36.百合と義也の攻防
「……秋冬が隠しているもの?」
義也の問いに、百合は首をかしげる。
「……とぼけんなよ。
あいつは、おまえになら話しているはずだ」
義也は百合の様子をじっと見ている。
その一挙手一投足を逃すまいとするかのように。
百合はそれに気付いて、露骨に嫌な顔をする。
「べつにとぼけてないわよ。
ホントに心当たりがないだけ」
「ふ~ん」
百合は、本当に義也がなんのことを言っているのか分かっていなかった。
百合からしたら、秋冬が持つ春夏の日記の存在は教授たちにも知れているため、秋冬が隠しているという認識がなかったからだ。
義也もそれを感じ取り、思案する。
そして、百合のその認識は義也が質問を変えることで改まることになる。
「なら、こう言い換えよう。
秋冬が春夏から託されたもの。
そうだな。
たとえば、春夏の死後、春夏から秋冬に渡されたものはないか?」
「……」
沈黙。
その一瞬の沈黙はイエスと同義だと、百合はすぐに気付いたが、義也はそれを見逃してはくれなかった。
そして、百合も義也がそれに気付いたことに気が付く。
「……あんたなの?」
「あん?」
「あんたが、秋冬に春夏の日記を送ったのね」
「……ふーん」
「どうなのよ!」
とぼけたような表情の義也に、百合が食って掛かる。
取り乱した方が、冷静になれない方が舌戦では勝てないと知りながら、百合は先手を取られたことに動揺して焦っていた。
何か、せめて何かひとつでも情報を得ないと。
その焦りは、百合から情報をどんどん引き出していく。
「なるほど。
日記か。
日記ね。
なんで、教授やら高校の担任やらの所に行くのかと思ってたが、春夏が取った行動をなぞったってところか。
秋冬らしいな」
「……え?
あ、あんた。
日記を秋冬に送ったのは、あんたじゃないの?」
「ふむふむ。
日記は秋冬に郵送で送られてきた、と。
そうなると、やっぱり春夏の死後に送られてきたんだな。
その感じだと、送ってきた奴も分かってないのか。
適当な住所だったんだろうな」
「……」
百合は自分が話すことからどんどん推理されていき、とうとう押し黙ってしまった。
「……まあいいや。
俺が探してるものじゃなかったし。
出来れば、秋冬を守るためにも日記とやらは処分しておきたかったが、その様子じゃ、きっと肌身離さず持ってんだろ、あいつ」
義也は話さなくなった百合にため息をついて、出口に向かった。
「ま、待って!」
「んー?」
そのまま帰ろうとする義也を百合か呼び止める。
「あんたの目的はなんなの!?
あんたが、春夏を、殺したの!?」
それは駆け引きも何もあったものじゃない。
百合が何とか絞り出した言葉だった。
「ははっ!
俺が犯人?
きっと、警察も教授もそう思って、俺の周りをちょろちょろしてんだろ?
あれ、バレてないつもりなのかね?」
義也は笑いながらも、どこかもの悲しそうな顔をした。
「……俺の目的は2つ。
第一に秋冬を守ること。
このままあいつが犯人を探そうとすれば危険だから。
そして、もうひとつは俺が犯人じゃないと証明するためのものだ」
「え?
ど、どういうこと?」
百合は突然の告白に頭が追い付いていなかった。
「俺は秋冬がそれを持っているんだと思ってたが、当てが外れた。
まあ、日記なら、そこまで犯人に迫れはしないだろう。
あいつ、そこまで頭良くないし。
まあ、俺も人のことは言えないけどな」
義也はそう言って、はははと渇いた笑いをこぼす。
「待ってよ!
あんたが犯人じゃないなら協力してよ!
秋冬を守りたいなら、犯人を捕まえちゃえばいいじゃん!」
百合は混乱する頭で、何とか話をまとめようとしていた。
「……そこが俺たちの認識の違いだ。
おまえたちは犯人を探して捕まえようとすることで秋冬を守ろうとしてる。
俺はそれを止めることで秋冬を守ろうとしてる。
その認識の違いがある限り、俺たちの線が交わることはねーよ」
義也はそう言うと、がらがらと古書店の扉を開ける。
「……俺たち、結局いつもこうやってケンカばっかだったな」
義也が背を向けたまま呟く。
「……義也」
「……じゃーな」
義也はそれだけ言って、古書店の扉を閉めた。
「……バカ」
百合はしばらくそのまま、その場に立ち尽くしていた。