27.犯人の候補
「やあ、また来ましたね、秋冬くん。
そちらの女性は初めましてですね」
春夏の大学の、ゼミの教授である高梨教授の研究室に入ると、教授はお茶の用意をしてくれていた。
今日は、研究室には教授と兼次さんしかいないみたいだ。
「初めまして。
百合、と言います。
春夏とは友人でした」
百合が自己紹介をすると、教授が嬉しそうな顔を見せた。
「ああ、あなたが百合さんですか。
よく橘くんから話を聞いてましたよ」
「え?
そうなんですか。
なんか、照れますね」
教授が優しげな笑みを浮かべると、百合は照れくさそうな顔をした。
「どうぞ、そちらにおかけになってください。
いまお茶を淹れますね」
「あ、お構い無く」
僕らがソファーに腰掛けると、兼次さんは斜め向かいにパイプ椅子を持ってきて、そこに座った。
「……」
「……」
兼次さんがこちらをじっと見つめてくる。
「……」
「……な、なにか?」
僕は沈黙と視線に耐えられなくなって、苦笑いを浮かべながら尋ねてみた。
「……いや」
兼次さんはそれだけ言うと、かけていたメガネを中指で直しながら、そっぽを向いてしまった。
「すいませんね、彼、コミュニケーションが苦手なもので」
気まずさを感じていたところに、高梨教授がお茶を持ってきてくれた。
百合がさっと立ち上がってカップを運ぶのを手伝う。
教授がにこっと笑って、
「ありがとう」
と言うと、百合は静かに微笑みながら、
「……いえ」
とだけ答えた。
置かれた紅茶はとても良い香りがした。
教授の奥さんが好きらしく、研究室にも持ち込んでいるらしい。
百合は周りをきょろきょろと見回している。
「それで?
今日は何のご用ですかね?」
「お二人は、春夏から何て相談されたんですか?」
「……いきなり直球ですね」
僕がどう切り出そうかと考えていると、百合が端的に質問していた。
「……何て、そうだな」
兼次さんがぽつりぽつりと話し出した。
「誰とも知れないやつに監視されている気がした。
その視線は常に感じられた。
大学ではそれなりに警備を強化してもらった。
行き帰りがネックだった。
……俺が送り迎えを志願したが、それはやんわりと断られた。
それぐらいは把握してるんだろう?」
兼次さんはぶつぶつと呟くように話していて、声が聞き取りづらい。
「あ、はい。
そうですね。
というか、それで全部、かな?」
僕が答えると、なんだか、百合があちゃあって感じの顔をしてる。
僕、何かしちゃったかな?
すると、兼次さんがふっと鼻で笑った。
「彼女の質問は良かった。
自分の手の内は見せず、こちらに話させようとしていて、一方的に情報を引き出そうとしている質問だ。
それに対して、俺も、教授の話と、佐々木さんから得られるであろう表面的な話しかしなかった。
彼女は、おそらくここから情報の引き出し合いをしたかったのだろう。
だが、君がそれを打ち切った。
そこで、彼女はまた新たな切り口からの、別の質問をしなければならず、それに考えを巡らせなければならなくなってしまった。
彼女の表情はその現れだよ」
「あははー、お見通しなわけねー」
兼次さんの呟きに、百合が頭の後ろに手をやって、明るく笑ってみせた。
でも、その目はあんまり笑っている感じはしなかった。
「まあまあ、お互いに変な探り合いはやめましょう。
おそらく、お互いの目的は同じなのでしょうから」
百合と兼次さんがバチバチとにらみ合ってるところに、教授が取り成すように入っていく。
「君たちも、橘くんを殺した犯人を追っているのでしょう?」
「えっ!?」
「……『も』、なのね?」
百合が確認するように、教授の目を真っ直ぐに見つめた。
「そうです。
我々も、彼女を死に追いやった愚か者を、密かに調べているのですよ」
そう言った教授は、初めて怖い顔をしていた。
「……あなたも?」
百合が兼次さんに言うと、兼次さんはまたぼそぼそと話した。
「……当然だ。
彼女から相談を受けていた身として、彼女を守れなかったことは甚だ遺憾だ。
せめて、手向けとして、彼女を湖に突き落としたやつを牢屋にぶちこんでやらないと気が済まない!」
兼次さんは、最後だけ大きな声になっていた。
それには、彼なりの決意が込められているような気がした。
「……信用していいのね?」
百合の言葉に、
「……もちろん」
兼次さんは百合の目をしっかりと見つめて頷いた。
「……わかったわ」
百合は一度息を吐くと、ソファーに座り直して、紅茶に口をつけた。
どうやら、彼らは百合のお眼鏡にかなったらしい。
「では、これからは互いに面倒な駆け引きなしに、情報を共有しましょう」
教授がにこやかに話をまとめていった。
「……あなたみたいなタイプが、結局は一番美味しいとこを持ってくのよね」
「よく言われます」
百合の呆れたような声に、教授は苦笑いで応えた。
「では、こちらの手札を先に」
そう言うと、教授は右手をこちらに向けて、指を3本立てた。
「我々が想定している犯人の候補は3人います」
「「えっ!?」」
これには、僕も百合も驚いた。
持っていた紅茶をこぼしそうになって、慌ててテーブルに置く。
「も、もう、そこまで目星がついてるんですか?」
僕が尋ねると、教授は頷いて、指を一本ずつ曲げていった。
「1人目、橘くんの父親」
「えっ!?」
「2人目、佐々木優香」
「ええっ!?」
「3人目、須藤義也」
「……え?」
3人の名前を聞いた百合は、特に驚いた顔はしていなかった。
今さらですが、義也の名字は須藤です。




