35.佐々木優香の話
「おまたせ!
百合!
秋冬君っ!」
佐々木さんがバイトを終わらせて、着替えてから席につく。
僕たちは佐々木さんのバイト先でお昼を食べ終えて、食後のコーヒーと紅茶を飲みながら、これまでの情報の整理をしているところだった。
僕に突然届いた、春夏の日記。
そこには、僕が春夏と連絡が取れにくくなってからのことが書かれていた。
そこに書かれた内容に沿って、僕は百合や、春夏の大学のゼミの教授、春夏が亡くなってから行けなかった春夏の実家で、春夏のお母さんやお手伝いさんに話を聞いた。
そこで、春夏が自殺ではなく、誰かに殺された他殺だと知ったんだ。
そのあと、ゼミ生の兼次さんや春夏のお父さんにも話を聞いた。
教授は春夏のお父さんと佐々木さん、そして義也が犯人候補だと言った。
でも、春夏のお父さんは警察と協力して犯人を探してたし、アリバイもあった。
春夏のお父さんは犯人じゃないみたいだったけど、彼はお手伝いさんのことも疑っていた。
つまり、現時点での犯人候補と言われているのは3人。
佐々木さん。
お手伝いさん。
そして、義也だ。
3人ともとても良い人だし、そんなことをするなんて信じられない。
だから、これは彼らを疑うためじゃなく、彼らを信じるために話を聞くんだと、僕は自分に言い聞かせた。
百合には、そのことは言ってない。
なんだか、甘い考えだと言われそうだし、そのせいで百合が勝手に動いて、何か危ない目に遭っても嫌だから。
もし、何か危ない目に遭うなら、それは僕でいい……。
「……秋冬君?
どうしたの?
ぼーっとして」
「あっ!
ごめん、なんでもない」
なんてことを考えていたら、佐々木さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「もう!
しっかりしてよね!」
「ごめんて」
百合に怒られてしまった。
いけない。
今は佐々木さんの話に集中しないと。
「え、と、それで、佐々木さんは事件当日にしてた電話の相手を本当に思い出せないの?」
僕は先ほど聞いたことを確認のためにもう一度尋ねた。
「あ、うん。
その日はちょっと体調が良くなくて、薬も飲んでたからすごく眠くて、それで電話しながら寝ちゃってたみたいで、朝起きたら誰と話してたのか忘れちゃってたんだよね」
「う~ん。
携帯の履歴とかは?」
百合が腕を組んで難しい顔をしてる。
「それが、履歴が残ってなくて。
警察の方でも調べたみたいなんだけど、通話記録はたしかにあったけど非通知だったみたいで」
「え?
非通知で電話してたの?」
普通、そんなことするかな?
「あ、えと!
私が、その、非通知でかかってきた電話に出て、それでその人と話して」
「……知り合いが、非通知で電話してきたってこと?
なに?
酔っ払ってたの?
その人」
百合はもう呆れたような顔をしてた。
「そ、そうかも。
あのあと、知り合いに電話したか聞いてみたけど、誰もしてないって言うし、きっと、相手も酔っ払ってたのかも……」
佐々木さんは自信がないのか、どんどん声が小さくなっていった。
きっと、警察でもさんざん聞かれたんだろう。
「まあ、覚えてないのは仕方ないわね。
ちなみに、優香が春夏のことを知ったのはいつ?」
「え、と、次の日に、高梨教授からの連絡で。
お通夜とかあるから予定を空けておくようにって言われて……。
たぶん、他のゼミ生もそうだと思う」
「……そっか」
「ね、ねえ?」
「ん?」
佐々木さんが青い顔でこちらを見てきた。
「なんで、今になってあの日のことを聞いてるの?
私以外の人にも、そういう風に聞いたりしてるの?」
あ、そっか。
佐々木さんは春夏が他殺の可能性があることを知らないのか。
「あ、えっと、春夏が……むぐ?」
僕が春夏のことを話そうとしたら、百合に口をふさがれた。
「たいしたことじゃないわ。
当時の皆の様子を聞いて、春夏に教えてあげようと思って。
皆は元気だよ。
ゆっくり休んでねって言ってあげようと思ってね」
なんだか分からないけど、百合は佐々木さんにアリバイを調べに来たことを言いたくないみたいだ。
でも百合、それはだいぶ苦しい言い訳だよ。
受け取り方によっては、春夏が苦しんでる時におまえらはのんきに過ごしてたんだなって嫌味を言いに来たようにも聞こえるし。
「……そう。
そう、だね。
ゆっくり休んで、ほしいね」
悲しげにうつむく佐々木さん。
どうやら、百合がでっち上げた理由に納得してくれたみたいだ。
「あのっ!
秋冬君っ!」
「ん?」
佐々木さんが突然、顔を上げた。
なんだか必死な表情に見えた。
「あ、えっと、ううん。
ごめん、なんでもない」
佐々木さんはそう言うと、しばらく黙ってしまった。
「聞きたかったことはそれぐらいかな?」
そのあと、僕たちはいくつかの質問をして、あとは大学での近況なんかを互いに話した。
「……そうね、そんなとこかな」
「もう暗くなってきちゃったね。
ごめんね、バイト終わりで疲れてるのに」
外を見ると、日が差している部分がだいぶ減り、徐々に影がその支配領域を広げてきていた。
「ううん、大丈夫。
2人とも、思ったより元気そうで良かった。
春夏ちゃんのことがあってから、あんまり話すこともなかったから心配してたんだ」
そう言われ、百合と2人で顔を見合わせる。
やっぱり心配をかけていたんだなとは思うけど、それなりに普通にしていたつもりだった。
それに、僕は元気になっているのだろうか。
春夏の死を悼むだけの僕ではなくなって、春夏を殺した犯人を探すという目的を持った僕になったことで。
だとしたら、それはなんて皮肉なんだろう。
そんなことで元気になったと思われる自分にも嫌気が差す。
百合も同じことを思ったのだろう。
僕たちは顔を見合わせ、困ったように笑った。
その後、僕たちは佐々木さんと別れ、帰路に着いた。
「佐々木さんの話、どう思う?」
帰り道、百合を送りながら先ほどの話を振り返る。
「どうもこうも、覚えてないし記録もないじゃ話にならないわよ」
「そうだよね」
百合が呆れたようにため息を吐く。
「ま、アリバイは不確かってところね」
「そうだね、あとは、義也か。
どうする?
返信はまだないけど、義也なら今からでも話せるんじゃない?」
僕が尋ねると、百合が両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん!
今日はママが仕事で遅くなるから、パパが店番してる間に家事しないといけなくて!」
百合の所は共働きだから、百合も家事をしたり店番をしたりして手伝っているらしい。
「そっか。
じゃあ、明日にしよっか。
明日までには返信も来るだろうし」
「うん!
ありがと!」
そう言って手を振る百合に手を振り返し、僕は自分の家に帰った。
「……寒いな」
その夜は、冬の訪れを感じさせるのに十分な寒さだった。
「ただいま~」
「よっ。
おかえり」
「……義也」
百合が古書店の扉を開くと、そこには本をパラパラめくる義也がいた。
「……パパは?」
「おまえが帰ってくるのが遅いから家事してる。
で、俺はその被害を被って店番させられてた。
客が来たら呼べって」
義也は苦笑いを浮かべていた。
「……なんの用よ?」
百合は怪訝な態度を隠そうともせずに、腕を組んで用件を尋ねた。
「やれやれ、元カレに厳しいやつ」
義也はそれだけ言うと、ずいっと百合に顔を近付けた。
「秋冬が隠してるものはどこだ?」