29.協力体制
「……日記」
兼次さんが僕の手の中の日記をまじまじと見つめている。
「……なるほど。
それには、彼女の生前の行動が書かれているんですね?」
「あ、はい」
教授が少し考える仕草をしたあと、改めて日記に目を落とした。
「それを、なぜ君が?」
「え、と、春夏のお葬式のあと、その、僕の家に届いたんです」
「は?」
兼次さんがずれたメガネを直す。
「……それは、誰から?」
「……分からないんです。
出した人の名前は書いてなかったし、消印も、知らない所でした」
「調べたけど、かなり離れた場所ね。
たぶん、調べられたくなくて、全然関係ない場所から出したんだと思うわ」
百合が会話に入ってきた。
たしかに、消印の場所は教えていたけど、いつの間に、そんなことをしていたのか。
「……ふむ。
中を拝見しても?」
「あ、はい」
教授に言われて、僕は日記を差し出した。
教授がペラペラとページをめくっていく。
兼次さんも、日記にかじりつくように、書かれた文字を追っていた。
「……なるほど。
ここに来たのも、これに書かれていたからなんですね」
「そうです」
「高校の担任の先生には?」
「会いました。
誰かに監視されてることを春夏に相談されたけど、ちゃんと聞いてあげられなかったことを後悔しているようでした」
「まあ、この文面からもそう読み取れますね」
教授は日記を閉じると、顔を上げた。
「9月21日。
我々に相談に来たところで終わっているみたいですが、君たちはこのあと、彼女の父親に話を聞くつもりだったんですか?」
「あ、はい。
一応」
教授たちには、春夏の日記の続きが勝手に書かれたことは内緒にしておくことにした。
どうせ信じてもらえないし、こちらの信頼度を下げることになるからって百合が忠告してくれたからだ。
百合自身も、まだ信じてくれてはいないみたいだった。
「ふむ。
彼女の父親はなかなか堅物です。
まともに話を聞ければいいのですが」
「その様子だと、あなたたちも苦労したみたいね」
百合にそう言われ、教授は苦笑いをしてみせた。
「ええ。
とりあえず普通に門前払いでしたからね。
お母様やお手伝いさんの働きかけで、ようやく話が出来たので」
そっか。
僕たちも、その手が一番かな。
「あなたたちが春夏の父親に話を聞いた限りでは、犯人候補に挙げるような怪しさがあったの?」
百合の質問に、教授は首を横に振った。
「いえ、特段、怪しいと思う要素はありませんでした。
ただ、娘が亡くなったにしては、ずいぶん淡々としているな、とは思いましたが、悲しみ方は人それぞれですので、一概には何とも言えませんね」
「そう」
百合は短く返事をすると、アゴに手を当てて考え込んでしまった。
春夏のお父さんに何を聞くかを考えているのだろうか。
「さて、まあ、それはそれとして、我々が犯人候補に挙げた3人についてですが、せっかくなので、このまま彼女の父親のことからお話していきましょう」
そうして、教授は順番に彼らについて話していった。
「まず、橘くんの父親。
彼は事件のあった当日、自室で仕事の資料を作っていたそうです。
資料は残っていますが、それが本当にその日のその時間に作られたものかは定かではありません。
そして、資料作りを終えたらそのまま就寝。
その後、病院と警察から連絡が来るまで家族との接触はなし」
「お母さんとは、寝室は別なの?」
「そのようですね。
彼は遅くまで仕事をすることも多かったため、別々の部屋にベッドを置いていたようです。
母親は帰らない娘を心配して、何度か連絡をしたようですが、まれに彼氏の家に行ったまま寝落ちすることもあったようで、そこまで心配はしていなかったそうです」
……たしかに、そんな日もあったな。
「次に、佐々木優香くん。
彼女は夕飯を終えて入浴後、自室へ。
しばらく友人と電話をしたあと就寝。
橘くんのことは、連絡を受けた私が伝えて、初めて知ったそうです」
「その電話の相手は?」
「それが、本人は覚えてないと」
「……覚えてないって何よ」
「どうやら、少しお酒を飲んでいたらしく、自室に戻ってからの記憶が曖昧だと。
携帯の履歴も、なぜか残っておらず」
「……なんか、怪しすぎて、逆に怪しくないわね」
「……それは、俺も同意見だ」
呆れ顔の百合に、兼次さんが頷く。
「で、最後は須藤義也くん。
彼も家族で食事をとったあと自室に戻り、そのあとはゲームなどをして過ごし、それなりの時間に就寝したと」
義也らしい答え方だな。
「あ、ちなみに、佐々木くんと須藤くんのアリバイに関しては警察から聞いたことであって、直接本人たちから聞いたわけではありません。
橘くんの父親は、警察からあまり話が聞けなかったので、直接聞きに行きましたが」
「え?なんで?」
百合が教授の話に引っ掛かったようで、話を遮った。
「……なんで、とは?」
「なんで、春夏のお父さんの話を、警察はあんまりしてくれなかったの?」
たしかにそうだ。
「ああ、橘くんの父親は、警察に強いコネがあるらしいのです。
それで、警察も情報を出すのを渋ったみたいですね」
「……ふぅん」
春夏のお父さんは大企業の社長だ。
警察と繋がりがあってもおかしくはないだろう。
「と、まあ、話はこんなところですかね」
「そうね。
こっちはあんまり参考になる情報をあげられなくて申し訳なかったわね」
「いえいえ、あなた方が敵ではないと分かった。
それだけでも十分な収穫です」
「まあ、それもそうね」
一通り話を終えて、百合は教授たちのことを信用することにしたみたいだった。
「……俺は、橘のことを妹のように思っていた」
「兼次さん?」
帰り支度をしようとしていると、兼次さんがぼそぼそと話し出した。
「俺は高校の時に、君らと同い年の妹を事故で亡くしていてな。
橘に、よく似ていたんだ。
だから、俺は何としても橘を守りたかった。
……だけど、出来なかった。
俺はまた妹を失った。
そして、今回はそれをした犯人がいるかもしれない。
俺は、犯人を必ず捕まえることにした。
教授にも協力してもらって。
絶対に、逃がしはしない。
だから、どんな情報でもあれば教えてくれ。
こちらも、情報は包み隠さず共有する。
頼む!」
兼次さんはたどたどしくも、そう言って想いを伝えて、深々と頭を下げた。
「……もちろんです!」
「……悪かったわ。
疑ったりして。
こちらも、協力は惜しまないわ」
百合は少しバツが悪そうだったが、納得はしたみたいだった。
「……助かる。
たいていは、俺がこう言っても、結局、橘狙いなだけだろうと馬鹿にされるんだが」
兼次さんはそう言って、自嘲気味に笑った。
「……そんな真剣な目をする人を馬鹿にするヤツが馬鹿なのよ」
「……ありがとな」
そっぽを向きながらフォローする百合に、兼次さんは嬉しそうに笑っていた。