行きます!
ここで1人で待っている方がストレスで体に悪いわ!」
でも、春夏のお母さんも一歩も引かなかった。
「……っ。
分かった。
上着を取ってくる。
だから、車が来るまでは座ってなさい」
「はい!」
結局は春夏のお父さんが折れて、クローゼットに2人分の上着を取りに行った。
「私も車を!
4人乗れるので、百合さんは私の方に!」
「待って!
ちょっと説明してよ!
え?
もしかして、義也が!?」
「説明は車で!
今は急ぎます!
もしもし!
高柳警部!
緊急事態です!
至急、例の湖に人員を……!」
教授はそれだけ言うと、警察の人に電話しながらバタバタとリビングから飛び出していった。
「……あの、ごめんね。
賢二君。
なんか、私失敗したみたいだね」
優香がしゅんとした表情で兼次さんに謝ってる。
ていうか、兼次さんって賢二って言うんだ。
なんかもう、絶対そういう関係じゃん。
「……気にするな。
優香のせいじゃない」
兼次さんはそれだけ言って、優香の頭にポンと手を置いた。