23.相談
「どういうこと?」
百合が訝しげな顔で、僕と日記を交互に見やる。
「信じられないかもしれないけど、春夏がいなくなってから、これは僕の家に届いたんだ。
僕も誰かのいたずらかと思ったけど、中身は春夏の字だし、内容も、春夏が書いたとしか思えなかった」
百合がおそるおそる日記を手に取る。
「中、見てもいい?」
百合が一度、ごくんと唾を飲む音が聞こえた。
「うん」
百合は僕の返事を聞くと、ゆっくりとページをめくっていった。
そして、そのままペラペラと何枚かページをめくる。
少しして、百合はふっと顔を綻ばす。
「春夏の字だ……」
それは、悲しげに懐かしむかのような表情だった。
そんな表情に、僕はなぜだか少し、惹かれた。
「……たしかに、これは春夏が書いたもののようね」
その後も百合はページをめくりながら、1日1日を確認していた。
「やっぱりそうだよね」
僕は百合の同意を得られて、ほっと胸を撫で下ろした。
「でも、」
「え?」
「書いたのが春夏でも、送ってきたのが春夏とは限らないわ」
「あ、そう、だよね」
そうだった。
僕も初めは、誰がこんなものを送ってきたんだと考えてたんだ。
それがいつの間にか、春夏が僕に送ってきてくれたものだと思い込んでた。
「送り主は、きっと分からないのよね?
消印とかは?」
「うん、書いてなかった。
消印も、ずっと遠い所で……」
「まあ、そうよね」
百合はページをめくりながら、いろいろと考えているみたいだった。
「そっか。
これに書かれてたから、秋冬は私のところにも訪ねてきたわけね。
他の人のところも?」
「あ、うん、そうだね」
「ふ~ん」
そして、百合は半分ぐらいの所で手を止める。
僕が見た、最後のところぐらいだろう。
「秋冬。
春夏のお母さんにも会ったの?」
「……うん」
「そう……」
僕の返事を聞いて、百合は少し安心したような顔をした。
ずっと春夏の家には行けなかったから、心配してたんだろう。
「……ねえ」
「ん?」
百合はすっと顔をあげて、僕をまっすぐに見据えた。
「秋冬は、春夏が誰かに殺されたんじゃないかって思ってる?」
「え?
ど、どうして……」
僕の心の奥まで見透かすかのような瞳に、僕は思わずたじろいだ。
「春夏のお母さんに話を聞けたんなら、お手伝いさんとか、警察の調査の話も聞いたんでしょ?」
「あ、うん」
「じつは、私も春夏のお母さんから、いろいろ話を聞いてたのよ。
お手伝いさんの旦那さんの話とか、監視カメラとか、車とかの話から、警察も他殺の線で調べてもいるって」
「そう、だったんだ」
百合はそこまで知ってたのか。
僕が、なんで自殺なんかしたんだと、バカみたいに嘆いてる時に……。
「でも、それなら教えてくれても良かったのに」
僕がちょっぴり不満そうな顔をすると、
「だって、あなた自分で自分を追いつめてたから、これ以上、余計な情報を与えて混乱させたくなかったんだもの」
百合はそう言って、悲しそうな顔をした。
僕は、どこまで皆に心配をかけていたんだ……。
「……ごめん。
心配してくれて、ありがとう」
「ううん、そこでありがとうって言えるのが、秋冬の良いとこよね」
百合はそう言って、僕の頭をがしがし撫でた。
僕はやめろよって言って振り払ったりしたけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「……でも、結局、秋冬はいろいろ知っちゃったんだね。
それで、この日記を追いながら、春夏を殺した犯人を突き止めるつもり?」
……春夏を殺した犯人。
改めて言葉にされると、なんて強烈な言葉。
「……うん。
僕は、きっとこれが解決しないと、前に進めない」
「……そう」
百合はうつむいてそれだけ返すと、すっと顔を上げた。
「ねえ、秋冬。
これだけ聞かせて?」
「うん?」
「もし、秋冬が犯人を見つけたら、その犯人をどうしたい?」
「……どう、って」
百合の顔は真剣だ。
僕は、どうしたいんだろう。
犯人を見つけたら、そりゃあ捕まえる。
それに、警察に連絡して、あ、警察が先か。
まあ、それで解決、かな?
「え、と、警察に連絡?」
僕が不安な顔をしていたからなのか、百合はぷっと吹き出した。
「な、なんで笑うんだよ!」
百合はしばらくそのまま笑い続けた。
「いや、ごめんごめん。
それならいいんだ。
やっぱり、それでこそ秋冬だよね」
百合はやたらと嬉しそうだった。
なんだかよく分からないけど、まあいいか。
「そういうことなら、私も、その日記を追うのに協力するわ」
「え?
いいの?」
「いーのいーの!
私としても、秋冬が早く立ち直ってくれたら嬉しいからさ!」
「そっか、ありがとう……。
あ!でも」
「ん?」
僕は思い出したように、日記を指差す。
「その日記。
佐久間先生の元を訪ねたあたりで終わっちゃってるんだ。
だから、これ以上は追いようがないかも」
「え?」
百合は僕の言葉を受けて、ページをパラパラとめくった。
「え?
いや、まだ続いてるよ?」
「えっ!?」
僕は百合の言葉を受け入れるのに、ずいぶん時間がかかった。