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31.春夏のお父さん

 インターホンの鳴る音が響く。


 相変わらず大きな家だ。


 僕は緊張から、ごくりと唾を飲み込んだ。


「緊張するわね」


「……うん」


 隣で百合がドアを見つめながら呟く。

 やっぱり百合も緊張してるんだ。

 それもそうだ。

 昨日、家に着いてすぐ、春夏(はるか)のお母さんから、


『明日、家に来てください』


 なんて連絡が来たんだから。

 僕は慌てて百合に連絡した。

 百合も驚いてたけど、春夏のお父さんの仕事の都合上、朝にお邪魔することになったから、とりあえず早く寝ることにした。


 本当だったら、朝に弱い僕は眠気に負けそうになる所だけど、緊張でまったく眠くなかった。

 それに、朝ももう空気がキンと冷える季節で、その寒さも手伝って、僕の頭はすっかり冴えていた。

 晴れ渡った空に太陽が昇っていき、急いで冷たい空気を暖めていく。


 僕は同じように逸る気持ちを抑えて、玄関が開くのを待った。


「……よく来たな」


「……っ!

お、おはようございます!」


 僕はいきなり春夏のお父さんが玄関から出てきて驚いたけど、とりあえず挨拶だけは大きな声でしておいた。


「朝早くからすみません。

本日はよろしくお願い致します」


「ああ、君も来たのか」


 深々と頭を下げる百合に合わせて、慌てて頭を下げる。

 緊張してると言いつつも、こういう時にしっかりと対応できる百合はやっぱりすごい。

 春夏のお父さんは百合を見ると、少しだけ表情を緩めた。

 百合はよく春夏の家に遊びに行っていたから、春夏のお父さんとも面識があるようだ。


「さあ、入りなさい」


「お、お邪魔します!」


 僕と百合は春夏のお父さんが開けてくれた玄関に入っていった。







「妻は出掛けていてね。

私も、昼には出ないとならないから、手短に頼むよ」


 ソファーに案内され、お手伝いさんが3人分の紅茶を淹れてくれた。

 春夏のお母さんがいないのは心細かったけど、お手伝いさんの顔を見たら、少しだけ緊張が解れた気がした。


「おじさん。

単刀直入に聞きます。

春夏を殺した犯人は誰だとお考えですか?」


「ちょっ!

百合!」


「……!」


 前のめりで尋ねる百合に、僕は慌てた。


「本当に、単刀直入だな」


 百合の様子に、春夏のお父さんが苦笑いする。


「君たちは、春夏の大学の教授たちにも会ったのか」


「あ、はい」


 たちっていうのは、兼次さんのことだろう。


「それでか。

教授から、私にアリバイがないと聞いて、私を犯人候補の1人として疑ってるのかな?」


「え、っと」


「はい、そうです」


「ゆ、百合!?」


 僕がなんて答えようかと考えていると、百合があっさりと頷いた。


「ははっ!

それなのに、私に犯人は誰だと思うか、なんて聞いたのか。

なかなか肝が据わった子だな」


 春夏のお父さんは楽しそうに笑っていた。

 僕は怒られなかったことに、ほっと息を吐く。


「ふふ。

なるほど。

さすがは春夏の友人だ。

それぐらいでないと」


 春夏のお父さんは嬉しそうだった。

 百合みたいにはなれない自分を遠回しに否定された気がして、僕は何となく身を縮こませた。


「たしかに、私には事件当日のアリバイがない」


「だ、旦那様、それはっ!」


 春夏のお父さんの言葉にお手伝いさんが口をはさもうとしたが、ぎろりと睨まれ、お手伝いさんは黙ってしまった。


「だから、君たちや教授たちが私を疑うのはもっともだろう」


 なんだろう?

 なんか、違う気がする。

 春夏のお父さんは、なんか、


「……自分を、責めている、んですか?」


「……なんだと?」


「あ、すみません」


 春夏のお父さんに睨まれ、萎縮する。


「でも、なんて言うのか。

その、春夏のお父さんは、自分のことを責めているような気がして……。

不甲斐ない自分。

何も出来なかった自分。

それを、ただひたすらに呪っている。

恨んでいるような、そんな気が……」


秋冬(あきと)

さすがに失礼よ!」


「あ、すみません!」


「……」


 思わず言い過ぎてしまった。

 どうしよう。

 これで怒って、これ以上話を聞けなかったら……。


「秋冬くん……」


「は、はい!」


 初めて名前を呼ばれて、僕は驚いた。


「君は、春夏のことが好きだったのか?」


 急にそんなことを尋ねられて、僕はなんて言えばいいか分からなかったけど、ここで照れている場合じゃないことは分かった。

 僕は春夏のお父さんの目をしっかりと見つめる。


「今でも、大好きです」


「……そうか」


 春夏のお父さんは伏し目がちに、何か考えているようだった。

 そして、決意したように顔を上げて、口を開く。


「私にアリバイがないというのは嘘だ」


「……え?」


「ど、どういうことですか!?」


 百合がテーブルに乗り出して尋ねる。


「その時間、私は警察の人間と話をしていたんだ……」


 そう言って、春夏のお父さんは当時のやり取りを話してくれた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「だから!

娘が誰かにつきまとわれていると言っているだろう!

具体的な接触!?

物的証拠!?

そんなもの、ある時点で手遅れだろう!

おまえは、春夏が嘘をついていると言うのか!?」


「……あなた」


「……くそっ!

私に恩があると言っておきながら、肝心な時に役に立たない!」


「家や学校の巡回を強化してくれるって言っているんです。

とりあえずはそれでいいじゃないですか」


「それ以外の場所で何かあったらどうする!?

春夏はいまどこに行ってるんだ!

またあの男の所か!

帰り道で何かあったらどうする!」


「……秋冬くんは、毎回家まで春夏を送ってくれますから」


「……くそっ!」


「……あなた。

その心配する気持ちを、正直に春夏に伝えたらいいじゃないですか。

そうすれば、春夏だってあんなに頑固になって、あなたに反抗しないと思いますよ。

春夏の悩みだって、私がこっそりあなたに伝えたりしなくても、直接話せるのに」


「……そんなの、今さら照れくさいではないか」


「はぁ。

まったく。

似た者親子なんだから」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……その後、病院と警察から連絡があってね……」


 春夏のお父さんは当時を振り返るように、悲しそうな顔を見せた。


「なんだ。

結局は春夏のことが大好きで心配だったんじゃない」


「……まあ、そうだな」


 百合がはぁとため息を漏らす。


「春夏が私になんて言ってたか知ってます?


『私が原因でお父さんとお母さんが仲悪くなって、離婚とかになったらどうしよう。

私、どっちも大好きだし、そんなのヤダ!』


って言ってたんですよ。

まったく、ホントに似た者親子なんだから」


「……そうだったのか」


 春夏のお父さんは悲しげに微笑んでいた。


「お二人がそんなことになるなんてあり得ませんよ!

だって、」


「あ、ちょっ!」


 お手伝いさんが我慢できなくなったかのように口をはさんできた。


「奥様のお腹には新しい命がいるんですもの」


「はぁっ!?」


「え?」


 今なんて?


「今日も検診で病院に行っているのですが、春夏お嬢様が亡くなる前に出来ていたらしく、先日、奥様が体調不良を訴えて病院で診てもらって分かったんです」


「そ、そうなんですか」


「お、おめでとうございます」


「あ、ああ。

ありがとう」


 春夏のお父さんは顔を真っ赤にしていた。

 でも、そのあとすぐに、表情を暗くした。


「まあ、喜んでいいのかどうか、微妙な所だがな……」


 春夏のお父さんがそう言うと、百合がテーブルをバン!と叩いて立ち上がった。


「おじさん!

それを奥さんに言っちゃダメだからね!

生まれてくる赤ちゃんにはそんなこと関係なしに、精一杯愛してあげるの!

じゃなきゃダメよ!

いい!?」


「あ、ああ」


 百合のあまりの剣幕に、春夏のお父さんも頷くしか出来なかったみたいだ。


「って、春夏なら言うかな~って思って」


 百合は恥ずかしくなったのか、頬をかいて、そっぽを向いた。


「……そうだな」


 そうして、僕たちは笑った。

 お手伝いさんも、嬉しそうに涙を流していた。








「それにしても、どうしてアリバイがないなんて嘘ついたんですか?

警察と電話で話してたなんて、立派なアリバイじゃないですか。

家電だったんですよね?」


 一段落して、百合が改めて尋ねる。


「ああ。

それは、教授たちのことを信用していなかったからだ。

だから、私にアリバイがないと分かったら、どう動くか見ようと思った。

教授にもツテがあるようだったから、警察には、私に関しての情報を安易に教授に渡さないよう伝えてね。

彼らが犯人なら、私に罪を擦り付けようと、何らかのアクションをするかもしれないと思ったからな。

知り合いの警察の人間に、彼らを尾行させたりもしたよ」


「それで、収穫はあったんですか?」


 僕の質問に、春夏のお父さんは首を横に振る。


「いや、彼らは本当に事件を独自で調べているだけだったよ。

犯人を探しているというのは本当だったらしい。

私の周りもこそこそ嗅ぎ回ってきて動きづらかったけどね」


 そう言って、春夏のお父さんは苦笑する。


「あ、ちなみに、君たちのことも、警察の人間に尾行させていた時もあったんだよ」


「えっ!?」


「ちょっと!?」


 春夏のお父さんはあっさりとそんなことを言った。

 全然気付かなかった。


「だから、君たちが事件のことを調べたり、教授たちに会いに行っていたことも把握していた。

さっきは、君たちが信用に値するか試したんだ」


「それで、合格したから、いろいろ教えてくれてるってわけね」


 百合が呆れた顔でため息をついた。


「まあ、ならいいわ。

それなら、最初の質問に答えてください。

おじさんは、誰が犯人だと思ってるんですか?」


「それは……」





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[良い点] お父さん! 優しいじゃないか! 誰を犯人と思っているのかなぁ?
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