42.そして、今日が来た
「ったく、秋冬のやつ。
こんな大事なもの私に渡して、どういうつもりなのかしら」
季節はもう冬。
11月に入って、また寒くなった気がする。
今からこんなに寒かったら年末年始はどうなるのよ、なんて、結局毎年言っている気がする。
私はカバンに入れた春夏の日記を、カバンの上から憎々しげに触る。
これは秋冬が持ってなきゃダメなのに、どうして私のとこにあるのよ。
そんな、どこにぶつけているのか分からないイライラがつのる。
そんな大事なものを私に託してくれたことに嬉しさを感じていないわけがない。
でもそれ以上に、そんな安易に人に託していいものじゃないだろ!という秋冬に対する怒りもある。
でも、なんでそんなに怒りを感じるのか。
結局は、自分でもこのイライラの正体が分かっていない。
「あ!
あの人は……」
春夏の実家に着くと、メガネの少し太めの男性が中を窺っていた。
「……端から見たら、完全に不審者ね」
私は呆れながらその男性に声をかける。
「兼次さん。
何してんですか」
「ん?
ああ」
私が声をかけると、兼次さんは心なしかほっとしたような顔を見せた。
いつも仏頂面だけど、その時は少しだけ幼く見えた。
「いや、教授と一緒に呼ばれたから来たんだが、俺は橘の家に来たことがなかったからな。
まさかこんなに立派な家だとは思わず、どう入ったものかと思って」
「あー……」
たしかに、初見でこの豪邸?はビビるわよね。
秋冬と家の前で待ち合わせてたけど、先に入ってるか。
「それなら私と入りましょう」
「ホントか!
助かる!」
私が提案すると、兼次さんはパッと顔をほころばせた。
私はそれにクスクス笑いながらインターフォンを押した。
「おじゃましまーす」
私と兼次さんがお手伝いさんの案内でリビングに入ると、部屋にはすでに教授の姿があった。
春夏のお父さんとお母さんもソファーに並んで腰掛けている。
春夏のお母さんはお腹が冷えないように毛布をかけていた。
「よく来たね。
2人とも、そこに座って」
私たちが来ると、春夏のお父さんはさっと立ち上がってソファーへと導いてくれた。
お手伝いさんはキッチンに私たちの飲み物を作りに行く。
「いま、高梨教授とも少し話していたんだが、改めて話そう……ん?
そういえば、秋冬君は一緒じゃないのか?」
「あ、そうですね。
一応、家の前で待ち合わせてたんですけど、先に入っちゃいました。
もう時間ですし、連絡してみましょう」
いつもは時間にはちゃんと来るやつなんだけど、ちょっと様子が変だったし、なんか心配だな。
私は携帯を取り出して秋冬に電話をかける。
「…………ダメですね。
留守電になっちゃいます」
……なんだろう。
なんだか、嫌な予感がする。
「……教授」
「なんですか?」
兼次さんが携帯を持ちながら呟いた。
「優香とも連絡がつかなくて。
昨日の夕方までは返信もあったんですが、それから電話も留守電で」
「……ふむ」
優香も?
なんかあったのかな?
ん?
ていうか、兼次さんって優香のこと『優香』って呼んでんの?
「……ふむ。
まあいいでしょう。
彼らにはあとで話すとして、先に話を始めましょう」
「……そうですねぇ」
春夏のお父さんは一旦話を打ち切って本題に入ろうとしていた。
春夏のお母さんを気遣う視線に気付いた教授もそれに同意したので、とりあえず話に入ることになった。
私はなんだか先送りにしてはいけないような気がしたけど、その場の流れに乗らざるを得なかった。
私はそれを、あとで後悔することになる。
「悪いね、義也。
車出してもらっちゃって」
「いや、別にいいけどよ」
僕は義也の運転する車の助手席に乗っていた。
義也の叔父さんがもう使わないからってくれたらしい。
型は古いけど使いやすいから気に入ってると、前に義也が話していた。
「それより、なんで今さらあの湖に行こうなんて言い出したんだ?」
義也が露骨に嫌そうな顔をしてる。
春夏のことがあってから、皆あの湖の話自体を避けていた。
義也自身もそうだろうし、きっと、僕が嫌な気持ちにならないようにと慮ってのことだろう。
「……うん、そのことなんだけど……」
「……なんだよ」
「……犯人が分かったんだ」
「はぁっ!?
ホントかよ!」
「……うん」
そう。
僕はあの湖で決着をつけようと思ったんだ。
教授たちが動いてしまう前に。
春夏の最期の場所である、あの湖で。
「それで?
犯人は誰なんだよ?」
義也も気になってるみたいだ。
それはそうだよね。
僕のことを止めるとも言ってたけど、気にならないわけがない。
僕が、誰を犯人だと思ってるか。
「……じつは、昨日電話で呼び出したんだ。
佐々木さんを、あの湖に」
「は?
優香、なのか?」
「……」
話すのがしんどい。
気が引ける。
それでも、それでも僕は前に進まなきゃ。
この事件だけは、僕の手で幕を引きたいんだ。
……だから。