16.受け入れられない
結局、春夏を乗せた車の運転手も、その車についても、まだ何も分かっていないらしい。
そのあたりの地区で車の盗難の被害もなく、県内のレンタカーリースの店には確認したけど、それらしいものはなかったらしい。
県外となると、さすがに数が多すぎて絞りこめないとのことだった。
「えっ、と。
ちょっと、いろいろ情報が急に入りすぎて。
すいません。
ちょっと整理したいので、いくつか質問してもいいですか?」
「あ、はい。
なんなりと」
お手伝いさんはようやく落ち着いたようで、こちらの質問に答えてくれるようだ。
「ええと、」
とは言ったものの、たいした大学にも行ってない僕が、急に機転を効かせた質問を出来るわけもない。
どうしよう。
こういう時、高梨教授とかだったら、パッと的確な質問を出来るんだろうな。
「と、とりあえず、えと、その車が来たのって何時ですか?」
「ええと、たしか、19時ぐらいだったと言ってました」
「警察の方が監視カメラの録画時間を確認してるから間違いはないわ」
「そうですか」
それはそうか。
警察がそんなこと調べてないわけがない。
あとは、ええと。
「そうだ!
春夏は何かに押されたって。
それは、監視カメラに映ってなかったんですか?」
さっきのお手伝いさんの説明で気になったところだ。
それって、春夏は自殺じゃなかったってことなんじゃあ。
「あ、ええと。
すいません。
自分で言っておいて何なんですが、それはおそらく主人の見間違いだろうと」
あ、あれ?
「日が沈んで辺りも暗く、白いワンピース姿のお嬢様がようやく分かる程度でしたので、監視カメラの精度が悪いのも手伝って、ふらふらと湖に落ちたお嬢様のお姿を、自ら身を投げたなどと思いたくない心情が、そう錯覚させたのだろうと、警察は仰ってました」
「そう、ですか」
思ったのとは違う答えに、僕は肩を落とす。
思ったのとは違う?
僕は、なんて答えを望んでいたというのか。
「警察の方でも、由恵さんの旦那さんの証言を元に、現場をいろいろ調べたのだけれど、足跡もないし、春夏の服に指紋なんかもなくて、そういう結論に達したみたいなの」
春夏のお母さんがそう補足してくれた。
「……それなら、やっぱり春夏は自分から……」
「…………」
「…………」
その先は口に出せなかったけど、みんな、そのことを考えているのは分かった。
「今日は、ありがとうございました」
結局、そのあとは気まずくてろくに話が続かず、僕は家をあとにすることにした。
今日、いろいろ聞いて回ったら、もう一度高梨教授のところに行こう。
まだ全然、事の全貌を理解していないけど、今の話を教授にも聞いてもらって、何かアドバイスをしてもらいたい。
頭の悪い僕には、そうして人に頼ることしか出来ないんだから。
「いいえ、こちらこそ」
春夏のお母さんとお手伝いさんは、そう言うと揃って頭を下げた。
「え?い、いえ、僕は何もっ」
本当に何もしてない。
こんなに深々と頭を下げられる理由が思い付かず、僕はあたふたしてしまった。
「秋冬くんが来てくれただけで嬉しいのよ。
それに何より、きっと春夏が喜んでるわ」
そう言って、2人は燦々と輝く太陽を見上げた。
つられて僕も見上げると、そのあまりの眩しさに目が眩んでしまった。
くらくらするほどに眩しい笑顔。
春夏の笑顔も、こんな風に輝いていたことを思い出した。
……もう、思い出さなきゃいけなくなっちゃったんだな。
「今度は、あの子にお線香をあげてあげてね」
「……はい」
返事もそこそこに、僕は春夏の家をあとにした。
結局、僕は春夏の遺影が飾られた仏壇に線香を捧げることが出来なかった。
なんだか、春夏がいないことを突き付けられるようで、そこに足を向けられなかった。
きっと僕は、まだ春夏の死に納得してないんだと思う。
だから、春夏の日記に期待をのせて、こうして春夏の足跡を追っているんだろう。
その先に何があるのか。
何かがあるのかさえ分からないのに。
でも、なんだか予感めいたものはある。
この日記を最後まで追えば、きっとその時は、僕は春夏の仏壇に線香をあげられる。
春夏の死を、受け入れられる。
そんな予感だけは、するんだ。