22.そして、再び古書店へ
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「あ、うん。
おでんありがと」
「おう!
あ、今度、誰かに春夏の話を聞く時は俺も呼べよ。
また尾行されたくなけりゃな」
そう言って、意地悪く笑う義也に、
「わかったよ」
僕も溜め息をつきながら返した。
「……秋冬。
春夏の後をたどるのもほどほどにな。
おまえに何かあったら、春夏に顔向けが出来ない。
それに、これ以上おまえらを知る人たちに、悲しい思いをさせるなよ」
そう言って出ていく義也に、僕は何も返すことが出来なかった。
帰り道。
義也が寒さに震えながら歩く。
「……部屋には何もなかったな。
でも、引き出しには鍵がかかってた。
さすがにトイレに行ってる隙に開けるのは無理だったな」
義也はそう呟くと、ニヤリと笑った。
「やるじゃねえか、秋冬のくせに」
そして、少しだけ悲しげな表情に変わり、
「おまえがまだ春夏を追うつもりなら、俺はそれを止めるぞ。
秋冬に悲しい思いをさせない。
それが、春夏の頼みだからな……
なんてな」
そう呟くと、義也は寒さを打ち消すように、駆け足で帰っていった。
その日の夜、僕は久しぶりにぐっすりと眠れた。
なんだか、胸のつかえが取れたような感覚だった。
その日は、春夏の夢を見なかった。
翌日、僕は久しぶりに大学に行った。
教授たちに頭を下げて回るのが大変だった。
教授たちも怒りたくても怒れないみたいで、複雑そうな顔をしていた。
出席日数は何とかなるから、これからはちゃんと来るようにとだけ言われた。
義也や大学の友人たちとお昼を食べて、バカみたいな話をした。
僕が休んでいたことには触れず、みんないつも通りに接してくれた。
きっと、義也が何か言ってくれたのだろう。
放課後。
義也はサークルがあるようなので、僕は百合の実家が営む古書店を訪ねた。
相変わらずお客さんはいない。
僕が訪ねると、百合は嬉しそうに迎えてくれた。
「どうしたの?
嬉しそうな顔して」
「秋冬。
あんた、大学行ったんだってね。
ちゃんと通う気になってくれて私は嬉しいよ」
百合はちょっとおばちゃん臭い所があるけど、今はそのお節介な所と笑顔を嬉しく思う。
「なんで百合が知って……あ、義也か。
まだ、その、義也とは連絡取ってるんだ」
たしか、義也と百合は別れたって聞いたけど。
「まあねー。
といっても、だいたいがあんたについての話だけどね」
「え?
なんで僕の?」
「近況報告に決まってるじゃない!
義也がよくあんたの所に行ってるのは知ってたから、あんたが元気にしてるか。
バカなこと考えてないか。
義也に様子を見てもらったのよ」
「そう、だったんだ」
『これ以上おまえらを知る人たちに、悲しい思いをさせるなよ』
義也の言葉が思い出される。
ホントに、いろんなヒトに心配してもらってたんだな。
「百合。
心配してくれてありがとう。
本当に嬉しい。
僕は大丈夫。
大学にもちゃんと行くよ」
僕はまっすぐに百合を見つめて、正直な気持ちを伝えた。
「そ、そう。
なら、良かったわ」
百合は少し照れくさそうに顔を背けてしまった。
「……でも、僕は」
「ん?」
僕は意を決して、カバンから1冊の本を取り出して、百合に見せた。
「これは?
diary……日記?」
百合が不思議そうに首をかしげる。
「そう。
これは春夏の死後、僕に送られてきた、春夏の日記だ」
「えっ!?」
僕は、春夏を追うことをやめない。