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14.遺影

「あ、秋冬(あきと)くんっ!?」


 春夏(はるか)の家を訪ねると、春夏のお母さんは驚いた顔を見せた。

 春夏の家は相変わらずすごい大きい。

 ごくごく一般的な僕の実家とは大違いだ。

 門から玄関まで10メートルぐらい歩かないといけないし、部屋の数も、1桁では済まないだろう。


「……久しぶりね」


「……ご無沙汰してます」


 春夏のお母さんが悲しそうな顔で笑う。

 僕はどんな顔をすればいいのか分からなくて、深く頭を下げることでそれに応えた。


「……来てくれて嬉しいわ。

主人はいないから、上がってちょうだい。

春夏も喜ぶわ」


 春夏のお母さんはいつもの柔らかい笑顔を見せて、僕を招き入れてくれた。

 良かった。

 春夏のお父さんはいないのか。


 春夏のお父さんは、僕のことをよく思っていなかった。

 大きな会社の社長だし、即物的なところのある人だったから、春夏の相手にはいずれ自分の後を継いでほしかったみたいだ。

 僕は大金持ちの家の生まれでもないし、優秀でもなかったから、春夏のお父さんからすれば、春夏には釣り合わないと思われたんだと思う。


「お邪魔します」


「はいどうぞ」


 靴を揃えて脱ぎ、置かれたスリッパに足を引っかけて家に上がる。

 お手伝いさんが恭しく頭を下げる。

 40代ぐらいである春夏のお母さんよりも一回りぐらいは上だろう恰幅の良い女性だ。

 この人も、僕と春夏の関係には協力的でいてくれていた。

 春夏はどこに出掛けたのかと、春夏のお父さんが尋ねた時にも、いつも適当な理由をでっち上げてくれた功労者だ。

 僕は彼女に深々と頭を下げて応えた。


「……秋冬くん。

こっちよ」


 春夏のお母さんに導かれて、大きな居間に足を踏み入れる。

 ここに来るのも久しぶりだ。


「…………」


 ……ああ。

 見てしまった。

 これを見たくなかったから、今までここには来られなかったんだ。


 そこには、白黒の春夏の写真が飾られた、立派な仏壇があった。

 写真の中の春夏は、あの日の笑顔のままで、そこにいた。


 ダメだ。

 泣いちゃダメだ。

 春夏のお母さんに心配かけちゃいけない。


 僕はなんとか涙が流れるのをこらえた。


 ああ。

 でも、やっぱり、春夏はもう死んだんだな。







 春夏の仏壇に線香を供えると、お手伝いさんがお茶を淹れてくれた。

 春夏のお母さんに導かれてテーブルにつくと、春夏のお母さんもその向かいに腰を下ろし、お手伝いさんがお茶を置いた。


「……今日は、来てくれて本当にありがとう」


 春夏のお母さんはそう言うと、テーブルにおでこがついちゃうんじゃないかと思えるぐらい、深く頭を下げた。

 慌てて僕も頭を下げ返す。


「……それで、今日はどうして来てくれたのかな?」


 春夏のお母さんはいつの間にか頭を上げていて、こちらを真っ直ぐに見つめていた。

 お手伝いさんも、作業をしてはいるが、僕たちの話に聞き耳を立てているようだった。


「え、と」


 僕が口火を切れずにいると、春夏のお母さんが優しく微笑んだ。


「何か、聞きたいことがあるんじゃないの?」


 そう微笑む彼女は、何を聞かれるのか察しがついているようだった。


「あの、」


 その表情に促されて、僕はおずおずと口を開いた。


「春夏は、何に怯えていたんですか?」


 がたん!と、お手伝いさんが写真立てを倒す。


「し、失礼いたしました」


 お手伝いさんは慌てた様子で倒した写真立てを直した。

 そこに飾られた家族写真では、幼い春夏が弾けるような笑顔を見せていた。

 春夏のお母さんがその写真を慈しむように見つめてから、ゆっくりと口を開いた。


「……春夏は、秋冬くんには絶対に内緒にしててって言ってたけど。

そう。

春夏の日記は、君が持ってたのね」


「えっ!」


 春夏のお母さんは日記のことを知ってたのか!


「あの日記は、おばさんが?」


 春夏のお母さんが僕に日記を送ったのなら納得できる。

 でも、さっきの口ぶりだと、春夏のお母さんは日記がどこにあるか分からなかったみたいだった。


 僕の質問に、春夏のお母さんはゆるゆると首を横に振る。


「いいえ、春夏が日記を書いていたことは知っていたけど、あの子の遺品の中には見つからなくて。

きっと、あの子が見られたくなくて処分したんじゃないかと思ってたの」


 そうだったんだ。

 でも、そうなると、やっぱり誰が春夏の日記を僕に送ったんだろう。


「教えて?

秋冬くんは、春夏からいつ日記を受け取ったの?」


「あ、いや、あれは春夏から直接受け取ったんじゃなくて……」


 僕は春夏の日記が家に届いたことを話した。

 その日時の矛盾も。


「……そう。

いったい、誰が……」


 春夏のお母さんは少し下を向いて考え込んでしまった。


「あの、奥様。

うちの主人の話も、彼に聞かせてあげたらいいのでは……」


 少しして、お手伝いさんがおずおずと声を上げた。


「……由恵さん」


 春夏のお母さんがお手伝いさんの名前を呼ぶ。


「お手伝いさんの、旦那さんですか?」


 会ったことなんてないけど、何か関係があるんだろうか。


「実は、彼女のご主人は、春夏の、その、第1発見者なのよ」


「えっ!?」


 春夏のお母さんの言葉に、僕は大きく口を開けて驚いた。




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