25.新たなページが開かれて
僕が百合の古書店を出ると、佐々木さんからメールが来ていた。
春夏の大学の、同じゼミだった兼次さんとアポが取れたらしい。
明後日の夕方なら、高梨教授の研究室にいるから、いつでも訪ねてきていいとのこと。
ちょうどその日は、僕の講義も3限までで、バイトもないため、僕は17時頃に伺う旨を返信すると、少しして、佐々木さんからOKの返事が来た。
帰ったら、彼に聞くことを考えておかないと。
あ、その前に百合に連絡しないと。
百合も来られればいいんだけど。
家に着いたら、僕はさっそく百合に連絡してみた。
まだ古書店の営業時間だったから、メールを送っておいた。
返事が返ってくるまで、春夏の日記を読むことにしよう。
日記をこたつの上に置いて、ページを開こうとして、ふと手が止まる。
白紙だったページに、新たに日記の続きが書き込まれるって、どういうことなんだろう。
誰かのイタズラ?
いやいや、少なくとも、白紙だったことを確認したあとは、鍵付きの引き出しに入れてたわけだし、鍵は僕が常に身に付けてた。
何か、時間が経ってから文字が浮かび上がるような技術が、僕の知らないところで開発されたんだろうか。
「ははっ、まさか」
そう1人で呟いてみてから、それなら、白紙だったページに、勝手に日記の続きが浮かび上がったのかと思って、背筋がぞっとした。
なんとなく後ろを振り返ってみるけど、そこにはいつも通りベッドがあるだけだ。
なんとなくホッとして、とりあえず日記の続きを見てみようと体の向きを直すと、
「……え?」
日記が開かれていた。
しかも、さっき百合と一緒に見た、9月20日の次。
僕が見ようとしていたページだ。
まるで、僕にさっさと続きを読めとでも言っているようだった。
春夏は、僕にこの日記を読ませようとしているのだろうか。
でも、驚きはしたけど、不思議と怖くはなかった。
なんだか、春夏が側にいて、そっとページをめくってくれたような気がしたから。
僕は、めくられたページに目を落としてみた。
『9月21日 雨
今日は朝から雨。
前髪がうまくいかない。
とりあえず、昨日、佐久間先生と会ったあとは、特に問題なく家に着いた。
その日は変な視線も感じなかった。
昨日の出来事を高梨教授と兼次先輩にも話した。
2人とも真摯に話を聞いてくれた。
屋上にいた私たちを見てたってことは、双眼鏡か何かを使ってたんだろうってことだったけど、近くにそんな建物あったっけ?
高校は手続きしないと入れないから、少なくとも高校の関係者ではないんだろうって兼次先輩は言ってた。
教授も、大学側に警備を厳重にするように言っておいてくれたみたいで、大学では、少なくとも研究棟では、誰かに見られてるような感じはなくなった。
キャンパス内は基本的に出入り自由だから、建物内以外は難しいんだろうな』
……春夏の日記が、この悩みのことばかりになっているのが悔しい。
それなのに、僕はなんで気付いてあげられなかったのか。
ーーどうして気付いてくれなかったの?ーー
前に夢で、春夏が僕に言ってきたことは、きっと、僕が僕に言いたかったことだ。
『教授はやっぱり行き帰りも何か手を打った方がいいって言ってた。
兼次先輩は自分が送り迎えをしようかと言ってくれたけど、さすがにそれは断った』
兼次さん、この人は……。
『……あと、教授に、お父さんにも相談した方がいいって言われた。
お父さんか……どうしよう』
春夏のお父さんか。
春夏とはあんまり仲が良くないんだよな。
まあ、その主な原因は僕みたいなんだけど。
でも、春夏のお父さんは警察の人とも付き合いがあるみたいだから、話せば、たしかに力になってくれたと思うんだけど、
「春夏は、結局話さなかったんだな……」
僕と付き合う前から、春夏と父親の間に確執があったことは聞いていた。
きっと、春夏は不安があっても、お父さんにそのことを話せずにいたんだろう。
……こんな状況になって、春夏のお父さんはどう考えているんだろうか。
「そのうち、話を聞きに行かないといけないよなぁ」
僕は初めて春夏のお父さんに会った時の、僕を見る冷たい目を思い出しながら、その日はそこまでにして、日記を引き出しにしまった。
きちんと鍵をかけて、お風呂にでも入ろうと思っていると、百合から着信があった。
店番が終わって、メールを確認したんだろう。
「はい」
「あ、メール見たよ」
電話に出ると、百合の声が聞こえた。
そういえば、誰かと電話するのは久しぶりだな。
「明後日ね。
私も行けるから、秋冬の方が終わったら連絡ちょうだい」
「店番はいいの?」
「大丈夫。
その日はパパが棚卸しがてら店番するらしいから」
「そうなんだ、ありがとう」
「いーのよ、私も気になってたし。
乗りかかった船なんだし、最後まで付き合ってあげるわ!」
「ははっ、助かる」
百合の明るい声に、少しだけ元気をもらった気がする。
「んじゃ、私これから大学の課題やんなきゃだから、もう切るわよ」
「あ、うん、頑張って」
百合はへ~いとか、適当に返事を返して電話を切った。
春夏が何でも話せるって言ってた気持ちが少し分かった気がする。
百合がいてくれるのは心強いけど、それに頼ってちゃ駄目だ。
ちゃんと兼次さんや教授に聞くことを考えておかないと。
あ、そうだ。
アリバイも聞かなきゃいけないんだった。
でも、どうやって聞いたらいいんだろう。
春夏の相談に真摯にのってくれていたようだし、教授たちなら信頼できそうだけど、簡単に気を許しちゃ駄目だ。
僕はそのあとお風呂に入って、寝床に着くまで、明後日のことをずっと考え続けた。