19.店の外の風景
僕は喫茶スペースを併設したパン屋に来ていた。
佐久間先生にお礼を言って高校をあとにし、電車に乗って、春夏の大学のある駅を通り過ぎて、2駅先で降りたのだ。
ここは、
「いやー、びっくりしたよ。
まさか秋冬くんが来るなんて」
「いや、ごめんね。
急に訪ねてきちゃって」
彼女は佐々木さん。
春夏と同じ大学の、同じゼミの人で、春夏とは仲が良かった。
高梨教授にアポを取ってくれたお礼も兼ねて、話を聞きにきたのだ。
まだバイト中で忙しいみたいだから、適当にパンを見繕ってもらって、喫茶スペースでコーヒーも頼んで待たせてもらうことにした。
ちょうどクロワッサンが焼きたてらしく、それから食べることにする。
淹れてもらったコーヒーも、豆から挽いてるらしく、とても良い香りがした。
焼きたてのクロワッサンはやっぱり美味しかった。
サクサクで、中はふんわりしてて、バターの塩味と、ほんのり甘い感じがとても好みの味だった。
一気にクロワッサンを食べ、苦いコーヒーをすすりながら、ガラス張りの店の外を見ると、仕事終わりのサラリーマンが足早に帰宅し、部活終わりの高校生がクレープ片手に談笑しながら歩いている。
辺りはもうすっかり夜だ。
人々はコートの前をしっかりと留め、背を丸めて歩いている。
僕も、帰りは持ってきたマフラーを使おう。
そんなことをぼんやりと考えながら、さっき佐久間先生に、帰り際に言われたことを思い出す。
『秋冬。
今おまえの一番身近にいるヤツに話を聞くのを忘れるな。
でも、油断だけはするな』
どういうことなんだろう。
話は聞くのに、油断するなって、何か、騙されたりするのか。
というか、一番身近なヤツって誰だろう。
「おまたせ~」
コーヒーをすすりながら考え事をしていると、バイトが終わった佐々木さんがやって来て、向かいの席に座った。
佐々木さんは白いフード付きのコートを着ていた。
フードと袖口にふわふわのファーがついてる。
「ごめん。うちの親、厳しくてね。
バイト終わったらすぐに帰らなきゃなんだ。
だから、帰りながら話す感じでいいかな?」
佐々木さんは申し訳なさそうに両手を合わせている。
そんなに長くはかからないだろうし、それでもいいか。
「うん。
大丈夫。
むしろ、時間とらせちゃってごめんね」
「いいのいいの。
せっかく来てくれたんだから」
……佐々木さんの話し方は、少しだけ春夏に似てる。
それが、僕の心を少しずつ蝕んでくる。
「寒いっ!
もうほとんど冬だね~」
「……うん、そうだね」
佐々木さんの話し方から春夏を思い出した僕は、こんな風に女性と並んで歩くのはずいぶん久しぶりだと気付いて、また少し気分が塞ぎ込んでしまった。
いつも隣にいて、歩幅さえ意識しなくても同じになっていた春夏。
「……やっぱり、まだショックだよね」
「え?」
佐々木さんが僕の方をチラッと見てから、下を向いてポツポツと話し出す。
「私も、正直まだ立ち直れてないんだ。
春夏とは大学に入ってからの仲だから、秋冬くんと比べたら全然だけど、大学で、春夏がいなかった場所の方が少ないから、大学に行く度に、あ、ここ春夏とあんなことしたなって、思い出したりするんだよね。
でも、私があんまり塞ぎ込んでたら春夏も安心できないかなって思って、なるべく笑って過ごすことにしてるんだ」
「あっ……」
そうだ。
そりゃ、佐々木さんだって悲しいんだ。
親友って言えるぐらい仲の良かった友達が急にいなくなったんだから。
僕は、自分1人だけが悲しいつもりで、全然そんなこと考えてなかった。
ただひたすら、春夏の幻影を追うことで、自分だけが気を晴らそうとして。
「……ごめんね」
「え?
なんで秋冬くんが謝るの?」
佐々木さんはきょとんとしている。
そう言われると、僕はなんで謝ったんだろう。
「うーん、分かんない」
「なにそれ!」
僕が首をかしげると、佐々木さんはけたけたと笑った。
僕もそれに合わせて笑った。
くだらないことでこうして笑うのも久しぶりだ。
その後も他愛ない話を続け、駅の改札に入るぐらいで、ようやく本題へ。
電車に乗ってからも6駅ぐらいは一緒だから、話す時間は十分にある。
「そうだ。
佐々木さん。
兼次さんって知ってる?」
「え?
ああ、兼次先輩ね。
知ってるよ。
ゼミ一緒だし。
でも、なんで急に兼次さん?」
やっぱり同じゼミの人か。
「いや、この前、高梨教授に話を聞いた時に、春夏が兼次さんにも相談にのってもらってたって言ってて、少し話がしたくて」
「ええっ!
あの兼次先輩に春夏が相談!?」
えっ。
なんだこの反応。
ホームで電車を待っていると、夜の風が容赦なく吹き付けてくる。
早く電車が来ないかなと思っている時に限って、なかなかやってこないのはなんでなんだろう。
「……私、兼次先輩ちょっと苦手なんだよね。
頭はいいんだけど、ちょっと取っ付きにくくて、怖い感じがして」
そうなのか。
佐々木さんはわりと誰とでも仲良くしているイメージだったから意外だ。
というか、もしかして、
「その兼次先輩って、もしかしてメガネかけてる?
で、ちょっと体の大きい」
「え?あ、そうだよ。
この前会ったの?」
「あ、えと、帰りがけにすれ違っただけで。
もしかしたらそうかなって思って」
やっぱり。
あの時エレベーターですれ違った人だ。
あの人が兼次先輩だったのか。
「そっか。
今度は兼次先輩にも話を聞きたいの?」
「あ、うん。
あと、出来ればまた、高梨教授にも話を聞きたくて」
そこで、ようやく電車が来て、2人で乗り込む。
幸い、帰宅ラッシュはもう終わっていて、2人で並んで座ることが出来た。
扉が閉まって電車が発車すると、再び会話を再開する。
「そっかそっか。
あ、じゃあ、またアポ取っといた方がいいかな」
「あ、うん。
何度も申し訳ないんだけど」
「いいのいいの。
秋冬くんがそれですっきりするなら、私も協力するよ」
「……ありがとう」
本当にありがたい。
考えてみると、僕の周りは優しい人ばかりだ。
突然やって来た僕に話を聞かせ、きちんと対応してくれる。
いずれ、ちゃんとしたお返しをしなきゃな。
「あ、じゃあ、連絡先教えてよ。
2人からOKもらえたら連絡するから」
「あ、うん。
僕もお願いしようと思ってた」
そうして、無事に佐々木さんの連絡先を教えてもらい、高梨教授と兼次さんにアポを取ってもらう約束が出来た。