15.第1発見者
「お手伝いさんの旦那さんが、春夏の第1発見者、ですか?」
「ええ」
春夏の悩みに関することが何か聞ければと思って訪ねた春夏の実家だったけど、意外なところから新たな情報が現れた。
言われてみれば、湖に身を投げたという春夏を誰が見つけたと言うのか。
普通、湖に沈んだ死体は、そんなにすぐ見つかるものではないのではないだろうか。
「……主人は、お嬢様が、その、身投げした湖の管理人だったのです」
「えっ!?」
お手伝いさんは勧められて、春夏のお母さんの隣の椅子に腰を下ろした。
心なしか、気落ちして話しにくそうにしていた。
「と言っても、現地に赴くのは、観光客の多い休日と長期休暇期間だけで、普段はこの地域にある事務所で事務仕事の傍ら、湖にある監視カメラで様子を見る程度なのですが」
お手伝いさんは水の入ったコップを持ち、そこを一心に見つめたままで話す。
「……あの日も、9月の終わりの平日だったから、あの人はいつも通り事務所で事務仕事をしていたらしいです。
監視カメラの映像はモニターに常に映るようにしてあるみたいで、その映像をちらちら見ながら、パソコンで仕事をしていました。
基本的に平日は、観光客はほとんど来ませんし、地元の老人がたまに散歩がてら訪れる程度なので、あんまり意識はしていなかったみたいです」
お手伝いさんはそこで、一度、喉を鳴らして、水を一口飲んだ。
「でもその時は、ふと導かれるように画面を注視したと言っていました。
監視カメラは最寄りの駐車場と、湖畔を眺める2つが設置されていました。
まず、駐車場に1台の車が止まって、お嬢様が降りてきたそうです。
主人はお嬢様と面識がありませんでしたから、平日に若い女性が来るのは珍しいなと、何となく目で追ったそうです」
「ま、待ってください!」
そこで僕は、お手伝いさんの話を慌てて止めた。
「な、なんでしょう?」
お手伝いさんは不安げに頭を上げて、僕の方を見てきた。
その顔は、かなり憔悴して見えた。
「春夏は車の免許なんて持ってません。
それは、誰かと湖に来た、ということですか?」
それは、春夏が身投げするのを、誰かが手伝った、ってこと?
だとしたら、いったい誰が……
「そうです。
ですが、車から降りたのはお嬢様1人だけだったそうです。
その車はお嬢様が湖に身を投げるまでそのままで、そのあとすぐに、走り去ってしまったようで」
「警察で車を追えなかったんですか?
ナンバーとか」
「あいにく、古い監視カメラでしたし、ナンバーが映らないような場所に駐車してあったようで。
場所も田舎なので、そうそう監視カメラなどあるわけもなく……」
「……そうですか」
俺がうなだれると、お手伝いさんはさらに続きを話してくれた。
「その後、車を降りたお嬢様はふらふらと湖まで歩いて、しばらくは湖畔をぼーっと眺めていたそうです。
ですが、それから、何かに押されるようにして、湖にその身を投げ出したらしいのです」
押される?
何かってなんだ?
でも、あそこは湖が見渡せる崖みたいになってるから、そこから足を滑らせば、たしかにそのまま湖に落ちてしまうだろう。
「それで、主人は慌てて上司に報告して、現地の警察に行ってもらって、自分も現場に赴いたそうです。
お嬢様はすぐに発見されましたが、残念ながらその時点ですでに心肺停止状態で、主人が教えられた病院に着いた時には、すでに……うう」
お手伝いさんはそこまで言うと、目頭を抑えた。
春夏のお母さんは悲しい顔で、お手伝いさんの肩に手を置いている。
僕も泣いたりしていない。
僕には、春夏のお母さんの気持ちがよく分かった。
涙なんてもう出ない。
そんなものは、とっくに出し尽くしてしまったから。
「その後、警察の方でも車の運転手を特定しようとしたけど、現在まで見つけることが出来ていないの……」
嗚咽を漏らすお手伝いさんに代わって、春夏のお母さんがそのあとの説明をしてくれた。




