41.明日
そのあと、僕は何とかバイトに行った。
店長に元気ないねと心配されたけど、なんて返したかは分からない。
それよりも、これからどう動くかってことをずっと考えてたから。
本当は思いっきり感傷に浸りたかった。
大声で泣き叫びたかった。
でも、その前に僕にはやるべきことがあった。
だから、考えることをやめなかった。
考えることで、涙が流れるのを止めていたのかもしれない。
「やっ。
お疲れ様」
「……百合?」
バイトを終えてお店を出ると、百合が待っていた。
そして、午前中の百合の話を聞いた。
春夏のお父さんに話を聞きに行った時にお手伝いさんが怪しかったこと。
それで、お手伝いさんを尾行してたこと。
そこに高梨教授が現れて、さらにお手伝いさんに見つかったこと。
「……なんか、大変だったんだね」
「そうなのよ!」
百合が両手を広げて大げさにリアクションする。
百合の明るさには救われる。
春夏も、そうだったんだろうな。
「それでね、お手伝いさんが教授にこう言ったの。
『旦那様から伝言を預かってます。
ーーーあなたが言うように、くだらない駆け引きや探り合いはやめにして、お互い膝を付き合わせて話しましょう。
材料は揃いつつあります。
このままでは危険かもしれませんーーー
とのことです。
明日、橘家で旦那様と奥様と、もちろん私も同席し、お待ちしております。
どうぞ、皆様でお越しください』
って。
あ、秋冬には私が伝えるって言っといたわ」
「……そうなんだ」
それはどういうことなんだろう。
でも、なんとなく、僕の考えが合っているような気がする。
だから、春夏のお父さんは皆を集めて話をしようとしてるんだ。
たぶん、事件は思ってるよりシンプルなんだ。
春夏のお父さんと教授。
そして、僕と百合。
皆が皆それぞれに犯人を追ってたから、ややこしいことになっちゃってただけなんだ。
……明日、きっとすべてが明らかになるだろう。
それなら僕は……。
僕が取るべき行動は……。
「……百合」
「ん?」
「……これを」
僕は肌身離さず持っていた春夏の日記を百合に渡した。
「ちょ、ちょっと、どういうこと!?」
百合はすごく驚いた顔をしてる。
当たり前だろう。
これは春夏の形見で、僕にとったら春夏そのものみたいなものだ。
それを渡したのだ。
託したのだ。
百合なら、信頼できるから。
「……日記、更新されてる」
「えっ!?」
「明日、皆のいる所で見てほしい。
僕じゃ決心がつかないかもしれないから、百合がここだと思うタイミングで出してほしい」
百合には申し訳ないと思うけど、安心して頼めるのは百合だけだ。
「……わかったわ」
百合はいろいろ言いたいこともあっただろうに、僕の意を汲んで、黙って受け取ってくれた。
「……ありがとう」
そして、その場で百合と別れた。
明日、春夏の家に集合しようと約束して。
「……ごめんね、百合。
約束、守れそうにないや……」
僕はポケットから携帯を取り出す。
指定の番号にかけると、数回の呼び出し音のあと、
「はい」
と声が聞こえる。
「あ、もしもし。
秋冬だけど。
佐々木さん、ちょっとお願いがあって……」
木枯らしが吹く。
冬の足音。
今年の冬は寒くなりそうだ。
そんな予感を感じさせる11月。
なんのイベントもない11月。
僕の人生における大事な局面が明日、訪れようとしている。