21.義也の事由
「ど、どこまでって、どういうことだよ?」
突然、義也に尋ねられて、どきまぎした答え方になってしまった。
義也が今まで見せたことがないような真剣な表情だったのもあるのかもしれない。
僕のその様子を見た義也がハァと溜め息を吐く。
「そこは、どういうことじゃなくて、何のことって答えなきゃだろ。
それじゃあ、心当たりがあるって言ってるようなもんだろ」
「あ」
僕が口を開けていると、義也は呆れたようにハハッと笑う。
「それで?
どこまで調べがついたんだ?」
「い、いや、調べってほどでは……」
どこまで話せばいいんだろう。
いっそ春夏の日記もことも含めて全部話してしまおうかとも思ったけど、何となくそれは気が引ける。
「え、と、とりあえず百合と、春夏の大学の教授と、春夏のお母さん。あとは佐久間先生と、佐々木さんに話を聞いたんだ」
何とか自分を落ち着かせようと、出来るだけゆっくり話した。
「で、春夏のとこのお手伝いさんの旦那さんが、春夏がその、発見された、湖の管理人さんで、第一発見者だったとかで、当時の状況とかを聞いた感じかな」
「ふ~ん。
今日また優香と会ったのか?」
「え?
あ、うん」
優香っていうのは佐々木さんのことだ。
義也は人と打ち解けるのが上手いから、女の人のことも、わりと早い段階から名前で呼ぶ。
まあ、義也だから許されるんだと思う。
僕は春夏と百合以外の女の人は名字でしか呼んだことがない。
ん?
『また』、って。
「優香から、あの日、俺と優香が駅で会ったことを聞いたんだろ?
それで、俺が同じ電車に乗ってるのはおかしいって思ったんだよな。
おまえ、急いでたもんな」
「!」
それって、僕の後をつけてたって言ってるようなものだ。
まさか自分から言ってくるなんて。
「まあ、でも、そろそろ隠しとくのも面倒だったからな。
ちょうどいいか」
「か、隠すって……」
まさか、じゃあ。
「じゃ、じゃあ、春夏……」
「やれやれ。
秋冬にはバレたくなかったんだけどな」
春夏を、義也が……?
「頼まれたんだよ、春夏に」
「えっ?」
「ふはっ!
なんだよ、その顔!」
きっと、僕はこの時、すごく間の抜けた顔をしていたんだと思う。
「いや、実はよ」
義也が気まずそうに頭をかいている。
「夏休みが終わったぐらいかな?
春夏から、もしも自分の身に何かあったら、秋冬のことを頼むって言われてたんだ」
「え?」
「その時は、何言ってんだって軽く流したんだけどよ。
いま思うと、春夏は何となく、こうなることが分かってたのかもしれないな」
そう言うと、義也は少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「そう、だったのか……」
「それで、おまえの様子をちょいちょい窺ってたんだ。
大学にも来なくなったし、思い詰めてるように見えたから、バカなこと考えてんじゃないかって、こっちは気が気じゃなかったんだよ。
まあ、後をつけるようなことをしたのは、悪かったと思ってるけどな」
義也は少し照れくさそうだった。
僕は、そんな風に見えていたのか。
春夏のあとを追うんじゃないかと。
でも確かに、春夏の足跡をたどったりして、端から見れば、そう映ったのかもしれない。
心配してくれてたのに、変に疑ったりしちゃったんだな。
「なんか、ごめん……」
「ん?
なにがだ?
むしろ、こっちが尾行したりして悪かったな」
そう言って、僕たちは互いに笑いあった。
「ん?
そんなら、なんでおまえは春夏の足跡を追ったりしてたんだ?」
「あ、それは……」
僕は第一発見者であるお手伝いさんの旦那さんが、春夏が何かに押されたように見えたって言っていた話をした。
「それって、春夏は自殺じゃないって言うのかよ……」
義也はすごく驚いた顔をしていた。
それはそうだろう。
僕だって、初めは春夏の日記に書かれてたことを何となくたどっただけだったんだ。
それが、春夏を押したヤツがいるかも、なんてことになるなんて。
「……それで、いろいろ聞いて回ってたのか」
「うん……」
「ん?
てか、そもそもなんで、そんないろんな人たちに話を聞こうと思ったんだ?
佐久間とか、関係なくないか?」
「あ、えっと、何となく、春夏のことをもっと知りたくなって、話を聞こうかなって。
佐久間先生のことは、春夏のお母さんから、春夏が呼ばれて会いに行ったって聞いたからなんだ。
まあ、同窓会とかの、何でもない話だったみたいだけど」
「そういうことか」
義也はとりあえず納得してくれたみたいだ。
きっと、いなくなったはずの春夏から届いた日記の内容に沿って行動してると言っても信じてもらえないだろう。
「まあ、いいや。
とりあえず、おまえがバカなことを考えてないってことが分かって良かったぜ。
春夏の話を聞いて回るのもいいけど、気が済んだら大学来いよ。
事情が事情だから、教授たちも情状酌量の余地はあるって言ってるからよ」
義也は安心したように笑っていた。
安心したのは僕もだ。
変に疑ってしまって申し訳がない。
「僕は大丈夫だよ。
だからもうつけたりするなよ」
「だから悪かったって」
僕の軽口に、義也も苦笑いしてみせた。




