39.気付く
『9月○日曇り』
新しいページに書かれた春夏の文字。
日付の部分がかすれてて読み取れない。
『……なんて書こう。
何を書こうかな。
とりあえず状況を書こう。
私は今夜、あの湖に行く。
話があるんだって。
見当はついてる。
きっと、私はあそこで……。
でも、行かなくちゃ。
話をしなくちゃ。
このままにはしておけない。
私は、
私は秋冬を……。
……ダメだ。
長くなっちゃいそう。
次のページに書こう。
秋冬への言葉を。
秋冬への想いを。
ここに紡ごう』
春夏……。
春夏はいったい誰に呼ばれたんだ?
でも、まったく知らない人じゃないみたいだ。
少なくとも、春夏をあの湖に呼び出せるぐらいに気心の知れた人。
春夏はわりと誰とでも仲良くなれたから見当はつかない。
でも、車で移動してたみたいだから、さすがに2人で車に乗るほどの仲となると、けっこう相手は限られてくる気がする。
教授や兼次さんはどうだろうか。
義也と百合が車の免許を持ってるのは知ってる。
春夏の家のお手伝いさんも車を使ってた。
佐々木さんは、どうなんだろう。
あんまりイメージはないけど、あとで聞いてみようかな。
僕は日記の文字にそっと触れる。
何となく、春夏の温かさを感じる気がする。
一緒にいると、ほっとするような。
それでいて、こちらの心をパッと明るくしてくれるような、そんな春の温かさと夏の晴れやかさを持っていた春夏。
「……ホントに、僕にはもったいない人だったよ」
……だった、か。
僕は次のページをめくる前に、今までのページを振り返った。
僕が追った春夏の軌跡が綴られている。
ページを見返しながら、皆との会話を思い返していく。
「……ん?」
そういえばと、ふと思い出す。
皆の知っていた情報、皆が話したことをひとつひとつ整理していく。
「……そういえば、なんであのことを?」
なんで知っていたんだろう。
知らないはずなのに。
だって、自分で言ったんだから。
「……」
いや、まさかね。
そんなはずはない。
「……」
と、思いたいだけなのかもしれない。
「……」
時計を見ると、バイトの時間が迫ってきていた。
僕はいったん考えを置いておいて、春夏の日記の、文字が書かれている最後のページを読むことにした。
それは、こんな書き出しから始まっていた。
『秋冬へ……』
「ん!
んーん!」
百合は突然口をふさいできた手を必死で振り払おうとした。
だが、その手にはさらに力が込められ、その何者かが耳元に顔を寄せてきた。
「邪魔になるので、その下手くそな尾行はやめてください」
「……へ?」
百合は冷静になって、後ろを振り返ってみる。
そこには、呆れた顔の高梨教授の姿があった。
百合が教授の姿を認めたことで、教授は百合の口から手を離した。
「た、高梨教授!?」
「しー」
「あ、すみません」
教授に注意され、百合は慌てて口をつぐむ。
「……どうしてここに?」
百合は声のトーンを落として教授に尋ねる。
「あなたと一緒ですよ。
私もお手伝いさんのあとをつけていたんです」
「な、なんで?
あなたたちは春夏のお父さんと優香と義也が怪しいって……」
「私がそうやって言えば、あなたたちは橘さんの父親に話を聞きに行くでしょう?
それを受けて、そのあとお手伝いさんがどう動くかを見たかったのですよ」
教授が細いフレームのメガネをくいっと上げる。
「だ、騙したのね!」
「だしに使ったのですよ」
「一緒じゃない!」
「静かに」
「……むぅ」
百合は再び教授に注意され、むくれながらも押し黙った。
「……しかし、彼女もなかなか動きを見せません。
ですが、あの警戒の仕方、完全に尾行を……」
「どうしたのよ?」
教授が途中で言葉を止めたので、百合は不審に思って振り向いた。
「……あ」
そこには、笑顔のお手伝いさんがすぐそばに立っていた。