37.義也の探し物
翌日、僕は義也と会うことになった。
あのあと、義也からメールの返信が来て、明日の午前中なら空いてるって言われたからだ。
僕は午後からバイトだったから、ちょうど良かった。
「秋冬、来たぞ」
場所はいつも通り僕の家だ。
義也はいつも通り、おでんの入ったコンビニの袋を提げていた。
「急に呼んじゃって悪いね」
「いや、そろそろそんな気はしてたからな」
義也はそんなことを言いながら部屋に上がってくる。
いつもみたいにおでんをレンジで温める。
「あー、寒い寒い。
もう完全に冬だな」
義也は身を縮こませながらこたつに入って、はぁとため息をひとつ吐く。
「はい、出来たよ」
「おー!
これこれ、俺玉子な」
温め終わったおでんをテーブルに置くと、義也はさっさと玉子に箸を突っ込んで、あちちと言いながらかじっていく。
「……あのさ、話っていうのは」
「百合から昨日のこと聞いたんだろ?」
僕が話し始めようとしたら、義也が玉子を攻略しながら言ってきた。
「……うん」
僕は頷く。
昨日、家に着いて、義也からのメールを確認していたら、百合から電話があった。
そこで百合から、百合の家に義也が来ていたことと、その話の内容を聞いた。
「んで、今日は事故当時の俺のアリバイについての話をしようとしてるってとこか?」
どうやら、全部お見通しみたいだ。
「……そうなんだけど、その前に聞いておきたいんだ。
百合に言った、義也が犯人じゃないと証明するためのものって何なの?」
百合から話を聞いて、一番気になったのはそこだ。
そして、義也がそれがあることを知っているのはなぜなのか。
探さなければ見つからないようなものなのか。
「う~ん。
そうだな~」
義也は次に大根に手を伸ばしながら考えるような素振りを見せた。
「まず始めに言っておくと、俺の当日のアリバイはないぞ。
警察にもさんざん話したけど、家でメシを食ったあとは自分の部屋でだらだらしてたからな。
翌朝まで家族とも会ってないし、抜け出そうと思えばいつでも出来た」
大根にすーっと箸が入る。
売れずに長い間つゆに浸かっていた大根はすでにくたくたになっていた。
まもなく廃棄になる予定だったものだ。
義也は、それが旨いんだよと言って、よく好んで廃棄になるギリギリのものを選んでいた。
僕も取り皿にいくつかおでんの具を取り、まずはつゆを飲もうと器を持ち上げ、ふーふーと冷ましてから口をつける。
「……でも、そのアリバイを証明するためのものがあるんでしょ?」
そのために、義也はいろいろ探っていたみたいだし。
「まーなー。
あ、そうだ。
これ、渡しとくわ。
何度も悪かったな」
「え?
なにこれ?」
義也がポケットから取り出したものをテーブルに置く。
「おまえん家の合鍵」
「えっ!?」
僕は飲みかけていたつゆを吹き出しかけた。
なんで義也が僕の家の合鍵を持ってるんだ?
「前におまえがトイレに行ってる時に拝借してな。
夜までやってるとこで合鍵作って、おまえが寝た頃にオリジナルを戻したんだ」
「な、なんで、そんなこと……」
というか、それがすでに犯罪なんじゃ……。
「俺はてっきりおまえが持ってるもんだと思ってたんだけどな。
昨日、違うってことが分かったから、もう必要なくなったんだよ」
そっか。
義也は、僕が鍵付きの引き出しに隠しておいた春夏の日記が、義也の探してる何かだと思ってたって、百合が電話で言ってたな。
「……こんなことまでして、義也はいったい何を探してるんだよ!」
僕は口をつけかけた器を置いて、合鍵をつかんだ。
「……携帯だよ」
「携帯?」
義也は変わらず、もぐもぐとおでんを食べ進める。
「あの夜、俺は春夏と電話してたんだ。
内容はたいしたことじゃない。
春夏に借りたCDをいつ返すか、とかって話だった」
「え?
春夏と話してたの?」
義也は淡々と話していく。
「ああ。
最初はそれがアリバイになるかと思って、警察にも話したんだけど、春夏の携帯は見つかってないらしいんだ」
「通話記録とかってこと?
でもそれなら、義也の携帯でもいいんじゃ」
「……それが、俺、そのあと携帯を壊しちまって、警察からアリバイ?的なのを聞かれる前に携帯を買い換えちまってたんだよ。
電話会社の方で通信記録とか見れないのかって警察に聞いたんだけど、すでにその番号は他の人が使ってて、開示請求が通らなかったとか言われて。
それで、春夏の携帯の方からなら俺への通信記録を調べてもらえるかもしれないと思って、春夏の番号に電話かけたりしながら、いろんな所を探して回ってたんだ。
まあ、さすがに充電も切れたのか、途中からは着信音も流れなくなったけど」
「そうだったんだ。
というか、なんでそんなタイミングで携帯壊すんだよ!」
「ホントな」
義也が苦笑いをしながら立ち上がる。
自分の分は食べ終わったらしく、取り皿をシンクに置きに行った。
「……春夏が身を投げたって聞いて、携帯を落としてな。
運悪く階段の途中だったから、一番下まで落ちて、粉々だったんだよ」
「……そっか」
義也も、やっぱりショックだったんだよね。
義也はシンクに手をついたまま、置いた取り皿を見つめている。
僕からは、曲がった義也の背中しか見えない。
その時の気持ちを思い出しているのか、心なしか悲しそうに見えた。
「あそこは夜だと真っ暗だから。
初めは足を滑らせたんだと思ってたんだ。
あの明るい性格の春夏が身投げするなんて思えなかったからな。
でも、やたら当日のアリバイを聞いてくる警察を不審に思って、事件を調べた。
春夏の実家の、お手伝いさんの旦那さん。
その人が事件の目撃者だって話は聞いてるだろ?
俺はその人の所に行って、それとなく事件のことを知っている風を装って聞いてみたんだ。
そしたら、誰かに突き落とされたって……」
義也が悔しそうにシンクに置いた手をギリッと握る。
そして、すぐにその手の力をふっと抜いた。
まるで、僕にその怒りの感情を感じさせないようにするかのように。
「……ま、それで、このままだとアリバイがない俺が疑われかねないと思って、春夏の携帯を探してたってこと。
おまえたちが事件を追って、しかもあんまり関係なさそうな場所にも足を運んでたから、何か春夏の手掛かりになるものを手に入れたんだと踏んで、もしかしたらと思ったんだけど、ただの日記だったわけだ」
義也は僕に背を向けたままで、はははと乾いた笑い声をあげた。
「あと行ってないのは、あの湖ぐらいだな。
俺はあそこに行ったことないから、ルートを調べたりしないといけないし、大学もある。
車じゃないと行きにくいから、来週あたりにでも行こうと思うけど、そこになければ、絶望的だな」
義也は再び俯いて、悲しそうに笑う。
「……ごめん、義也」
「あん?」
突然、謝った僕に、義也が振り返って首をかしげる。
「僕、義也のことを疑ってたんだ。
でも、信じたくなくて、義也にちゃんと話を聞きたかった。
合鍵とか作って部屋に入ってたのには驚いたけど、義也も自分が疑われないように必死だったんだって分かったよ」
「ああ、それは悪かったよ」
義也が頭に手を当てて苦笑いを浮かべる。
「だから、僕も春夏の携帯探しを手伝うよ!
皆にも話して、協力してもらおう!
高梨教授とか、春夏のお父さんとか、話せば、皆きっと協力してくれるよ!」
「それはダメだ!」
「……え?」
僕の提案を義也はすぐに否定した。
なんだか、とても怖い顔をしている。
「……俺は、おまえ以外のやつを信用してない。
犯人は誰か分かってないんだろ?
このことを公にすれば、犯人は春夏の携帯を処分しようと動くはずだ。
万が一にも自分に繋がる可能性があって、しかも、それがないことで犯人に仕立て上げられる人物がいる。
犯人からしたら、これ以上ない材料だ。
だから俺は、誰よりも先に春夏の携帯を見つけなければならない」
「で、でも」
「それに……」
義也に否定されて焦る僕に、義也がさらに言葉を続ける。
「おまえがそれを探してるとなると、おまえにも危険が迫るかもしれない。
おまえはきっと、犯人からしたら的外れな所を探ってたから、今まで大目に見られていたんだ。
そうでなくなった時、どうなるか分からない。
俺は、おまえに危険な目に遭ってほしくない。
だから、俺は今後も1人で動く」
「そんな……」
目を見れば分かる。
義也の決意は固い。
義也は本当に僕のことを心配して言ってくれているのだ。
「……話はここまでだな。
俺はもう行くぞ」
そして、義也はさっさと玄関に向かっていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
僕の制止に構わず、義也は玄関のドアを開ける。
「あ、そうだ。
俺の周りをうろちょろしてるの、あれ、教授とか春夏の父親とかの使いっぱしりだろ?
ウザいしバレバレだからやめろって伝えといてくれよ」
そう言って少しだけ振り向いた義也は、悲しそうな顔をしていた。
「……じゃあな」
「……」
そのままドアを閉めて出ていった義也に、僕はなんて返せばいいか分からなかった。
「……ぬるっ」
しばらくして箸を入れたぐずぐずの大根は、もうだいぶぬるくなっていた。
「……バン!」
帰り道。
道に止まっていた覆面パトカーに向かって、銃の形にした指で撃つマネをした義也の表情を、車の中の警官が窺い知ることは出来なかった。
「……」
そして、その一部始終を誰にも気付かれずに見ていた佐々木優香は、しばらくしてから、そっとポケットから携帯を取り出した。




