20.身近なあいつ
「あ、私ここだから」
佐々木さんの最寄りの駅に着いたらしく、佐々木さんが腰を上げる。
「そっか。
今日はありがとう。
頼み事までしちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫。
教授たちから連絡あったら連絡するね」
「うん」
「あ!そうそう」
佐々木さんがドアの前でこちらを振り向く。
「秋冬くんが教授の所に行った日、私のバイト先の、さっきの駅で義也くんと会ったんだ。
どうやら、おんなじ電車の、違う車両に乗ってたみたい」
「あ、そうなんだー……」
手を振る佐々木さんに手を振り返す。
ドアが閉まり、電車が発車するまで、佐々木さんはホームで見送ってくれた。
「ん?」
ちょっと待てよ。
義也が同じ電車に?
いやいや、それはあり得ないよ。
だって、義也は僕のバイト終わりにおでんを買って、そのあと僕はすぐにコンビニを出たんだ。
で、そのあと僕は電車が発車寸前だったから、急いで電車に乗った。
もしも、義也が同じ電車に乗ってたなら、義也も急いで駅に向かったことになる。
おでんを買ったのに。
しかも、僕の最寄り駅はホームへの階段が上下線にそれぞれ1つずつしかないから、そんなギリギリに乗れば、普通車両は同じになるはず。
それなのに、僕は義也に気付かなかった?
それってつまり、義也が僕を避けて車両を選んだってこと?
なんでそんなこと……。
そこで、僕は思い出す。
『春夏は、誰かに尾けられ、監視されていた』
そして、佐久間先生は言った。
『一番身近な人間に話を聞くのを忘れるな。
でも、油断だけはするな』
え?
それって。
いやまさか。
そんな不穏な考えに水を差すように、電車は止まり、僕の最寄り駅のドアが開く。
帰り道。
真っ暗な夜道をとぼとぼと歩く。
宵闇が、冷たい風をよりいっそう冷やしていく。
家が近付くにつれて、僕は何となく、いることが分かった気がした。
自分の部屋への階段を一歩一歩上がる。
かんかんかんと金属を踏む音が響く。
きっといる。
音で、僕が帰ってきたことに気付いたはず。
きっと、おでんの入った袋をぶら下げて、僕が帰ってくるのを待ってたんだ。
話をしなくちゃ。
春夏がいなくなってから、一番身近にいてくれた人に。
「よお。
遅かったな」
ほら。
やっぱりいた。
「……義也」
「どこ行ってたんだよ。
どうせすぐ帰ってくると思ってたから待ってたけど、おでんが冷めちまったぜ」
義也がすっかり冷たくなったおでんの袋を掲げる。
「……僕がどこに行ってたか、知ってるんじゃないのか?」
「は?なに言ってんだ?
んなことより早く開けてくれよ。
寒くて凍えそうだ」
……義也はまったく気にした素振りを見せない。
わざとらしく腕を抱え、ガタガタと震える仕草を見せた。
「あ、ああ。
そうだな」
僕はとりあえず部屋に入ることにした。
僕も寒かったし、もしも誤解だったら申し訳ない。
そうだ。
とりあえず話を聞こう。
義也は、僕が春夏を失ってから、なんだかんだ理由をつけて訪ねてきてくれた。
その心配する様子に、嘘があったとは思えない。
「さみー!
秋冬ー!
こたつー!」
「はいはい」
僕は義也に急かされて、こたつのスイッチを入れる。
先日、ついに解禁したものだ。
義也はレンジの中で回転するおでんを今か今かと待っていた。
「よっしゃ!
できた!
くおーぜ!」
「あ……うん」
僕は何となく話し出すタイミングを失って、とりあえずおでんを食べることにした。
途中から温まってきたこたつも手伝って、食べ終わる頃には、すっかり体の中から暖まっていた。
食べている時も、途中お互いにトイレに行ったり、また授業中に寝て教授に怒られたとかってくだらない話を聞いたり、いつもと変わらない様子の義也に、僕はこっそりと胸の中でほっと一安心していた。
そうだ。
義也が何か企んでるわけがない。
だって義也は、中学の時から仲が良くて、春夏がいなくなってからも、こうしてよく来てくれているんだ。
義也が、
「なあ、秋冬ぉ」
「ん?」
「おまえ、どこまで気付いてんだ?」
「え?」
何か企んでるわけがない。