表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/54

24.それぞれの……

「いや、終わってた、でしょ?」


「へ?

だから、普通に先があるってば。

ほら!」


 百合はそう言って、ページを開いた日記を僕に見せてきた。



『9月20日 晴れ』



「え、な、なんで……」


 僕が見た時は、9月17日が最後だったのに。


「……どういうこと?」


 




 僕は百合に、9月17日以降は白紙だったことを伝えた。


「いやいや、それはさすがに信じられないよ。

そんなオカルトじみた。

秋冬(あきと)の見間違いとかだったんじゃないの?」


「いや、そんなはずは……」


 百合は信じていない様子だった。

 無理もない。

 僕だって、自分が同じように言われたら、到底信じられない。


「ほら。

17日のあとが20日になってる。

日数が飛んでたのを、そんな風に解釈したんじゃないの?」


 いや、さすがにそんな間違いはしないだろう。

 でも、なんだか、だんだん自信がなくなってきた。

 現に、今はこうして続きが書いてあるんだから。


「う、うん。

そうなのかな」


 僕は、とりあえずそういうことにした。

 考え込んでも分からないし、もしも、途中で日記が書き足されたとかだったら恐すぎるから。


「と、とりあえず、日記の先を読もう」


 自分の考えに身震いしながら、それを打ち消すように、僕は慌てて日記に顔を近付けた。

 百合も、僕と並んで日記を覗き込む。


 なんだか、絵本を並んで読んでる子供みたいだなって、よく分からないことが頭に浮かんだ。



『9月20日 晴れ。


昨日は高校を訪ねて、佐久間先生と話した。

半年ぶりぐらいかな?

相変わらず気だるげでやる気なさそうで、変わってなかったけど、なんだかそれに安心もしたな。

卒業生ならいいだろうと、タバコを吹かせたのには怒ったけど』



 あの人は、僕にしたのと同じことを。


 その変わらない対応に、思わずクスッとする。



『先生の用事は同窓会に関することだった。

まだ先のことだけど、年一ぐらいで出来るように、とのことだった。

ずいぶん熱心だなと思ったけど、たぶんあの人はお酒を飲みたいだけだ』



「ふふっ。

佐久間んは相変わらずね」


 百合が隣で笑う。

 近くで見ると、長い睫毛が揺れるのがよく分かる。



『あと、先生にも、少しだけ相談した。

でも、先生は忙しかったみたいで、あんまり話が出来なかった。

また落ち着いたら、ゆっくり話を聞くって言ってくれた。

まあ、今日のところはそれでいっか。


……でも、先生は気付いてないのかな?

こんな屋上にいるのに、どっかから見られているような、この視線に……』



 その日の日記はそれで終わりだった。


「……こ、これ、どういうこと?」


「……そういえば、先生が言ってた。


『俺は何も知らなかった。

知らなかったから何も出来なかった。

あの時、もっと周りを注意深く見ていれば。

橘は、それに気付いてたのに』


って」


 僕は佐久間先生との会話を思い出しながら百合に話した。


「それって、その時、誰かが春夏(はるか)のことを見てたってこと?」


「分からない。

結局は春夏の主観だから、勘違いかもしれない。

けど、僕は、僕だけでも、春夏を信じてやりたい」


「……そうね」


 百合はふっと顔をほころばせる。


「私も信じるわ。

そのためにやることは1つよ」


「え?」


「その日の、みんなのアリバイを調べるのよ。

ううん。

その日だけじゃない。

犯行のあった日。

春夏が日記で視線を感じた日。

そのすべての、アリバイを」


 百合は決意を固めた瞳をしていた。


「そっか。

そうすれば、自ずと犯人は絞れてくる」


 そういえば、僕も警察からいろいろ聞かれたな。

 あれは、アリバイを調べてたのか。

 幸い、僕は春夏が湖に落ちた日はバイトをしていたから疑われることがなかったのか。


「秋冬はその日はバイトだったのよね。

私も、ここでずっと店番をしてたわ」


 春夏が亡くなったあの日、病院に駆け付けた僕たちはそんな会話をしたのを思い出した。

 そういえば、あの時、他にも何人か病院に来てたけど、誰がいたんだっけ?

 正直、僕はそれどころじゃなかったから、何も覚えてない。


「でも、いきなり会いに行って、この日とこの日とこの日のアリバイを教えてくれって言っても、すぐに教えてくれるかな?

覚えてないだろうし、もしも犯人がいたら、警戒されるんじゃあ」


 百合は僕の言葉を待っていたかのように、口を開く。


「それはね。

他の人に、調べたい人のアリバイを聞くのよ。

で、それを周回するように繰り返して、全員分のアリバイを手に入れるの」


「あ、なるほど」


 百合は推理小説が好きだ。

 きっと、このやり方も本で読んだんだろう。


「でもね、これには問題があって、アリバイを聞かれたことを、その人が話しちゃう可能性があるのよ。

だから、聞くには細心の注意が必要。

かつ、素早く、全員に聞いて回らないといけない。

理想は、信頼のおける人から話を聞いていって、その人には口止めをすることね」


「な、なるほど」


 なんだか、いろいろ大変そうだ。


「ま、小説とかだとだいたい、その信頼のおける人が犯人だったりするんだけどねー」


「ちょっと!」


 百合は、あはは! 冗談よ! と笑ってたけど、油断は出来ない。

 誰が犯人なのかなんて、犯人にしか分からないんだから。


「……」


「……?」


 百合が突然黙ってしまった。

 どうしたんだろう。


「……ねえ」


「ん?」


「どうして、私に話してくれたの?」


「え?」


 百合は少し不安そうな顔をしていた。


「春夏の日記のこと。

本当は、秋冬の中だけに留めておきたかったんじゃないの?

それなのに、なんで人に、私に話そうと思ったの」


 ……そんなのは決まってる。


「……春夏の親友だから」


「え?」


「春夏が言ってたんだ。

百合には何でも話せるって。

話せばちゃんと聞いてくれるって。

それで、自分がどれだけ助けられたか分からない……って」


「……そっか」


 百合はうつむいてしまった。

 でも、本当のことだ。

 もしも誰かにこの日記のことを話すなら、百合にしようと思ってた。

 それで、もし万が一にも百合が犯人だったとしても、きっと僕は後悔しない。

 そう、思ったんだ。


「分かったわ!

さ!今日のところはもう帰って!

また何か分かったら連絡してね!

私もいろいろ考えるわ!」


「え?

ちょ、ちょっと!」


 百合が下を向いたまま、レジ台から出てきて僕を入り口まで押していく。

 仕方ないから、今日はおとなしく帰ることにしよう。


「僕もいろいろ考えてみるよ。

また誰かに会いに行く時も連絡する」


「うん!

よろしく!」


 結局、百合はお店を少し出たところまで送ってくれた。

 笑顔で見送ってくれる百合の目元に輝く光に、僕は気付かないふりをした。











「ふう。

やばいやばい。

もう少しで涙があふれちゃうところだった。

ま、秋冬にはバレてなかったみたいだからいっか」


 再び古書店に戻った百合がため息を吐いて、目元を拭う。


「なんだ、泣いてたのか?」


「!」


 突然、後ろから声をかけられて、百合は驚いて振り向いた。


「よ、義也。

なによ、びっくりするじゃない!」


 百合が振り向くと、すぐ近くに義也が立っていた。


「なに?

何か用?」


 元彼である義也に、百合は冷たく尋ねた。

 義也はそれを気にした様子もなく、棚の本を適当に眺めている。


「んー、別に用ってほどでもないんだけどよ~」


 義也はハッキリと言わずに、だらだらと本のラインナップを眺め続けた。


「なによ!

ハッキリしなさいよ!」


「んー、じゃあさー」


 百合に急かされ、義也はようやく足を止めた。


「……きゃっ!」


 そして、急に手を百合の横にある本棚に叩きつけた。

 2人の距離が縮まり、義也はおでこがつきそうなぐらいの距離まで顔を近付ける。


「おまえ、これ以上、秋冬に協力しようとするなよ。

あいつには、もう春夏を追ってほしくないんだ。

犯人とやらが見つかっても見つからなくても、あいつが傷付くだけだ。

そんなことを、春夏は望んでない。

おまえなら、分かるだろ?」


「そ、そうかもしれないけど……」


 百合はそれでも、決意を固めた秋冬を助けてあげたかった。


「俺は、きっと春夏だったら、秋冬を止めると思った。

だから、俺は秋冬を止めるために動く。

おまえがその邪魔をするなら、俺はおまえも止める。

分かったな?」


 そう言う義也からは、いつものおちゃらけた雰囲気は微塵も感じられなかった。


「……望むところよ!」


「いてっ!」


 百合はその圧に負けずに、おでこを強く義也にぶつけた。


「ははっ!

おまえなら、そう言うと思ったよ」


「……試したの?」


 百合は義也を睨み付けた。


「さあな。

まあでも、秋冬を止めようとしてるのは本当だ。

だから、お互いに邪魔をしないってとこでどうだ?」


「……とりあえずは、それでいいよ」


「オッケー」


 義也は百合の返事を聞くと体を離し、入り口までだらだらと歩いていった。


「……あんたの、そういうとこが嫌だったのよ」


 百合のせめてもの反撃に、義也は後ろ手に手を振るだけで応え、古書店をあとにした。

 すべてが終わってから、百合は自分がずいぶん汗をかいていることに気が付いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  つい引き込まれて一気に読み進めました。  オカルト要素もあり、誰の言葉が真実で、何が事件の真相なのか、まるで迷路に入ったような思考になりました。  よくできているミステリーだと思います。…
[良い点] 読ませていただきました。 すごい!推理小説大好きです。 犯人は、、、まだ予想できなぃ〜悩ましい。 続きも楽しみにしてます。 [気になる点] 百合さん、、フラグですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ