2.喪失
彼女が死んだ。
自殺だと言われた。
報せを受けた時、世界から色と音が消えた。
シーンという音さえも聞こえない世界。
僕は、僕の全ての輝きを失った。
葬儀所から立ち登る煙を、ぼんやりと眺める。
「聞いた?
橘さんのお嬢さん、自殺らしいわよ」
「湖に身投げですってね。
見つかった時には腐敗が始まってたらしいわ」
「やっぱりおウチのことがプレッシャーだったのかしらね」
「しっ!
橘さんよ!」
春夏の母親が僕の元にやって来た。
疲れからか、ずいぶんやつれている。
きっと、ちゃんと寝れていないんだろう。
「秋冬君。
今日は来てくれてありがとね」
春夏の母親は何とか笑顔を作って僕に声を掛けた。
「……いえ」
僕はそれに気を使ったりできず、ただ素っ気なく返事を返す。
「秋冬君。
大丈夫?
疲れた顔をしてるわよ?
ちゃんと寝れてる?」
春夏の母親に言われて、僕は驚いて、そして苦笑した。
春夏の母親のことを心配したけど、僕だっておんなじだった。
実際、春夏がいなくなってから、ろくに寝た記憶がない。
なんなら、起きてる間も、具体的に何をしたか、記憶が曖昧だ。
ただ、いつもの生活を繰り返すだけ。
もう僕にとって、この世界は何の興味もないんだから。
春夏の母親に曖昧な返事を返して、僕は帰路についた。
一人暮らしの部屋にどさっと腰を下ろし、壁にもたれかかる。
大学の入学式に着るスーツと一緒に仕立ててもらった喪服。
まさかそれに初めて袖を通すのが、こんなにも早いだなんて。
しかもそれが、世界で一番大切な人の葬儀だなんて。
新品のスーツのシワなんか気にせず、僕は膝を抱える。
目を閉じると、春夏の笑顔が目に浮かぶ。
本当によく笑う人だった。
僕の何でもないような話でも、その大きな瞳をキラキラさせて、口角を思いっきり上げて、うんうんって聞いてくれた。
思えば、ずっと春夏と一緒にいた気がする。
物心ついた頃から、春夏と僕は一緒に遊んでた。
いつも一緒だった。
高校3年までずっと同じクラスで、友達にはよく運命だー!ってからかわれたっけ。
その場ではやめろよって言ってたけど、僕はまんざらでもなかった。
春夏はそれに怒ってたけど、そう言われて、本当はどう思ってたのかな。
そんな僕たちに転機が訪れたのは、高校の卒業旅行だ。
僕と春夏は仲の良い友達たちと沖縄に行った。
本当に楽しかった。
部屋は男女別。
男が夜に布団で集まったら何をするか。
そりゃあもちろん、
「お前、誰が好きなんだよ?」
でしょ。
「秋冬はもう分かってるから別にいーよ。
橘だろ?
秋冬は置いといて、誰から行くかー?」
友達がそんなことを言う。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
僕は慌てて友達に詰め寄る。
なんで知ってるんだ!
じゃない!
とりあえず誤魔化さなきゃ!
「あん?
違うのかよ?」
「あ、いや、その、」
違う、とは言いたくなかった。
でも、バレるのも恥ずかしかった。
「もう皆分かってるから。
バレバレなんだよ。
好きなんだろ?」
「う、ううー」
僕は答えを見つけられずに唸ってしまった。
「その好きはどんな好きなんだよ?
ライクか?ラブか?
お友達として好きなのか?
それとも、お付き合いしたい方の好きなのか?」
「い、いや、それはー、」
そんなの、誰にも渡したくないぐらい好きに決まってるだろ!
僕はなんて返すべきか悩むので精一杯で、もう春夏を好きだってことを否定することなんて忘れていた。
いま思うと、本当にバレバレだったんだな。
「いやー、実は俺、前から橘のこといいなーって思ってたんだよな」
「はっ?」
「お前が別に橘と付き合いたいってぐらい好きじゃないなら、俺が告白しちまうか!」
えっ?
周りの友達も、いーぞいーぞ!と囃し立てる。
「え?
ははっ!
嘘だろ?
冗談やめろよー」
自分でも分かるほど、顔がひきつっている。
「冗談じゃねーよ。
じゃ、今から橘に告ってくるわー」
「ま、まて!」
「ああん?」
「ダメだ!
春夏はダメだ!
お前なんかに渡さない!
僕はずっと春夏が好きだったんだ!
友達としてとか、幼馴染みとしてとかじゃない!
ずっと一緒にいてほしい、大切な女の人として、春夏のことが大好きなんだよ!」
「…………その言葉に、二言はねえんだろうな?」
「当たり前だ!」
「……ぷっ!」
「なんだよ!」
「だ、そうですよ、どうしますか?
橘さん?」
「はっ?」
友達が笑いながら、布団が入っていた襖を開けると、そこには真っ赤な顔の春夏と、女性陣がいた。
「えっ?」
「あー、悪いな、秋冬。
俺が橘を好きとか言うのは全部嘘だ」
「はい?」
「つーか、俺いま百合と付き合ってるし、なー!」
友達が襖から出てきた百合と抱き合う。
いや、そんなことはどうでもいい。
なんでここに春夏がいるの!?
え、てことは、さっきの聞かれた?
春夏は相変わらず真っ赤な顔をして黙っている。
「いやー、実はよ、百合が春夏から相談を受けててよ。
大学は別々になっちゃうし、秋冬が自分のことをどう思ってるか知りたい、ってさ」
「えっ?」
心臓がドキッと音を立てる。
え?それって?
「それで、百合が俺にそれとなく相談してきたから、それなら俺が聞き出してやるよってなって、でも、きっとお前はいつまでもうじうじしてるだろうから、いっちょ俺がひと芝居打ってやろうと思ってよ。
そしたら、ぷぷっ!
まさかの大告白になったわけよ!
てか、プロポーズじゃん!
秋冬サイコー!」
皆がワーキャー盛り上がっている。
いやいや、そんなことを聞きたいわけじゃない。
なんで、春夏は僕の気持ちを知りたがったんだ!?
「え?
お前まさか、まだ分かってないのか?」
友達が呆れた顔をしている。
「もう!
このバカっ!」
春夏が真っ赤な顔のまま、僕の頬にキスをした。
「……えっ?」
「私も同じ気持ちだって言ってんの!
いい加減分かれ!
バカ!」
「え、あ、よ、よろしくお願いします」
「もう、なによそれ」
こうして、僕と春夏は付き合うことになった。