26.再び電車に揺られて
「ごめん、待った?」
大学の講義が終わって、駅まで行くと、百合はもう来ていた。
「ん、それなりに?」
「そこは、いま来たところ、じゃないの?」
僕が笑ってツッコむと、百合はきょとんとした顔をしていた。
「そんなことより、早く行きましょ。
あんまり遅くなると寒いわ」
そう言うと、百合はさっさと改札から駅に入っていった。
まだ日は沈んでないが、たしかに、ここ数日はめっきり寒くなった。
特に日没後はコートにマフラーが必要だと思えるぐらいだ。
百合は白いコートに真っ赤なマフラーで、対策はバッチリみたいだ。
僕はコートだけだから、僕もマフラーを持ってくれば良かったって、少し後悔した。
「秋冬~!
何してんの~。
早く行くよ~」
「あ、うん」
百合が改札の向こうから手招きをしてる。
それに引き寄せられるように駅に入ると、すぐに電車が来た。
車内は空いていたから、2人で並んで座ることが出来た。
「……」
「……どうしたの?」
僕は何となく周りを見回して、他の車両を覗き込んだ。
どうやら、知っている人はいないみたいだ。
「秋冬!
なにしてんの?」
「え?
ああ」
僕は百合に、前に義也が僕のあとを着いてきていたことを伝えた。
「……」
「……百合?」
百合は難しい顔をして考え込んでしまった。
「秋冬、あのね……」
そうして、百合は僕が古書店を訪ねたあとに、義也が来ていたことを話してくれた。
その時の会話についても。
「……そっか。
義也はなんで、そこまで僕を止めようとするんだろう」
ぽつりと呟いた僕の言葉に、百合は首を横に振る。
「それは分からないわ。
でも、あいつはあいつで、秋冬に悲しい思いをさせたくないって思ってるのは確かなんだと思う。
私も同じだもの。
ただ、私はそれを応援することで、あいつはそれを止めることで、表現しようとしてる。
それだけの違いなんだと思う」
「……そっか」
少し複雑ではあるけれど、2人とも、僕を心配してくれての行動なんだな。
「……百合、ありがとね」
それと、義也も。
「……ま、全部終わったら、美味しいものでも奢ってもらおうかしら」
「ははっ!
オッケー。
皆で行こう」
百合は、うん!と、嬉しそうに頷いた。
そんな日が、いつか来るのだろうかという不安を、僕は表に出さないようにするので精一杯だった。
春夏の大学の最寄り駅に着いた。
何度か周りをキョロキョロと見回したりしてみたけど、今回は義也もいないみたいだ。
大学に着くと、百合は物珍しそうにいろんな所を見回していた。
「広いキャンパスねー。
迷いそうだわ。
しかも、共学って、なんか変な感じ」
「そっか、百合は女子大だもんね」
僕と義也が通う大学に比べたら、百合の大学もけっこう大きいと思うけど、ここは全国でも有名な所だから、それと比べると、たしかに小さく感じるのかな。
「あ、兼次さんって、あの人じゃない?」
研究棟に着くと、入り口に人が立っていた。
メガネをかけた少し太めの男性。
「そうかも」
やっぱりあの人が兼次さんだったのか。
僕たちの姿が見えると、彼はこちらに向けて、軽く手を挙げた。
「あ、こんにちは。
柊秋冬と申します。
兼次さんでよろしいでしょうか?」
僕が自己紹介をすると、彼はああ、とだけ答えて、百合の方を見た。
どうやら、百合にも自己紹介をしろと言いたいらしい。
「あ、私は百合です。
春夏と秋冬の友達で、今日は付き添わせてもらってます」
百合が自己紹介をすると、兼次さんは少しだけ表情を崩した。
「……そうか、君が」
「なにか?」
「いや、橘さんから、よく君の話を聞いていたからな。
話を聞いているだけでも2人の仲の良さが伝わってきた」
そう言う兼次さんは、少しだけ笑っているように見えた。
「中に入ろう。
教授も待ってる」
「あ、はい」
僕たちは兼次さんに招き入れられ、研究棟へと入っていった。
兼次さんは扉を閉める時、外をさっと見回していたけど、僕と百合はそれに気が付かなかった。




