28.手札
「おや?
百合さんは驚いてないようですね」
教授に言われて、百合の方を見てみると、百合は相変わらず周りをキョロキョロ見回しながら、
「あー、まあねー」
と、あまり興味なさそうに返事を返していた。
「私は……」
百合はようやく視線を落ち着かせ、教授に顔を向けた。
「あなたたちも含めて、秋冬以外の全員を疑ってるから、誰を挙げられても、たいして驚かないわ。
最初に、あなたが3人って言ったのには、もうそこまで調べられてるのかって驚いただけ」
「なるほど」
教授は自分たちがまだ疑われていることに苦笑しながらも、百合の話した理由に納得したようだった。
「ちょ、ちょっと待ってください!
なんで、その3人が春夏を突き落としたかもしれない犯人なんですか!
春夏のお父さんは、お父さんだし、佐々木さんは春夏の友達だし、いろいろ協力してもらってる。
それに、義也は落ち込んでた僕をたくさん励ましてくれたんですよ!」
そうだ。
その3人に、春夏をどうこうする理由なんてない!
「はあ。
今は、あまりおまえの話に興味はないんだが……」
兼次さんがあからさまに嫌そうな顔をしながらため息をついた。
「まあまあ、兼次くん」
教授は兼次さんを取りなしてから、僕の方を向いた。
「そうですねぇ。
須藤義也くんに関しては、我々はあまりパーソナルな部分を知らないので、動機というものは正直、定かではありません。
それに候補、といったように、彼は消去法で犯人ではない者を除いていった時に残ったから、というだけなのです」
「それって?」
「私たちが探ろうとしてたことよ」
百合が教授に代わって答え、教授もそれに頷いた。
「そう。
アリバイってやつです」
「皆のアリバイを調べたってことですか?」
僕たちがやろうとしていたことを、すでにやっていた人がいたなんて。
「ええ。
というより、知り合いに警察の人間がいましてね。
前に事件を解決する手伝いをしてやったのをネタに、ちょっと情報を集めてもらったんですよ」
「恩を返させたわけね」
「ふふ、そうとも言いますね」
百合が呆れた顔で言うと、教授は意地悪そうな顔でにやっと笑った。
「それで、その3人にはアリバイがなかったんですか?」
「ないわけではないのですが、身内からしか証言を得られなかった、といったところですね」
そういえば、身内の証言はアリバイにならないって、刑事ドラマで見たことがある。
「事件のあった日のその時間、彼らは全員、自室にいたと言っていて、家族もそれを聞いている。
ですが、全員が、そのまま就寝したから、翌日まで家族とは会っていないと言ったため、アリバイが立証されなかったのです」
「……その3人は、警察にいろいろ調べられなかったんですか?」
「指紋を取られたり、所持品検査なんかは受けたりしたようですが、これといったものは出なかったみたいですね。
まあ、もちろん、それらの取り調べは我々含め、関係者全員が受けたようですが」
たしかに、僕も当時は警察にいろいろ聞かれたっけ。
警察はあの時から、犯人を探して調べていたんだな。
「……あなたたちは?」
「ん?」
「あなたたちのアリバイよ」
百合に尋ねられ、教授はああと言いながら口を開いた。
「私はここにいましたよ。
監視カメラもあるし、出退勤時にネームプレートで時間を記録しますからね。
私はそうそうに取り調べから解放されましたよ」
それはたしかに、どうにかしようにないアリバイだな。
「……俺もだ」
兼次さんは百合にまだ疑われていることに不服なようで、憮然とした顔をしていた。
「その日は彼に研究を手伝ってもらっていたんですよ。
ああ、他にも何人かいましたから、彼らからも証言を得られるでしょう。
その子たちの連絡先をお教えしましょうか?」
「いや、いいわ。
調べればすぐに分かることだし、そんな下手な嘘をついたりしないでしょ。
あなたたちが犯人じゃなくて、本当に犯人を追おうとしてるのは認めるわ」
「それは長畳」
百合の言葉に、教授はにっこりと笑ってみせた。
「あんたは?」
「ん?
ああ、私は実家の古書店でバイト。
監視カメラもあるし、向かいのお惣菜屋さんとか、常連さんからの証言も取れてるわ。
ちなみに、秋冬もコンビニのバイトよ」
仕返しとばかりに尋ね返した兼次さんに、百合はしれっとした顔で答え返した。
何でもないような百合の顔に、兼次さんは悔しそうにしていた。
「さて、我々4人が志を同じくする仲間だと分かった所で、先ほど挙げた3人について詳しく話していきたいのですが……」
「その前に!」
教授が話を進めようとすると、兼次さんがそれを制した。
「……そっちの手札を出せよ。
こちらばかりカードを見せるのはフェアじゃない」
兼次さんは百合を睨み付けるように見つめながらそう言った。
百合はため息をひとつついてから、僕の方を見て、こくりと頷いた。
僕はそれに頷き返し、カバンの中から1冊の本を取り出した。
「それは?」
「……これは、春夏の日記です」